私の先生
A,C, 27/03/05
今日からライゼさんから稽古をつけてもらえるとはいえ、日課は行います。
走る距離を三十キロに増やしました。現場への移動は走りか馬です。迅速に着くために、走る訓練は必要です。全力で走れる距離を増やさないといけません。
(……馬に乗る練習もしないといけないなぁ)
荷車のような物に帆を張り、風の魔法で船のように陸地を走るものがあるそうですけど、アリスさんは”風”の適性が低いようで、走ったほうが速いとのことです。当然、私は論外です。
「――!」
殺気、身構えます。
「巫女っ娘がおらんとすぐそれか」
ライゼさんが険しい顔でやってきました。
「ごめんなさい。すぐには」
理解はしました。納得も出来ています。でも、今まで私は無自覚にやっていたのです。いきなりやれと言われても、どうすればいいのか。
「あとで巫女っ娘に聞いておくか。宿ではちゃんとできとるんか」
「えっ!? そ、そそそそれはちょっと」
宿の方角を見ながら呟いたライゼさんの言葉に、慌ててしまいます。
早速特訓です! と……アリスさんに抱きしめられたまま、三、四時間蕩けきってました。その後も私が気を張る度に抱き締めて貰えて……。
(そんなの知られるわけには――)
「顔が緩んどるぞ。剣士娘」
「ハッ……。は、謀りましたね……」
顔を引き締め、にらみつけます。
「あんさんの自爆だ」
「くっ……!」
「まぁ、練習の成果はでとるな。思い出しとる間は緊張が取れとったぞ」
ライゼさんがとりあえずは、と言った風に話をきりあげました。
「んじゃ、今日ギルドで依頼の話がなかったら広場に来い」
そう言って、まだ人の少ない街の中を歩いていきます。
「……続き、行こ」
素振りは、ライゼさんの回転切りをイメージしながらやりました。でも、”強化”を使わないと真似出来ません。
筋肉は、十四を境に増え難くなりました。”強化”が乗算なのか加算なのかは分かりません。でも、元の筋力はあったほうがいいでしょう。
適当なところで日課を切り上げて、宿に帰りました。そして、アリスさんからの出迎えを受けます。
「おかえりなさいませ、リッカさま」
今までなら、それで終わりですが、今日は――抱きしめられています。
「あ、アリスさん!?」
流石にここでもやられるとは思わなかったので、声を出してしまいました。
「また気を張っていました。さぁ、どうぞ」
アリスさんに抱きつかれると、緊張が解れる、そう分かりましたけど……。
(べ、別の方法を考えないと……心臓がもたないよ)
と、抱きしめ返しながら考えてしまいます。でも……もうしばらくは、このままで。あ、でもでも……次からはせめて、シャワーの後にお願いします。汗、かいてますから。私……。
時間なので、ギルドに向かいました。依頼はたくさん来ているはずです。
「アルレスィア様、リツカ様。おはようございます」
アンネさんがすでに待っていました。もしかして依頼でしょうか。
「おはようございます。依頼でしょうか」
「おはようございます。早速、お聞きしてもいいですか」
アリスさんもそう思ったのか、挨拶の後尋ねました。私もすでにやる気満々です、けど――。
「いえ、本日は別のチームの方々で片付けることができそうです。新に二人ほど、腕利きが加入していただけましたから」
私達には報告だけだったようです。アンネさんが腕利きと評する方、きっとライゼさんクラスでしょう。
「そう、ですか。私たちはいつでもいけますので、もしもの時はお願いします」
「……はい、その際はお願いいたします」
アンネさんも、ライゼさん経由で私のことを聞いているのでしょう。私の提案には余り、いい顔はしてくれませんでした。
それでも必要なことですから、ちゃんと連絡はくれるでしょう。失った信頼は取り戻します。
「では、今日は診察くらいでしょうか」
「診察のほうも、昨日でほぼ終えたようです。これからは、新に憑依された方が来る程度でしょう」
感知出来る訳ではないので、本当に居ないのかは私達には分かりませんけど――アンネさんが安堵しています。とりあえず様子見ですね。
やっぱり、この世界の人は悪意に耐性でもあるのでしょうか。幼い頃からの、悪意に対しての教育の賜物? 少しでもイライラしてたら浄化ってなってくれるのかな。そうなるのが一番だけど。
でも、それにしては……来てくれた『感染者』が少なかったですね。もしかして、信用されて、ない? 私はともかく、アリスさんはされているはずですけど……。
「でしたら、給仕くらいでしょうか。一般の依頼はなにかございませんか?」
(一般の依頼。お店の手伝いや人物動物探し、とかだっけ)
「お二人に対しての指名は余り、ございませんね。巫女様のお役目は皆知っておりますので、声をかけ辛いのではないかと」
遠慮されてるのですね。少し、寂しいです。
「そうですか、私たちは気にしませんのに……」
「もしよろしければ、一般依頼をこちらで調整しますが」
アリスさんも寂しそうにしていたからなのか――アンネさんが察してくれたようで、提案してくれました。
「お願いしていただけますか?」
「本日分はありませんので、明日から調整いたしましょう」
「はい、ありがとうございます」
今日は、フリーですね。元々の予定では、多くの人の助けをしながら魔王の動向を探るつもりでしたから。一般依頼も頑張っていきたいです。そんな訳で、依頼の依頼? みたいになってしまいましたけど、ギルドを後にしました。
宿に帰ると支配人さんが「先ほど、ライゼルト様がお越しになり、暇なら稽古をつけるから来るように」と、伝えてくれました。
アンネさんから聞いたのか、準備の早いことで。
「給仕の仕事は、夕方からお願いします。アルレスィア様、ロクハナ様」
皆、私に気を使ってくれてるんですかね。
「ありがとうございます」
私は頭を下げ、広場へ向かいます。剣は、一応両方もっていきましょう。
「リッカさま。私も行きます」
「それは構わないけど……」
正直、暇なのではないかと、思います。
「傍に居たいだけなのです」
「うん、一緒に居よ?」
アリスさんに笑顔で言われたら――私は即答し、二人で向かうことしました。
「おぉ、来たか」
またそう言ってライゼさんが、広場に座っていました。二人でくるのは分かってたようです。
「先に言っておくが」
ライゼさんが真剣な顔になっています。私は少し、身構えました。その顔で話し始めると、港の件が思い出されるんです。
「巫女っ娘。これは稽古だ。だからな、俺は剣士娘を叩くし殴るし蹴るぞ」
そんな私のやる気をよそに――アリスさんへの確認でした。私は思わず、きょとんとしてしまいます。
「ええ、度を行き過ぎなければ何も言いません」
「……あぁ、そうしてくれ」
ライゼさんは半分諦めているようです。稽古で度を行き過ぎない。死なない程度でしょうか。私からもアリスさんに言っておいたほうがいいですかね。
「アリスさん、大丈夫。ライゼさんなら万が一なんてないよ?」
他の人ならいざ知らず。ライゼさんなら、しっかり手加減してくれます。まぁ先日は、私の肋骨さんが悲鳴を上げていましたけれど、ね。
「……はい、リッカさま。お怪我をしたらすぐ治療いたしますので」
アリスさんも納得してくれます。怪我を治してもらえるのは嬉しいです。正直、怪我は絶対しますから。
「よし。始めるか」
ライゼさんが木剣を取り出します。
「ここで、ですか」
もっと広いところじゃないと。
「宣伝も兼ねとるんだ、少しは目立つとこでせんとな」
「そういう契約でしたね。はい、わかりました」
広場の中心部に、スペースをとり、対峙します。




