荒れる国⑤
休息をとるため宿へ向かいます。でも、その前に――。
「先に、ライゼさんのとこ行ってもいいかな」
アリスさんに確認を取ります。
「はい。刀の件ですよね」
隣を歩くアリスさんから了承を得て、足を武器屋へ向けました。
「でも私、詳しいことは分からないから、出来たものを確認する程度だと思う」
作り方は聞いたことありますけど、実際に見たことはありません。
「木刀使うから、確認だけはしておきたいなーって思ってたんだ」
そう言って木刀を撫でます。
”神林”の核樹から作られたこの世で一本だけの木刀。ライゼさんの攻撃を何度も受けたにも関わらず、凹みすら出来ない強度。何よりこれを持つと、森に守られていると思ってしまうのです。
「柄に使ってもまだ余るだろうから、何かに加工できないかな」
身につけるもの、ネックレスとか指輪とか。アリスさんの分も作れるなら作ろう。
「そうですね。身に付けられるものが一番、森を感じそうですけど」
アリスさんが微笑みながら、話に乗ってくれます。
「んー、じゃあ指輪かな。それならアリスさんのも作れそう」
暇があれば、どこかに加工してくれる人居ないか探してみよう。
「お揃いですね。楽しみです」
「うん! ちゃんと、探さないとね」
アリスさんが嬉しそうに言います。この笑顔がもっと輝くように、急いで製作を開始しようと思ってしまうのです。
アリスさんへのプレゼントになります。これもまた、失敗は許されませんね。
武器屋に入ると、初日と違った視線が私に刺さりました。初日は「お前みたいなのが来るところじゃないぞ」と言った視線が多かったのですがけど。
「巫女様と赤の巫女様。本日はどのようなご用件でしょう」
武器屋の店主さんが、まるで上客を相手にするように声をかけてくれます。ここまで一気に変わられると、落ち着きません。
「そんなに、畏まらなくていいですよ? 今日はライゼさん、ライゼルトさんがここに来るように、と」
ライゼさんは武器屋の人の工房を使わせてもらっているのでしょうか。
「は、はぁ……ですが、先日は大変失礼を……。ライゼですね。来ておりますよ。どうぞ、こちらです」
用件を伝えると、お店の奥に案内されました。
「おぉ。よぉ来たな」
ライゼさんが工房の中心で材料を前に仁王立ちしています。
「あんさんが曖昧な工程はすっとばすぞ。これでも作れるとは思うが、まぁ四日だな。これから俺は篭る。代わりに任務は頼むぞ」
ライゼさんがそう言って、私を見ます。
「刀が欲しいというより、使い慣れた形のよく斬れるモノが欲しいのです、そして何より重要なのは、柄に木刀を使うということ。職人であるライゼさんを前に言うのは憚られますけど、ただ斬れるのが欲しいのです」
よろしくお願いします。と私は言います。
「あぁ、切れ味は任せとけ。出来上がったらあんさんの修行の開始だ。時間はもうあまりないだろう。新に来た選任ってのがどれほどか分からんが、あんさんの修行中はそいつらに任せる。期間はそうだな、三日だな。三日間ひたすらボコボコにするから覚悟してろ」
一週間の予定が発表されました。
それに対し私は――。
「アリスさん、そういうことだけど。大丈夫かな」
アリスさんも一週間付き合ってもらうことになります。その確認のつもりで聞きます。
「えぇ。ぼこぼこ、というのが気になりますけど、必要なことだと理解してますので……。私もしっかり、その期間で強くなってみせます」
アリスさんの目に光が灯りました。
「うん、一緒に強くなろう」
私はそんなアリスさんに微笑みかけます。
強くならなければいけません。でも、気を張りすぎてはダメなのだと、そう思ったから。
「えぇ。もちろんです」
一緒に生きていくために。
「いらんお世話だったな。そんじゃ、頼んだぞ」
ライゼさんが笑います。
「「はい」」
まずは休みましょう。明日から、忙しくなります。
そう、思ったんですけど。
「図体だけでけぇ雑魚が、俺の邪魔すんじゃねぇよ」
ギルドで悪意を浄化したはずの一人目の男性が、また何かにイラだっています。
「図体がでけぇのはお前も一緒じゃねぇか。俺は謝ったぞ!?」
そして相手は、武器屋で絡んできたあの人です。大方、肩がぶつかったとかでしょうけど、いざこざって感じで済みそうにないですね。
「店先で何をしてるのですか、二人とも」
とにかく、こんな大通りのど真ん中で喧嘩はダメです。……私も、似たことをしましたけどね。この人たち、手が出そうなのです。
「あぁ、嬢ちゃんか。やめたいのは山々なんだが……」
あの時のトゲトゲしていた姿はすっかりなりを潜めています。本来浄化が済めばこうなるのですけど――。
「てめぇらはギルドん時の。てめぇらにもまだ借りを返せてねぇ、あのひょろひょろは居ねぇみてぇだが」
ライゼさんを探しているようです。けれど、今は呼ぶわけにはいきませんね。刀作成に全力をかけてくれています。
刀は確か、十二日かかると聞いたことがあります。それを四日です。何か魔法を使うのかもしれませんけど、それにしても早いです。集中しているはずです。だから呼べません。
「ライゼさんなら、今は来られませんよ」
私はそう告げます。すると。
「ライゼ?」
野次馬のほうから声が聞こえてきました。
「おい、小娘。今ライゼっつったか」
身長はライゼさんと同じくらい、細身の百八十センチ。金色の短髪。切れ目。背中には、ライゼさんのによく似た剣。気配も、闘気も、剣士のものです。間違いありません、この方は――。
「えぇ、言いましたよ。ライゼさんのお弟子さん、ですよね」
ライゼさんの弟子の割には、言ってはなんですが……抜き身すぎます。
「あぁん? もう弟子じゃねぇよ」
不機嫌そうに男が言いました。何かありそうですね。
「無視してんじゃねぇよ!!」
ギルドで浄化した、選任候補Aさんが私に殴りかかってきます。浄化後でもこれって……。
周りから短い悲鳴なようなものが聞こえますけど――。
「落ち着いてください。怪我しても知りませんよ」
私を殴ろうとしていた腕を避け、掴み、捻り、後ろへ回り込み、膝の裏を蹴り跪かせ、腕をキメます。警察とか、特殊部隊がやっているアレです。
「グッ!!?」
動こうとする男性に、声を掛けます。
「落ち着いてください、と言いました。折れますよ?」
本日二度目の忠告です。相手は違いますけど。折れるという言葉に偽りはありません。私はガッチリと、キメています。
「リッカさま、お怪我は?」
アリスさんが心配そうに声をかけてくれます。
「大丈夫、マリスタザリアじゃないし、掠ってもないよ。でも危ないのは変わらないから、下がっていてね?」
大丈夫であることを笑顔で伝え、下がらせます。
私を狙ったのはライゼさんが居ないからでしょう。ギルドで格付けは済んでますからね。アリスさんはこの人にとっては未知の魔法を使います。手を出しにくいでしょう。ライゼさんは完全に格上と認知されています。そうなると消去法で、あの時何もせずただ居ただけの私。ってなりますよね。
「喧嘩の理由は分かりませんけど、大通りでこの騒ぎは迷惑ですのでお控えください」
いつぞやの自分を棚上げしつつ、警告します。
「赤い巫女様が怪力って本当だったんだな……」
「自分の体と変わらん腕折れるってどんな」
……これで、私に襲い掛かろうなんて馬鹿な人は居なくなるでしょう! これでいいんです。これで。アリスさんには解ってもらえてますから。――解ってくれています、よね? うぅ……。
「はぁ……。離しますけど、もうやめて下さいね」
そう言って離し、アリスさんの前に守るように立ちふさがります。
私を狙ったのは、ある意味では一番正解だったと思いますよ。ライゼさんを狙ったら怪我してたでしょうし、もし……アリスさんを狙ってたら、私は腰の物を抜かないといけなかったでしょうから。
「……くそが!! イライラする……化け物が増えてるっつーから来たってのに、全く出会わねぇしよ……」
ぶつぶつとつぶやきながら男は、腕を押さえて去っていきました。
(会わない?)
毎日のように発生しているはずですけど……どういうことでしょう。
「リッカさま、明日アンネさんに確認に参りましょう」
「うん。気になるもんね」
アリスさんにも聞こえていたのか、そう提案してくれます。
嫌な予感が、します。
「次は俺の番だ、小娘。ライゼはどこに居る」
お弟子さんが私に質問してきます。
「ごめんなさい。今はダメです。ライゼさん手が離せません」
弟子じゃないと言った時の不機嫌さ。今も放ち続けている殺気。正直、穏やかじゃありません。会わせないほうがいいでしょう。
「四日後なら暇ができるでしょうから、その時にお願いします」
本当なら、どんな状況であれ弟子との再会を邪魔したりしませんけど、今は状況が状況です。私を優先させてもらいます。
「……チッ。餓鬼はやり辛ぇ、四日後だな」
ライゼさんは、私を餓鬼とは見ませんでした。お弟子さんはどうやら、観察眼はまだまだのようです。いえ、見る気がないみたいですね。全てに目を閉じているような……?
「はい」
また会うことになりそうです。
そういえば、朝出会った少女も……いずれ会うって言ってましたね。
二人、頼れる人が来てくれた。そう、アンネさんは言っていました。まさか……この二人?
「アリスさん、いこっか」
「はいっ」
それも、明日アンネさんに聞きましょう。
アリスさんが笑顔で隣に居る。この一時がいつまで来るかわかりませんけど、今は浸ってもいいですよね。
「よく来てくれた。感謝する」
コルメンスが頭を下げている。
「頭なんて下げないで下さイ。女王様に怒られまス」
出されたお茶菓子を食べながら、フードを被った少女と思われる人がコルメンスに軽口を叩いている。
「あぁ、エルヴィエール女王には感謝せねば……」
コルメンスは女王エルヴィエールを想い、感謝を述べる。
「またエルヴィエールって呼んでまス。女王様に言っちゃいますネ」
そう言って本当に”伝言”魔法を発動させようとしている。
「あぁ、エルヴィ女王だった。すまない。どうしても国王になる前の癖が抜けなくてね」
コルメンスが苦笑しながら言う。
「こんな男のどこがいいんでしょうネ。女王様ハ」
そう言ってカップから紅茶を飲み干す少女。メモ帳を取り出し、何かを書いている。
「さテ、挨拶は終わりましタ。今日は帰りまス。あとその喋り方似合ってないでス」
立ち上がり、一礼して帰ろうとする。けれど、何かを思い出したように目を瞬かせた。
「あァ、そういえバ。ここに来る前に巫女さんたちに会いましタ」
少女は振り返りコルメンスに言う。
「なんというカ。巫女さんもすごい魔力でしたけド、赤いお姉さんは魔力だけじゃなク、何かを感じましたネ」
そう言って、赤いお姉さん、リツカを思い出している。
「似合ってない……。あぁ、リツカ様だね。彼女は武術というのをやっていてね。体一つでマリスタザリアを投げることが出来るらしい。アンネの話では、相手の力を使って投げる、ということだが」
コルメンスは、せっかく慣れない国王としての歓迎をしていたにも関わらず一蹴され、少し落ち込んでいる。けれど、リツカの話になり少し頬を緩め楽しげに話している。
「アルレスィア様だけでなく、リツカ様も居られるのは心強い。だが、敵は強大だ。きみも手伝ってあげてくれ」
改めてコルメンスはお願いする。
「えェ、最初からそのつもりで来てまス。ご安心ヲ」
そう言って王宮を後にする少女は、少し特徴的な笑い声で去って行った。
「まァ、確認はしますけどネ」
そう言って少女は街へ消えていく。




