私は強くなる⑨
港に戻ると、先行チームが私をじっと見ています。
おかしいところでもあるのでしょうか。そう思い顔や体を確認します。何も、ないですよね。
「リッカさま。どうなさいました?」
「んと、ね」
私の様子がおかしかったからか、アリスさんに声をかけられます。
「あの……何か用事でも?」
私は先行チームに話しかけます。
「い、いや、なんでもねぇ、です。赤い巫女さん」
一番若い男の人が顔を少し赤くし応えてくれました。赤いのは貴方の顔ですよ。今日の私はちゃんと、血を拭っています。服はちょっと赤いですけどね。
「そうですか? 顔が赤いようですが」
男の人のことはよくわかりません。やらしい感じはしませんけど、発作か何かでしょうか。
「剣士娘、俺にはなんかないんか?」
そこには汗を少しかいたライゼさんが居ました。
「ちゃんと、アリスさんを止めたじゃないですか」
私が止めなかったら、火傷か霜焼けくらいはしてたでしょうね。冗談ですけど。アリスさんが人を傷つけるはずがないでしょう。
「元はと言えば、あんさんがちゃんと説明せんかったからだろ!」
(確かに、蹴られたとしか言いませんでしたけど……)
「痛かったのは、事実ですし。初めてだったんですよ。男の人からやられたの」
お腹を摩りながら、痛みを思い出して顔を顰めてしまいました。
母から何度か受けましたが、あれでも手加減してくれていたのです。怪我をする程、体が浮くほどの蹴りなんて受けたことがありません。
「……」
先ほどの一番若い男性が、更に赤くなってしまいました。本当に大丈夫なんですかね。って、良くみたら……私が蹴り飛ばした人ですね。どこか打ったのでしょうか……。
「なぁ、巫女っ娘。剣士娘の無自覚は治ったんじゃないんか?」
「自覚したのは、自身の容姿についてだけで、他人からどう思われてるかは、まだ自覚が足りないのではないかと。それか、本当に分かってないかのどちらかです」
ライゼさんがアリスさんに話しかけてます。
(……? どういうことだろ)
「なぁ、剣士娘」
ライゼさんがじとっとした目で見てきます。
「何です?」
「少し、あんさんのことを話そう」
そう言って私に質問を開始しました。
「あんさん、宿の休憩所で短ぇスカート着てたが、もうちょい気をつけて歩け」
ライゼさんの質問? 忠告を聞きます。
「見えてないはずですけど。一応、元の世界の学校でスカートは着慣れてますし」
きっと見えるから気をつけろって話でしょうけど、見えてないですよ。それにちゃんと気をつけてます。
「いやな、男はそういうんじゃ」
ライゼさんが呆れています。見えてないのなら、いいのでは?
「なんでそんなに男に詳しくねぇんだ……?」
ライゼさんが疲れを含ませ聞いてきました。
「? 男はケダモノで狼で、簡単に襲ってくるから気をつけろ。ですよね。良く視線は感じていますけど、男って皆そうなんでしょう?」
私の知ってる男は、父、門下生のお兄さんたち、街で見かける大人、不良。くらいです。
不良が当てはまってましたから、そういう人に気をつけてましたけれど。
「極端すぎんだろ!? 何か、不良なら全員監査対象か!」
(ライゼさんも最初は対象でしたけど)
「いえ、ちゃんと悪意の有無も見るので、監査対象は増減しますよ」
ライゼさんが疲れることすら疲れたのか、諦めた様子でため息を吐いています。
「じゃあ、何でそんなに男の接触が少ない。下手したら巫女っ娘より少ねぇんじゃねーか」
そういわれると、私は少ないですね。
「学校は全部、女子高でした。女の子だけの学校です。幼稚園、小学校、中学校、高校全部ですね。そういえば、先生も男の人が居なかったような」
「親馬鹿すぎんか、それ」
ライゼさんが思わず突っ込みを入れてきます。
「そうですね。こっちに来て初めて巫女の重要度を聞きましたから、元の世界じゃ、ただの親馬鹿ですね。巫女はただの儀式的なものでしかありませんでしたし。あのままだったら私の代で廃れるかもしれませんね」
世界の命運が握られてるなんて知ったら、どんな顔するんですかね。皆。
「男から遠ざけた上で、男の脅威を教え込まれた訳か。それならもっと過敏になっていいはずだが、あんさん無頓着すぎんか」
ライゼさんが尤もなことを言います。
「私は武術を五歳になった辺りからやってまして。最初の頃は母が付きっ切りで教えてくれました。母を十回に二回投げれるようになった辺りで、やっと門下生を相手にし始めましたけど、それでも母が見てないところでは絶対させてもらえませんでしたし」
覚えが早いのはいいことよ。と少し寂しそうに言っていた母を思い出します。
「やっぱり親馬鹿じゃねぇか……。で?」
「はい。十一歳で母に勝てるようになるまで、ずっと母同伴でした。学校の送り迎え、散歩買い物。外に出る時は全部です」
今思えば、わざと負けたんでしょうね。あの頃の私に勝てるはずがないくらいの差があったはずです。
「リッカさまの、お母様……」
アリスさんも興味深そうに聞いています。
「ずっと、だと?」
「ええ、ずっとです。おかしいとは思いましたけど」
ライゼさんは、驚愕してますね。
「それで、巫女になった辺りで、やっと一人でちょっとずつ出れるようになったんですけど。その頃には、色々感じ取れてましたから。町の男性を脅威とは全く思いませんでした」
それに、十三歳に欲情する人いたら、問題すぎるでしょう。犯罪ですよ。
「男という生き物を理解する前に、あんさんが強くなったか。それでそんな性格になったんか」
納得? といった顔でしたが、ライゼさんは疲れきっています。
「今でも、そうなんか」
「ええ、街の中で襲われたところで、素手なら誰よりも強い自信ありますよ」
「ああ、納得だな。それは」
ライゼさんが、何かを思い出しています。どうせ、アレでしょう。見れば、後ろに居る先行チームも少し私から離れています。
「はぁ……」
怪力娘は、浸透しちゃってるんですね。
「でも、相手が武器を持ってたらどうするのですか?」
「うん、武器持ってても、”強化”使えば大丈夫だよ。魔法がなかった時は走って逃げてたし。走力も鍛えてたから」
安心してください、アリスさん。私の居た街で、私より早かったのは――犬くらいです。
「体術か、気になるな。俺の蹴りはどうだった?」
横腹が、痛くもないのにうずきます。
「腰の入ったいい蹴りでしたよ。母の蹴りを受けなれてる私が動き止めちゃいましたし。ライゼさんは要注意ですね」
ライゼさんが襲ってくることはないでしょうけど。
「……」
「け、剣士娘! なんでそんなに男に無頓着なんだ。脅威に感じてないにしても明らかに気にしなさすぎだ」
アリスさんが魔力を練り上げているのを察したのか、ライゼさんが急いで話題を変えます。
「……えっと」
「良ければ、教えてください。リッカさま」
私はアリスさんを見ます。言うかどうか迷いましたが……アリスさんのお願いに、頷きました。
「私より、アリスさんのほうが危ないって思ってたから。自分より、アリスさん優先で守って……た」
さっき、怒られたばかりなので、少しだけ萎縮しながら応えます。
「リッカさま。私もリッカさまに頼りすぎてましたね。リッカさまが守ってくれる。この言葉がどれほどリッカさまを苦しめたか……」
「ち、違うの!」
アリスさんが落ち込んでしまいました。
「私、嬉しかった! アリスさんが私を頼ってくれて、信頼してくれて! だから、ね? 守らせて? ……また私が守ってくれるって信頼して?」
アリスさんの袖をつかみ、懇願するように上目遣いでアリスさんを見ます。
「――。はい、リッカさま。もちろんです。信頼しております、何があろうとも」
必死な私の想いが届いたようで、アリスさんは私の手を握って包み込み――微笑んでくれました。
「ふぅ。おい、あんさんら。帰る準備するからついてこい」
(この容姿で無防備すぎんだろ……。アンネちゃんとアイツにも、対策込みで話を持って行くか……)
ライゼさんが先行チームに声をかけ少し離れていきます。気を使わせてしまいました。
ライゼさんのお陰で、またアリスさんと居られる。お礼、ちゃんと言わなきゃ。
でも、今はこのまま……。
しばらくしてライゼさんが戻ってきたので、王国へ向けて再び歩き出します。
「で、ちゃんと上で謝ったんか」
「許して、もらえましたよ」
私の驕りは、力だけでなく意識もでした。ライゼさんに言われなかったら、改善出来ませんでしたね……。
「もう、大丈夫です。私は本当の意味で、一人ではありません。ありがとうございました。ライゼさん」
一緒に居るだけじゃ、ダメなんです。一緒に在ること、です。
「そうか、ならいい。礼もいらん。で、また気を張っとるみたいだが? 警戒は俺がやるから抜いてろ」
ライゼさんが変わりに警戒すると言ってくれます。
「そのことですけど、ちゃんと教えてくれないと……アリスさんに言われるまで分かりませんでした」
ライゼさんが目を丸くしています。
「あんさん。気づいてなかったんか?」
気づいてないって、気を抜いてなかったってことですよね。
「気づいてなかったです。自分では気が抜けてるつもりでした」
実際馬鹿話はちゃんと聞いてましたし、むしろ率先してやってました。普段の生活も、アリスさんの横に居るから落ち着いてるって思ったんですけど。
「そこも無自覚だとはな、早めに気づけてよかったな。手遅れになるとこだったぞ」
ライゼさんがため息をつきます。
「まぁ、いい。で? 気を抜いていいと言ったんだが?」
そうはいってもですね。
私はアリスさんをチラと見ます。
私の横をぴったりと寄り添うように歩くアリスさん。 正直これでも落ち着いてるんですけど。
たしかに、さっきと違う。抱きしめられるっていうのは、きもちよかったんです。
「巫女っ娘。剣士娘がまた気を張っとるぞ」
(ライゼさん、私が黙ったからって、アリスさんに言うのは――)
「まぁ、リッカさま。それはいけません、さぁ」
アリスさんが笑顔で手を広げています。周りの男性と、ライゼさんが強張ったのが分かりました。
「剣士娘、あんさん」
あぁ、血まみれ怪力娘に抱かれ魔も追加されそうです。
結局――街までは、許してもらいました。
流石に、抱き合うのをまじまじと見られるのは恥ずかしいです。
一番若い人なんか、ずっと落ち込んでますね。そして一番上の人、リーダーかな? に慰められて。どうしたのでしょう。
「罪な女よな。剣士娘」
「不名誉ですね……なんですか、それ?」
「リッカさまはそのままで居てくださいね」
アリスさんはやけにニコニコしてます。アリスさんが嬉しいなら、このままで良いです。
「うん、よく分からないけど。私は私、だよ」
「ええ、リッカさまはリッカさま。です」
もう一度手を繋ぐくらいなら、許されますよね。アリスさんが快く受け入れてくれました。やっぱり、落ち着いてますよね。私。
「帰ったら、悪意診察かな」
「そうですね。後は給仕のお仕事ですよ」
アリスさんが笑顔で、思い出したくないことを教えてくれました。とりあえず、診察の事を考えましょう。今日はどれくらいくるのかなぁ――って、私はまだ範囲浄化が出来ませんから……。
「……今日は私が全部診察やっちゃダメ?」
「ダメです」
アリスさんの負担にもなるしーと思っての提案でしたけど、アリスさんの笑顔には勝てないのでした。
ギルドへ報告します。犠牲者はゼロでした。でも……これはあくまで、王国周辺での話し。遠くでは、今も……。
悔しいし、悲しい。でも、私に出来ることは目の前の敵を倒す事です。自分の出来る範囲で……アリスさんや、皆に頼りながら。
最後に、魔王を倒す。今は、焦らない。今日泣かせてしまった、アリスさんを二度と見ないように。
「おかえりなさいませ。アルレスィア様。ロクハナ様」
宿に帰ってきました。これから悪意診察のお時間です。
支配人さんにはリツカでいいと言ったけど、今でもロクハナと呼びます。気にしませんけど、何か理由があるのかな。
「ところで、支配人さん」
「はい、なんでございましょう。ロクハナ様」
まぁ、今はどうでもいいです。
アリスさんが先にシャワーを浴びに行きました。これから診察ですから、身を清めるとの事です。
それと、これから起きることを察して。
「あの制服。珍しくないって言ってましたよね? ほんとうですか?」
さて、どんな言い訳が聞けるのでしょうか。




