4人で任務⑦
悪意診察の結果異常はありませんでした。あれだけのことがあったにも関わらず、町民の皆さんは落ち着いています。
魔王は悪意の集合体。まさかとは思いますけど……。いえ、今は目の前の事に集中しましょう。
村民から「お礼をしたい」と招かれますけど、まだ依頼があるかもしれません。急いで戻ることにします。
「巫女様方のお噂はここまで届いております。本当に、ありがとうございました」
村長と思われる方が礼を述べると、それに続いて村民たちが頭を下げました。私は余り慣れていないので、アリスさんに任せてしまいます。
「皆様にアルツィアさまの加護があらん事を――」
アリスさんの祈りの言葉と共に、その場を後にします。
護衛班の方と共に船に向かいます。全員乗れるのでしょうか。
「我々はここで失礼させていただきます。我々も船で来ましたので……ありがとうございました。皆様のお陰で、皆無事でした」
そう言って、護衛班の皆は歩いていきました。
「お気をつけて」
アリスさんが護衛班の方にも祈りを捧げます。
兄弟子さんが船の帆を張り、帰る準備をしています。
帰りの船でお小言をもらいそうですけど、アリスさんへ向けられた敵意は本物だったので、私は謝りません。
シーアさんはアリスさんに”拒絶”の魔法について質問しています。研究熱心ですね。私も見習ったほうがいいでしょう。何しろ……”抱擁”について何一つ進展がありませんから。
「準備できたぞ、餓鬼共。だがその前に、赤いの。勝負しろ」
瞳をギラつかせ、今にも襲い掛かってきそうです。
「……ライゼさんも同じこと言ってきました。剣士としての勝負を私に望んで」
私は構えません。
「あぁ、それなら話は早いな。俺ともやれ」
鞘から剣抜き放ち、私に突きつけます。
「兄弟子さんとはしません。理由がないです」
ただの力試しには付き合いません。ライゼさんは自分と私の覚悟を量ろうとしていました。というより今のライゼさんを見ていると、私の弱さを気づかせるつもりだったのではないか。とさえ思います。
「なんで、そんなにライゼさんのことが嫌いなんですか。……いえ、気に食わない、ですね」
嫌いという感情よりも、気に食わない、です。まるで父親に反抗する子供のよう。
「そうやって見透かすのがアイツにそっくりだ。てめぇも気にくわねぇ。だが、今はどうでもいい」
闘志は殺気といえるほどに膨れ上がっています。
「てめぇと俺。どっちが剣士として優れているか、だ」
兄弟子さんはやる気充分のようですけど、私は冷めています。
優れているかどうかなんて、気にしません。ライゼさんがこの人を馬鹿と呼ぶ理由はこれでしょうか。
「どっちが優れているか。それは、腕の話ですよね」
腕で比べるのが一番でしょうけど、剣士にとって最も必要なのは剣を振る理由です。殺し屋と剣士は違います。
「何度も言ってますけど、私は無駄な戦いはしません」
この人はただの殺し屋ではありません。それなのに、こんなにも歪です。何かを戦いの中で求めているのでしょうか。
「御託はいい、戦え」
すぐにでも始めようとする兄弟子さんに対し――。
「お辞めください。ウィンツェッツさん」
アリスさんが止めに入りました。
「あ? 俺は今赤いのと話してんだよ」
あぁ、ダメです。今から兄弟子さんがしようとしているそれは、私の頭が醒めてしまいます。
「!」
兄弟子さんに木刀で斬りかかります。避けられましたけど、アリスさんの前に庇うように立ちふさがります。
「今、アリスさんに手を出そうとしましたね」
話だけで終わるなら、それが一番。
襲い掛かってきても、避け続けていれば兄弟子さんも冷めるでしょう。
でも、それだけはダメです。何度も何度も何度も何度も何度も何度も言いました。
「アリスさんに手を出すのだけはダメです。あなたを敵として認識します」
もう私は、”強化”を発動し、いつでもいけます。怒りで、私は瞳を赤く煌かせています。
「ハッ! そうなるだろうと思ったぜ。巫女に手を出そうとすりゃあな」
釣られたようです。策士め。ですけど、演技であろうと向けられた敵意は本物でした。腕の一本くらいは覚悟してもらいます。
「リッカさまっ」
アリスさんから止められますけど、これだけはダメです。
「止めないでアリスさん。アリスさんに手を出そうとした人を許せるほど、私は平和呆けしてない」
マリスタザリアでもないのに、アリスさんに手を上げようとしたのはこの人が初めてです。ですが、集落を出たときから、最初から想定していたことです。譲れません。
「リッカさま……ですけど、相手はライゼさんの」
アリスさんの言いたいことは分かります。兄弟子さんのことを話すときのライゼさんは親の顔をしていました。大切に思っていることも、でも――。
「ライゼさんが兄弟子さんを我が子のように想っていることは分かってるよ。でも、それ以上に私はアリスさんが大切だから、これだけは譲れない!」
兄弟子さんがぴくりとでも動いたら、私は――。
「熱くなってるところ悪いですけド。アンネさんから連絡でス。急いで戻って欲しいト」
シーアさんがアンネさんからの”伝言”魔法を受け取ったようです。それが――ほんとかどうかは、わかりませんけど。
「チッ……」
兄弟子さんが手を引きます。私は、警戒は解きませんけど、魔法は解除します。
「リッカさま、私は大丈夫です」
アリスさんが私の肩に手を置いて、そう伝えてくれます。
「……うん」
これから船で帰ります。でも。
「兄弟子さん。帰ったら、ライゼさんから聞いた戦える場所があります。そこで戦ってあげます。ですから二度と、アリスさんに敵意を向けないで下さい」
戦う理由ができました。私が戦わない限り、この人はアリスさんすら使って私をその気にさせる。ライゼさんは集中しているでしょうけど、許可をいただきましょう。気の済むまで付き合ってあげます。もう二度と――その気が起きないように。
「あぁ、巫女には手をださねぇ。誓ってやる」
そういって、兄弟子さんは船に戻っていきます。約束ですよ。貴方が守るとは思いませんけど、守らせますから。
「馬鹿ですネ、兄弟子さン。巫女さん使ってリツカお姉さんを挑発するなんテ」
レティシアがウィンツェッツに呆れた様に視線を向けている。
「うっせぇ。そうでもしねぇと無理だろうが」
俺の殺気に気づいてやがる癖に構えもしねぇ。そう愚痴りながら船の最終点検を進めていた。
「だからっテ、巫女さんはダメですヨ。兄弟子さン、そんなに汗かいて大丈夫ですカ」
そういわれたウィンツェッツには汗が浮かんでいた。
「てめぇも大概ムカつくってんだ」
あんな木の棒しか持ってない小娘に冷や汗をかかされた現実にウィンツェッツは、イラついていた。
「そこまでして戦いたいものですかね」
呆れながらレティシアが言う。
「あぁ、本気じゃねぇと意味がねぇ。覚悟も、俺に向けられた殺気も、アイツより強かった。そんな相手と本気でやらねぇと意味がねぇ」
戦闘狂の目ではなく、何か想いを持った目で語っている。
「男の意地とかよく分かりませン。それに巻き込まれたリツカお姉さんたちが不憫でス」
やれやれ、とレティシアは頭を振った。
「俺のことはもういいだろ。で、担当はなんつったんだ」
レティシアに投げつけるように、ウィンツェッツは質問した。それにレティシアは呆けて、首を傾げた。
「あァ、そんなのありませんヨ」
船の外に投げ出した足をプラプラさせながら、こともなげにレティシア言う。嘘だった、と。
「あ?」
ウィンツェッツが不機嫌そうに聞き返す。
「喧嘩を止めるために嘘を言いましタ。リツカお姉さんにはバレてますネ。用事あるって言ったのニ、帰ったら相手するって言ってましたシ」
クふふふ、と笑いながらレティシアは楽しそうに、足で船体にて奏でる。
「チッ。もういい。あの二人呼んでこい」
「言われずとモ」
レティシアは立ち上がり、本当に楽しそうに二人を呼びに行った。
兄弟子さんが船に入ったのを見て、警戒を半分解きます。
そしてアリスさんに向き直り、ばつが悪そうに視線を逸らしてしまうのでした。
「ごめんね、アリスさん。喧嘩すると思う」
私が初めてやる、人助け以外の喧嘩です。ライゼさんのは稽古って感じが強かったですけど、今回は本当に……ただ喧嘩です。
「リッカさまの想いは、知っています。私には止められません。せめて、怪我だけはしないように……。私もリッカさまが一番、大切ですから」
困ったように眉をよせ、それでも笑顔で居てくれます。
「うん、ありがとう」
そう言って、アリスさんの頬に手を当てます。
「こんな形でしか、守れなくて……ごめんね。話し合いで終わればそれがよかったんだけど。我慢、できなかったよ」
誰も傷ついて欲しくないっていうアリスさんの想いを無碍にしてしまいます。そのことが心残りです。
「……私も、リッカさまが同じように攻撃されそうになったら同じように怒ったかもしれません」
そう言って、頬に添えられた私の手にアリスさんの手が添えられました。
「ですから、私は気にしていません。ウィンツェッツさんがどうしてあんなことを提案してきたのか、倒して聞きましょう!」
アリスさんが拳を握り締め私を鼓舞するように言います。気を使ってくれたのかな。
「うん。ちゃんと説明してもらおう!」
全部聞きます。ライゼさんのことも、私に勝負を挑んだことも。そして二度と、二度とアリスさんに手を出そうとしない。と誓約書を書いてもらいましょう。
「お二人さン。時間ですヨ」
シーアさんが呼んできてくれます。
「急ぎましょう、リッカさま。アンネさんが呼んでいます」
アリスさんがそう言います。恐らくあの時、私と兄弟子さんに注目していたアリスさんは気づかなかったのでしょう。
「大丈夫だよ、たぶん」
シーアさんはあの時、呆れ顔で私たちの喧嘩を見ていましたし。魔力の反応がありませんでしたから。
「?」
首を傾げるアリスさんの手をとって、船へ行きます。
兄弟子さんに一番遠い席に連れて行かないと。




