初めての喧嘩
船内は重苦しい空気、というわけもないです。先程の戦闘の事をシーアさんとアリスさんが話していて、穏やかな空気でした。
……私は兄弟子さんに警戒していましたけど。
私が戦うことを伝えたからか、殺意のような闘志はなりを潜めています。戦えることに興奮しているかと思いましたが、何か思い詰めてますね。
何を思っているかは分かりませんけど、怪我はさせませんからご安心を。
「相手の行動を読むってどうやるんですカ」
シーアさんが首を傾げています。
「そうですね。勘もあるんですけど、相手の視線とか、動きとかですか。自分の動きで相手の動きを制限するっていう方法もありますし」
人間の間接駆動域は決まってますから、動ける範囲は絞れます。ぴくりとでも動けばそれで分かります。それに加えて私が先に動いて相手の行動の余裕と選択肢をなくすのも手段の一つです。
「戦闘中にそんなことできるんですカ? 気配も読めるってことですシ、リツカお姉さんには攻撃当たらないんじゃないですカ」
シーアさんの研究意欲は留まるところがありませんね。
「一応、この世界にきて直撃を受けたのは、ライゼさんの蹴りくらいです。元の世界でも母からの攻撃は受けてました」
私より技術も経験も上の人には、勘が良すぎるのも、観察できすぎるのも逆手に取られていました。フェイントによく引っかかっていましたから。
アリスさんがあの時を思い出したのか、ちょっとだけ魔力が練られました。
「兄弟子さんからの攻撃はどうですカ」
クふふふ、とシーアさんは楽しげに話します。
「やってみないと分かりませんね。でも当たる気はないです。痛いの嫌いですから」
そういって兄弟子さんを見ます。どんな反応をするのか、と。
ケッとそっぽは向きましたが、怒った様子はありません。本当に何のつもりで私に喧嘩を売ってきたのか分かりません。最初は今までの報復かと思いましたけど、そんな小さい理由ではないようです。
「リツカお姉さんって、好戦的なんですネ」
「えぇ、普段は余裕もありますし、滅多なことでは怒ったりもしないのですけど。戦闘と、ある一線を相手が越えると好戦的に……」
ある一線の張本人であるアリスさんが弁解してくれます。アリスさんが危険に晒されることだけは許容できません。出来るなら戦闘は全て私がしたかったほどです。……それが私の一人よがりで、アリスさんを傷つけていたので、考えは改めましたけど。不必要に危険に晒されるのだけは今までもこれからも許せません。
アリスさんを始めてみたときから、私の中の隙間が埋まった気がしたんです。この気持ちが何なのかをちゃんと考えるのは、平和になってからと決めてますけれど、失うのは嫌です。今では、隙間なんてものじゃありません。私の全てを埋めてくれているのですから。
「はァ……。兄弟子さン。腕の1本くらいは覚悟しておいたほうがいいのでハ?」
シーアさんに呆れられてしまいます。
「怪我は安心してください。怪我のないようにします」
お互い無傷で終わらせますよ。
ギルドについたとき、すでに昼を大きく過ぎていました。お腹すきましたね。
「先にご飯にしますか?」
アリスさんが私に提案してくれます。私のお腹事情もすっかりアリスさんには握られています。
「ライゼさんに許可もらって、ご飯の後でいいですか。兄弟子さん」
「あぁ、万全でやるぞ」
そう言って兄弟子さんは、入り口へ歩いていきました。
「はぁ……。とにかく、選任の仕事に支障が出ない程度でお願いします」
アンネさんから釘を刺されてしまいました。
「は、はい」
アンネさんに事情を説明したところ、呆れられました。でも「そのような事情なら致し方ありませんね、リツカ様ですし」と言われました。アンネさんの私評価がどうなっているのか気になりますけれど、聞かないほうが精神衛生上よろしいでしょう。
武器屋に着き、ライゼさんは居るか聞いたところ、ちょうどお昼を食べているようです。
「ライゼさん。今いいですか」
そう言ってライゼさんの部屋に入ると、麺をすすっているライゼさんが居ました。こう見るとほんとに時代劇の一幕のようですね。でもそれ、パスタですよね。顔の煤くらいは、落としてからでも……。
私の刀を素早く仕上げる為に、食事の時間すらも削ってくれているのかもしれません。こう考えると、何を喧嘩に勤しもうとしているのかと、少しだけ躊躇ってしまいます。
「おぉ、どうした。剣士娘」
「実はですね。お弟子さんにお会いしまして」
そう言うとライゼさんの目が変わりました。
でも私、引く気はありませんから。
「なに……? どこでだ」
親の顔かと思えば、ちょっと物騒な目ですね。どういうことでしょう。色々と問題があるようです。
「ギルドで選任やってますよ。アンネさん担当で。さっきまで一緒に任務してました」
簡潔に述べると、ライゼさんが私の肩を掴みました。虚を突かれた事を抜きにしても、掴まれるまで気付きませんでした。
「……」
「……お、おう」
直に肩から手が離されましたけど、何でそんなに離れてしまうんです?
「何もされんかったか。巫女っ娘も。そっちの嬢ちゃんも……って嬢ちゃんは誰だ?」
その変化は一瞬のものでしたけど、どうやら穏やかではないようですね。
「始めましテ、リツカお姉さんと野蛮お兄さんのお師匠さン。私はレティシア・エム・クラフト、魔女でス」
シーアさんがフードをとりながら自己紹介をします。
「おぉ、魔女娘か。また美人になりそうな逸材だな。俺はライゼルト・レイメイだ。ライゼでいい」
カカカといつものように笑います。しかし、兄弟子さんの話題が出た時の目は明らかに、敵意を含んでいました。
「……女たらしとはアンネさんに聞いてましたガ、私のような子供にまでちょっかいをかけるとハ」
シーアさんの評価がいきなり地に落ちました。訂正して上げようと思いましたけど、結構強い力で肩を掴まれたので、そのままにしておきます。
「まぁ、待て。魔女娘。俺は事実を言っただけで他意はない。手を出そうとは思っとらん」
ライゼさんが多少焦りを浮かべ弁解します。どうせ、アンネさんに伝わったらまずいとでも思ったのでしょう。
「まァ……リツカお姉さんが巫女さんへの接近を許してるってことハ、お師匠さんは安全なのでしょウ」
シーアさんがそんなことを言います。すでに私って、そういう認識になっちゃったんですね。
「ん? その言い方、まさかたぁ思うが、あの馬鹿……巫女っ娘にちょっかいかけたんか?」
流石ライゼさんといったところでしょうか。
「えぇ、そのことで相談があります。お弟子さんと私が戦うので、許可と場所をください」
有無は言わせません。
「詳しく話せ、巫女っ娘。剣士娘はキレとるから要領を得ん」
はぁ……。とため息をつきながらライゼさんがアリスさんに説明を求めています。
「……リツカお姉さんが師事してるのも納得ですネ。逆ニ、ほんとにこの人があの野蛮お兄さんの師匠なんですカ?」
シーアさんがそう評価します。ライゼさんの評価が多少回復したようです。
私もその疑問は思いました。ライゼさんの弟子にしては、抜き身すぎると。
「実は、依頼を終えたのち、ウィンツェッツさんがリッカさまに勝負を挑みました。私が止めに入ったところ、ウィンツェッツさんが私に敵意を向けまして、それで……」
アリスさんがそこまで言うと――。
「あぁ、分かった。あの馬鹿が、一番やっちゃいかんことを」
頭を抑え、ライゼさんが嘆きました。
「で、剣士娘。俺の弟子は死ぬんか」
冗談めかして私に言います。物騒すぎですよ。
「いえ、怪我すらしないでしょう。私は木刀も使いませんから」
勝負は受けましたけど、剣士としての勝負は受けてません。
「キレすぎだ、馬鹿弟子そのニ。……今回はあの馬鹿が悪ぃか。いいだろう。ただし俺も行くぞ」
許可と審判を手に入れました。ライゼさんが止めに入ってくれるでしょう。兄弟子さんの心が折れる前に。
「はぁ……。まぁ、いい機会だな。あの馬鹿には現実を見てもらうか」
色々気になる二人の関係ですけど、後で聞きましょう。
「ついて来い。馬鹿への連絡は俺がしよう。近くに居るなら届くだろ」
ライゼさんを先頭に、私とアリスさん、シーアさんがついていきます。
「ライゼさん、先にご飯いいですか」
「あぁ、いいぞ。腹ペコ血まみれ怪力巫女馬鹿娘」
「ライゼさんが広めてませんか、私のこと」
「なんのことやら」
「血まみれ怪力ってなんですカ。巫女さン」
「えっと……」
「シーアさん気にしないで……」




