私の先生②
私たちの剣幕に何事か、と広場の人たちが止まってしまいます。ですけど、私はそれどころではありませんでした。
(改めて思う、ライゼさんは隙がない。不用意に飛び込めない圧がある)
飛び込めば、確実にカウンターがくる。そう分かっていても、私にはこれしかありません。
「――!」
地面を蹴り、矢のように間合いをつめます。格下が後手に回っては、勝てるものも勝てません。
上段からの振り下ろし、でも……軽々避けられ、木剣が視界の隅で揺らめきます。が、私は地面を蹴り、上に跳びます。
木剣を避けると、すかさず蹴りです。私の脇腹を狙ってきた脚の上に、逆立ちするように手をつき、そこに力を込め、宙返りのようにライゼさんの後ろへ飛びます。
「――シッ!」
その時、斬りつけることも忘れません。
「!」
ライゼさんは首をずらし、それを避けました。そして私の着地にあわせ、木剣を横薙ぎにしてきます。
(ガードして、わざと弾かれて距離をとる――。っ)
嫌な予感がして、ガードではなく首をずらして回避します。私の顔の横を、ライゼさんの拳が通り抜けました。
「ぅ――!」
私はバランスを崩しながら、急いで後ろに跳ねのきます。でも――。
「っ」
ライゼさんの木剣がつきつけられ、動けなくなりました。
「昨日よりは、マシな動きだな。剣士娘」
ライゼさんが構えを解き、木剣を肩に担ぎます。
「だが、これから先に行くには足りんな」
ライゼさんが近づいてきました。一旦中断でしょうか。一応警戒はしておきます。
「あんさん、昨日なんで蹴りが避けられんかったか、わかるか」
昨日は反応すらできませんでした。
「剣筋が乱れてましたし、ただ真っ直ぐ行ってたからですか」
心が乱れていました。そのせいかと思います。
「あぁ、そうだな。普段のあんさんなら避けられたろう。今みたいにな。じゃあ、なんで拳んときはあんなにギリギリで、しかも反応も鈍かったんだ」
ギリギリで避けましたから、マリスタザリアだと怪我してましたね。
「嫌な予感ってことしか、わかりませんでした。だから咄嗟に回避に変えたので、あのように」
やっぱり、経験の差なのでしょうか。全てを読みきれません。完全に第六感便りです。
「化けもんのときも、嫌な予感ってだけで避けとるんか?」
私に何かを気づかせようとしているのでしょうか。
「いえ、しっかりと何が来るか視えてます」
「そうか、あんさん。俺が殴るって思ってなかったんだな」
ライゼさんが考え込むようにしてます。
「俺を化けもんと思っとったら、殴りもわかったろうな」
「ん?」
「剣士娘。これは剣術の稽古だが、化けもんに勝つための稽古だ。人間を相手にしてると思うなよ」
えっと、どういうことでしょう。
「俺は剣士だが、殴りも蹴りもするぞ。勝つためならなんだってする。ごっこじゃねぇからな」
ライゼさんは、そういいます。
私はたぶん、心のどこかでこれは剣の試合と思っていたのでしょう。
だから、昨日された蹴りはなんとなく分かったけど、殴られるとまでは思ってなかった、と。
「その意識の差は致命的だ。相手が人間に近いやつだったらあんさんそうなっちまうのか?」
「う……」
「この世界での戦いは全て命がけと再認識しろ。相手は全部、化けもんみてぇになんでもするぞ」
ライゼさんが、また間合いをあけました。
「私は、読めなかったんじゃなく、分かってなかったんですね」
意識から、体術が抜けていた。
「まぁ、そういうことだな。もう俺から殴られたりはないだろう。あんさんは、どういうわけか勘がいい。読みは俺と同等だ」
ライゼさんが苦笑いしながら言います。
「まったく、ほんとに十代の娘っ子か。あんさん」
失礼なことを言ってきます。
「少しだけ、勘を鍛えただけです」
拗ねながら言い返しました。
「あぁ、悪い悪い。これでも褒めとる。あんさんが俺に勝てんのは経験だ」
何事もなく会話を再開します。
「あんさんは意識を変えるだけで強くなれる。自分をもっと知ればいい」
そう言って、講義が始まりました。
「あんさんと俺の違いは分かるか」
性別、とかではないですね。
「経験、体格、ですか」
戦闘経験が圧倒的に違います。命をかけた戦場に居た年数は、私が生きた歳より長いでしょう。
「俺の馬鹿弟子より出来がいいな。あいつは歳! っつってキレてたからな」
カカカと豪快に笑います。
「それも、間違えてないのでは? 歳の差で経験と体格の差も出ますし」
私は何気なく返しました。
「まぁな、でもあいつは本当に歳としか思ってなかった。あんさんとは違う。あんさんは理解している。歳を重ねることの生み出す強みを」
ライゼさんが親の顔をしてます。
馬鹿だなんだと言っても、その馬鹿弟子が気になるようです。
「だがな、この経験の差は埋められる。特にあんさんなら簡単に」
ライゼさんが真面目な顔に戻ります。
「人間をよく見てる。観察眼は達人のそれだ。それにプラスして勘の鋭さ。後は意識さえ変えりゃいい。体格は、あんさんの魔法が体格なんか関係ねーほど力を上げる」
そう、ですね。”強化”がないと、いくら相手の力を利用しても、マリスタザリアを投げるには至れません。
「だがな、あんさんには致命的なもんがある」
ライゼさんが私の体を見ます。
「犯罪ですよ」
私は自分を抱きしめ、じとっとライゼさんを見ます。
「……」
アリスさんから銀色の煌きが迸りました。
ライゼさんはその銀色を見る事が出来ませんけど、圧は感じているのでしょう。ライゼさんは焦るように手を上げています。
「剣士娘ぇ!? わかってやっとるだろ!!」
まぁ、分かってはいますけど、じろじろと見るのはダメです。
「防御の薄さですね」
私から切り出します。
「そういえば、なぜライゼさんには分かったんですか」
アリスさんが魔力を霧散させ、疑問を口にしました。
「はぁ……助かった……。あぁ、三戦分だ、俺が剣士娘の戦いを知っとるのは。一つ目は牧場。二つ目は俺の目の前でやったな、熊だ。三つ目は港だが。まぁ二つ目の時点で確信しとる」
ほんと……お母さんとライゼさんの戦いを見てみたいものですね。かなり良い勝負をすると思うんですけど。
「あの時、大きく避けたな。化けもんの攻撃を」
しっかり見られてました。でもそれだけで分かるのは、この世界ではライゼさんだけでしょう。
「どういうことです?」
アリスさんは、私の防御力がないのを知っているから思い至りません。知らなかったら、アリスさんも気づいた事でしょう。
「剣士娘の機動力、攻撃力を考えれば、あの時とるのはギリギリでの回避。そして確実な一撃。ギリギリで反撃を繰り出しゃ、腕は落とせたはずだ」
その通りです。
硬いのもありましたけど、剣先にしか当たらなかったので、切り傷だけでした。
「そうしなかった。巫女っ娘がいたからな。その攻撃を待って確実にしとめたとも見えるが、それなら腕を落として確実性を上げたい。でもそうしなかった。その理由だが一つ目んときに、剣士娘は血まみれで帰ってきた」
思い出したくないですね。赤い巫女という微妙に不名誉を含む名前。何よりあの時の私も身勝手すぎました。
「剣士娘な、直撃はない。掠ってあぁなった。ってことだな」
そうです、掠っただけです。
「”強化”魔法。自分を強化するっつー話だが、防御はあがらんのだろう。掠っただけであれだけの出血をするほどな」
洞察力だけでなく、この理詰めのような思考力。腕が良いだけの剣士ではないと、再度痛感します。
「だからだろう、大きく避けたのは」
全部あたりです。流石ですね……。
「大方、巫女っ娘に無茶すんなって怒られたんだろう。その癖三つ目んときにまたやりやがって。そりゃ巫女っ娘もきれる」
ええ、当たりです。ごめんなさい。
「ライゼさん、その話は終わったはずです。リッカさま? 落ち込まないでください。私はもう怒ってませんよ?」
アリスさんが慰めてくれます。
「まぁ、防御がねぇっていう話はわかったな。それをどうするかだが。剣士娘。どうする」
私に委ねます。一つ、決めていることがあります。
だから――。
「ライゼさん、ライゼさんの剣。少し振らせてください」
武器の構想、私の道。




