お師匠さん
「そういえば、試験の結果はどうです?」
話を変えるために、シーアさんに尋ねます。
「試験したのが失礼って思えるほド、完璧でしタ。巫女さんの魔法は私と同じくらい高性能ですシ。リツカお姉さんは前衛として最上級でしタ」
シーアさんから合格をいただけました。
「そんなリツカお姉さんのお師匠さんなラ、この方も強いのですよネ」
シーアさんはライゼさんを見て言います。
「ライゼ様は、この国でも最上位の冒険者です。陛下の護衛にと大臣たちが推挙しようとしたほどです。……ライゼ様は断りましたし、陛下も却下しましたが」
アンネさんがライゼさんを高く評価してます。
そんな風に評価されたライゼさんは、視線を左右に動かし、落ち着きがありません。軟派師かと思ってましたが、どうやら私の思い違いですね。やっぱりライゼさんは女性慣れしてません。
「どうして断ったんでス?」
シーアさんは分からないことは分からないままにしないようです。魔法研究者としても高い評価を共和国で受けていると聞いています。
研究者ってこんなイメージありますね。
「ライゼさんの過去って謎ですよね。さっきの兄弟子さんとの過去もそうですけど。……あと、ライゼさんの魔法ってなんですか?」
私も気になっているので聞きます。
「ん? 言ってなかったか?」
そういえば、こんな人でしたね。自分の名前すら、言ったつもりで居ました。
「俺のはな。”雷”と”纏”だ。あの馬鹿と似とるだろ」
カカカといつものように笑います。
「剣を使う人間にとっちゃ、最高の魔法だと思っとる」
効果は違いますけど、私の”強化”もそうですね。それなら……”抱擁”も”纏”のように使えるのでしょうか。
「俺の過去か。そんなに面白いもんでもないが」
少し気恥ずかしそうに言います。
「俺の家は鍛冶屋だ。鍛冶屋の倅として生まれた」
ライゼさんが過去を話します。
「俺の親父は常に言っとった。剣を鍛え、己を鍛え、技を鍛える。これをせんと守れんとな」
親父は俺に毎日そう言っとったよ。俺にこれがあれば、母さんを死なせずにすんだってな。お袋は、俺を生んで間もなく化けもんにやられた。親父はずっと後悔しとった。ただ剣を造るだけだった過去をな。
十年間俺と一緒に剣術の開発と最高の剣を造ることに没頭しとった。そんな親父だったが、親としてしっかりもしとった。親父はお袋の分も俺に愛情をくれたよ。
尊敬できる親父だった。だから俺も目指した。
だがな……親父は剣の鉱石を取りに山に行ったっきり、帰ってこんかった。
化けもんにやられた。そう村の連中は言ってたが、俺だけはそうは思わんかった。
だが、山から帰ってこんかったのは事実。何かあったに違いねぇと俺も山に入ったが……。見つかったのは親父の打った剣と、服の切れ端だけだった。
そっからだな。俺が更に没頭したのは。そんで、俺が十三超えたあたりか、あの馬鹿拾って、十年鍛えて、どっか行きやがって。
そっから五年経った時、ここについた。
冒険者やっとるのは、俺みてぇに大切なもんなくすやつが出んようにってのと。有名になりゃ、親父の想いを大勢に知ってもらえるって思ったからだ。
三年頑張ってみたが、結局俺が強いだけって思われとる。剣術を学ぼうってやつは居らんし、馬鹿にもされた。
「まぁ、俺にも守りてぇもんが増えたからな。今はそれしか考えてねぇ」
そうライゼさんは締め括ります。アンネさんにちらっと目を向けながら。
「あぁ、国王護衛のやつか。あれはな、国王と同じ意見だったんだが。冒険者は多くの人間を助けるためのもんだからな。国王様一人守ってもしかたねぇっつー話だ」
天涯孤独に、十歳でなったにも関わらず、立ち止まることなく前に進み続けた。並みの精神力ではありませんし、その想いで造られた剣術と剣は、やはり守るためのものでした。
「ライゼさん、私も守りたいです」
世界は残酷で、暴力で満ち溢れています。でも、こうやって一筋の光のように前に進み続ける人たちが居ます。
私も、力になりたい。
「私はこの世界を、守りたいです」
決意に揺らぎはありません。頼れる師匠と仲間。そして……大切な人。前に進みます。止まることなく。
「馬鹿弟子二号だが、あんさんなら間違いはおきんだろう」
いい話してるんですから、馬鹿弟子はやめてください。
「リッカさまが私たちの世界のために決意してくれているのです。この世界の巫女として私も尽力致します」
アリスさんの決意も揺らぎません。銀色の煌きに濁りは一切ありません。
「この国を救うことガ、共和国の平和に繋がりまス。私も力を貸しまス」
シーアさんも力を貸してくれます。
この世界はこんなにも優しい。
「ところデ、アンネさんとお師匠さんって付き合ってるんですカ」
……シーアさんは、素直だなぁ。
「な、なななな何を言っとるこの魔女娘ぇ!」
ライゼさんが今まで見たことない動揺を見せます。
この空気感で、こんな爆弾が来るとは思わなかったのでしょう。私も思っていませんでした。
でもライゼさんが私を馬鹿弟子って呼んだ時点で結構緩んでましたからね。自業自得では。
「だっテ、そんな雰囲気でしたかラ」
シーアさんがなんでそんなに動揺してるの? といった風に首を傾げています。
実際私も、二人を父と母に重ねたことありますから。否定できませんね。
「そんな雰囲気出しとらんぞ!?」
ライゼさんとシーアさんが言い合ってます。こう見ると父と子のようですね。
「アンネさんはどう思ってるんです?」
その横で私はこっそり聞いてみます。
「……まだそのような関係ではございません」
アンネさんはもう少し隠してもいいと思います。まだ、ですもんね。
ライゼさんはシーアさんと言い合っていて聞いてませんね。それでよかったと思いますよ。聞こえていたら、カップルは誕生するでしょうけど、ぎこちなくなりそうです。
「リッカさま。何か気になることでも?」
アリスさんが私の微妙な変化を感じ取ります。
「んー、ここで言うのは、ライゼさんがかわいそうだから」
ライゼさんのイメージを壊せるでしょうが、別のイメージがついてしまいますね。
「ん……? 馬鹿娘一号、なんだ」
飛び火がきました。一号ってことは、シーアさんもめでたく二号になったようです。
「まだ私の話は終わってませんヨ。お師匠さン」
シーアさんが優勢のようです。この話題でライゼさんが勝てる見込みはないでしょう。
「もういいだろ、馬鹿娘三号」
ライゼさんはたじたじになりながら言い返します。……三号?
「ライゼさん、馬鹿娘二号って誰ですか」
ライゼさんに聞き返します。
「ん? そんなの巫……いやなんでもねぇ」
「……」
「剣士娘、まて」
私は手を伸ばそうとします。
「馬鹿娘二号、ですか。リッカさまと一緒ですね」
アリスさんが無邪気に笑います。気にしてないようですね。
それならいいかな。いいのかな?
「……やっぱり馬鹿娘だよ。あんさんら」
ライゼさんがそんなことを言います。武術教えるときに覚悟しててください。
「それで、どういった用事だったのでしょう」
アンネさんがそう言います。
「あぁ、馬鹿弟子のことなんだが」
ライゼさんが代表して聞きます。
「アイツがアンネちゃん担当で選任になれるとは思えんのだが、実際のとこどうなんだ?」
「……ウィンツェッツ様は、一目見て、ライゼ様のお弟子様と分かりました」
アンネさんが迷いながらも話し始めました。
「お弟子様のことは、ライゼ様からお聞きしておりましたので、ライゼ様とウィンツェッツ様の接点が増えるようにという事と、監視……を兼ねて私が」
言いにくそうにしていた理由は監視を兼ねていたからですね。
あれほどの狂犬です。それに、ライゼさんから全てを聞かされていれば警戒もするでしょう。
「そ、そうだったんか。迷惑をかけた。アイツは俺を嫌っとるから、どこまでやれるか分からんが、任せておいてくれ。迷惑かけんようにする」
ライゼさんがそう頭を下げました。
「私はすでに迷わ」
「今日は世話になったな、アンネちゃん。三日後また借りることになると国王様に伝えておいてくれ」
「……」
私の言葉に被せるようにアンネさんにお礼を言って去っていきました。有耶無耶にしましたね。私はまた明日、あの狂犬さんに会うかもしれないのに。はぁ……。ライゼさんでも、あれは止められそうにないですからね。
「……」
アリスさんが怒った顔でライゼさんの後ろ姿を見ています。
もうなるようにしかなりませんね。とりあえずはアリスさんの危険は去ったと思いましょう。警戒は解きませんけど。
「これからどうするんでス?」
「まだ夜までは少し時間ありますから、宿のほうのお手伝いをしようかと。最近出来ていなかったので」
お手伝いを条件にあの高級宿に泊めてもらえています。休みすぎるのは控えたほうがいいでしょう。
「お手伝イ、ですカ。暇なとき見に行きまス。王様に聞きましたガ、珍しい服で接客しているとカ」
それも、陛下は知ってるんですか? 日常の些細な事も報告対象なのでしょうか。
「それでハ、私はお先に失礼しまス。あ、リツカお姉さン、巫女さン」
シーアさんが帰ろうとしますけど、何かを思い出し振り向きました。
「敬語じゃなくて大丈夫ですヨ。私のほうが年下ですシ。これから一緒に戦うのですかラ」
それだけ言って、頭を下げ歩き出します。
「う、うん。分かったよ。シーアさんこれからよろしくね」
「私はこのままですけれど、本日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」
私とアリスさんはそう返事します。
シーアさんが前を向いたまま手を大きく振り、帰っていきました。
「では、私も陛下へご報告を。お気をつけてお帰りください」
アンネさんも一礼をし、王宮へいきました。
「帰ろうか、アリスさん」
「はい、リッカさま。――お怪我がなく、よかったです」
アリスさんが私を心配してくれていました。
「ごめんね、心配かけちゃって。我侭も言っちゃった」
喧嘩なんて、アリスさんは見たくなかったでしょうね。
「いえ、リッカさまが怪我するかもしれないのが、嫌だっただけです。でも、ちゃんと無傷で帰ってきてくれました。それだけで……いいのです」
そういって、アリスさんは笑顔になってくれます。
「うん。アリスさんを悲しませたり、しないよ?」
約束します。
「えぇ、私も、リッカさまを悲しませたりしません」
アリスさんとの約束がまた一つ増えます。私の想い。私の力。
「いこっか」
「はい」
二人で、また一歩。歩き出します。
「リッカさま、本日もお手伝い頑張りましょう」
アリスさんがそう言います。
「診察、私がしていい?」
あの服着ると、視線増えちゃうんですよね。
アリスさんのほうに集中しづらくて、あまりしたくないです。
「アンネさんが言ってましたけど、リッカさまじゃなく私にして欲しいって人が多いようです」
……殴られたいって人なんて、居ませんからね。
自分のほうの視線は無視しますか。
「だよ、ね」
「……――まは――近づ――から」
アリスさんが何か言いましたけど、小さくて聞き取れませんでした。
「どうかした?」
「いえ、私に診察はお任せを」
笑顔で気合を入れるアリスさんに顔が綻びます。
「無理はダメだよ?」
頑張りすぎないように見るのも忘れてはいけませんね。
「はい!」
さぁ、帰りましょう。アリスさんに手を伸ばすと、すぐに握り返してくれます。




