4人で任務③
風を帆が受け、私たちが全力で走っている時以上の速度で走り続けています。
陸を走る帆船。風が心地良いですね。帆船ですけど、思いっきり車輪ですね。パドルシップ?
「やはリ、得意魔法が風の人が走らせる船は速度が違いまス」
シーアさんがフードを押さえながら弾むように言っています。
「餓鬼共だけとはいえ四人運ぶのはだりぃ。チビっ娘、お前も風出せよ」
兄弟子さんが、風を定期的に送り込みながら愚痴りました。
「私はこれからお二人に私のことを話さなければいけませン。一人で頑張って下さイ」
シーアさんはそれだけ言うと私たちに向き直ります。
「て、てめっ――」
「でハ、私の国についてお話しまス」
兄弟子さん、ごめんなさい。今はシーアさんのお話のほうが気になります。……私が同情しても、私は風の魔法使えませんから、いいですよね。
「王都から遥か北西に進むト、私の居た『フランジール共和国』がありまス。多くの民族が束ねられたことで出来た国でス。キャスヴァルとは同盟国ですネ。革命の際、フランジールもお手伝いしましたかラ」
共和国とは、本来。君主が居ない、国民に主権がある国の事です。ですけど、国民が認めれば大統領などの元首を置く事もあります。だからフランジールでは、女王陛下が元首も務めているという事でしょう。
「私の祖先は元々南のほうに住んでいましタ。ずっとずっと南でス。共和国が建国された際の女王様から召集さレ、共和国民となったのでス」
ずっと南。熱帯地方という事でしょうか。
「王家とはその頃から親交があったらしク、その縁ということでス。今でも王家とは懇意にさせてもらってまス」
思い出すように視線を上に向けています。
「小さい時かラ、現女王であるエルヴィエール様がお世話をよくしてくれましタ。私の家族は父と母だケ。その二人も早死にしちゃいましたかラ」
シーアさんの目が少し潤みます。どんなに大人びていても、親族との死別は辛いものでしょう。私も経験があります。
「女王にとって私は少し歳の離れた妹、というヤツみたいでス。今回の遠征も女王は反対でしたかラ」
妹と呼ぶ仲であれば、渋った事でしょう。むしろ良く、一人での旅立ちを許可されましたね……。
「これは余談ですけド。女王はキャスヴァルの王様の事がお気に入りでス。昔から色々と楽しませていただきましタ」
クふふふ。と悪戯っこのように笑います。
……多分このネタでコルメンスさんを、女王陛下と一緒に散々弄っていたのでしょう。思い出し笑いが主のようです。
微笑ましいですけど、何故か私の背中に悪寒が走ります。嫌な予感ほどよく当たりますけど……。
「シーアさんは、どうして女王様の反対を押し切ってまで、この国のギルドに?」
私は質問します。同盟国とはいえ、反対されてまでシーアさんが来た理由が気になったのです。
「女王、エルヴィ様は私の姉のような方でス。そんな人が毎日キャスヴァルの現状を憂イ、なんとかしたいと一人悩んでいましタ。だから私が来たのでス。エルヴィ様の力になりたくテ、魔法を研究特訓シ、『エム』を授かるまでになった私ですからネ」
シーアさんの目には、私と同種の光が灯っています。強い覚悟、大切な人のために命すら賭ける覚悟です。
「エルヴィ様を守るために力をつけてましたガ。今回の異常事態、ただ守るだけでは何れフランジールも危険に晒されまス。キャスヴァルで燻っている間に解決するのが最善でス」
つまり、シーアさんの最終目標は――。
「魔王をサクッとやりまス。そのために巫女さんたちへの協力は惜しまないつもりでしタ」
シーアさんが私たちを見ていいます。つもりでした、と言うことはどうやら今回の任務、試験でもあるようです。
良いですね。全面的に信用されるよりずっと良いです。
「見ててください、シーアさん。私たちも遊んでたわけじゃないし、覚悟もしてます。シーアさんを失望させません」
理由も、目的も、私たちと一緒です。大切な人を守るために魔王を倒す。だったら、私たちは協力できます。力を見せ、シーアさんの不安を取り除きましょう。
勝ち取った信頼は永遠ですから。
アリスさんも強く頷きます。
「リツカお姉さんだけじゃなク、巫女さんにも筒抜けですカ。では、しっかり見させてもらいまス。強い言葉を使いますガ、足手まといはいりませン」
シーアさんは不適に笑います。国の特別な称号を与えられた魔女。彼女からの協力はぜひとも欲しいのです。魔王討伐に失敗は許されません。
強い言葉。結構です。こちらも、無碍に命を懸ける人は蹴落とすつもりですから。
「それでハ。リツカお姉さんのための魔法講座をしましょウ」
「……はぇ?」
突然シーアさんが私に近づいて言いました。思わず私は、変な返事をしてしまいます。
「聞けバ、別の世界には魔法がなク、苦労しているようでス。さくっと解決しましょウ」
えへんとシーアさんが胸を張ります。フードつきのダボダボなマントの所為でしょうか。可愛らしいマスコットにしか見えないというのは、内緒です。
「リッカさまには私がついていますけど?」
アリスさんが対抗意識を燃やします。シーアさんの反対側から私に近づいて、にらみ合います。同じくこの国でも有数の魔法使いです。プライドがあるのかもしれません。
「まァ、そう言わずに聞くだけ聞いてくださイ」
シーアさんがアリスさんに笑いかけます。
「……」
なんでこんな急に、不穏な。
「まず連続、連鎖はしっかり出来ているとアンネさんから聞いていまス。なので複合連鎖を説明しましょウ。見たことはあるはずでス。巫女さんが発動したという”水の盾”。あれが複合連鎖でス。別々の魔法を掛け合わセ、別の効果を生み出したリ、より効果を上げたリ。高等技術でス。ただの盾に水を掛け合わセ、火に強くするといった感じでス」
私に寄り添うようにシーアさんが言います。この船結構広いように見えるのですけど。もっと広くスペースを使いませんか。
そう思いながらも私は――あの時、強大な火の魔法を完全に抑えきったあの魔法を思い出します。あの時のアリスさんはかっこよかっ……魔法を思い出さなければ。
「連続。連鎖。複合連鎖。この三つが魔法の技術でス。この三つを完璧に出来る人だけガ、連続複合連鎖による大魔法を発動できまス。連続魔法と複合連鎖魔法を高い精度デ、お互いを相乗させるようニ、想い言葉を繋げることで強大な魔法を生み出すのでス」
アリスさんがギルドで謎の商人に放ったものがこの大魔法です。朗々と流れるように紡がれたアリスさんの想いと言葉。悪意を射抜くために銀色に煌かせた強い瞳。
……ん? 違いますって。魔法を思い出さないといけないんですよ、私。
「これが出来る人は文句なク、フランジールでは『エム』を授与されるでしょウ。ですガ、リツカお姉さんは苦戦しているとアンネさんから聞いてまス」
私はまず、自分の得意魔法である”強化”と”精錬”、”疾風”しかできません。大魔法なんてとてもとても。
「これハ、私の予想ですガ。リツカお姉さんハ、イメージできないのではないでしょうカ」
シーアさんが顎に指を添え考えこむようにいいます。
「イメージ、ですか」
私はそう言われてもぱっとしません。
「何もない空間から水や火が出てきたりっていうイメージが出来ていないのでス」
私の世界では蛇口とライターとかじゃないと、無理ですからね。
ところでシーアさん、どうして私の膝に手をおいて、撫でる様にしているのでしょう。
「もうそのイメージから脱却できないのでしょウ。だからリツカお姉さんは自分が関わっている魔法しか出来ないのではないのでしょうカ。”光”っていう巫女特有の魔法は分かりませんガ。自分を強くしたイ。戦う剣が欲しイ。と言ったのは強く想えたのでしょウ」
これまで自分で考えても全く分かりませんでしたけど、こういうことだったのですね。
「確かに、イメージできてませんね」
私は納得します。でも、分かったからと言って、私に遠距離は扱えませんね。そう教えてもらえてもイメージできそうにないです。
「長い時間をかけてそのイメージから脱却するしかありませン。――時間がないのデ、今までと変わらないのが現状でス」
頷くようにシーアさんが締めます。
「今使えるのだけ鍛えたほうがいいですよね。遠距離攻撃の手段は欲しいと思ったときはありますけど、私は一人で戦っているわけではないですから」
そう言って、ちょっと脹れてしまっているアリスさんへ視線を移します。このときのアリスさんの感情は読みづらいです。でもこの感情には私自身、身に覚えがあるような。
「私の変わりに、アリスさんが遠くの敵を射抜いてくれます。せっかく教えてもらえたのに、ごめんなさい。私は私の魔法だけでやります」
今から手段が増えても、使いこなせるか怪しいです。ライゼさんが刀を作ってくれています。だから私のやることは変わりません。
「――はい。リッカさまを最大限サポートするのが私の役目です」
アリスさんが笑顔で誇ってくれます。使えないものを嘆いたりはしません。この笑顔を守る手段はもっているのですから。
「手強いですネ。お姉ちゃんと国王ならもっと修羅場になるのニ……」
「何がしてぇんだてめぇは」
「居たんですカ、お兄さン」
「降りてもいいんだぞ。阿呆ども」
もうじき依頼の場所です。気を引き締めます。




