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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
9日目、私は身勝手なのです
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私は強くなる⑧



「よぉ、英雄様よ」


 先ほどまでリツカとライゼルトが戦っていた場所に、先行していたチームの男たちが集まってきた。


「ん? なんだ、あんさんら。哨戒はどうした」


 ライゼルトが男たちに尋ねる。


「いやね、英雄殿が子守なんてしてるもんだから、気になってよ」


 にやにやとしながら、男たちの中で一番年をとった者がライゼルトを見ている。


「あぁ、子守に見えたか」


 ライゼルトは余裕を崩さない。


「……なぁ、英雄。なんで赤い巫女さんと戦う必要があったんだ?」


 一番若い男がライゼルトに質問する。


「その英雄ってなぁ、やめてくれ。俺はライゼっつー名前がある」


 そう言って、ライゼルトは腰掛けた。


「何でも何も、必要だからだ。あのまま頼れなんて言っても聞かん。巫女っ娘の言葉すら届かんのに俺の言葉が通るかってんだ」


 カカカといつも通り笑い飛ばしている。


「俺達の命の恩人が理不尽にボコボコにされたんだ。しっかりとした理由を教えてくれ」


 その男はマリスタザリアに噛まれそうになっていた男だ。大きな怪我はないが、その表情は暗い。


「なんだ、剣士娘に惚れたか」

「ち、ちがっ!」


 そう何気なく言うライゼルトに、男は顔を赤くして否定する。それは、照れによるものか、怒りによるものなのか。


「まぁ、諦めろ。あの剣士娘は巫女っ娘しか見えとらん。いや……巫女っ娘しか見る余裕がねぇんだな」


 そう言って、ライゼルトは空を見上げた。


「剣士娘たちはまだ来んだろうから。暇つぶしには付き合ってやる」


 懐からスキットルを取り出し、ライゼルトは再びカカカッと笑う。


「お前、何歳だ」

「あ? 二十五だ」


 ライゼルトは、落ち込んでいる男に質問していく。


「じゃあ、十八……いや、大人びて見えるからな。十六の時はどうしてた」

「十六? 家の手伝いしながら、狩とかだよ」


 男がぶっきら棒に答える。質問の意図が分からないといった表情だ。


「ここにいるやつら、全員そうだろう。俺はまぁ、剣の特訓だったが。そんじゃガキの頃、化けもんには会ったことはあるか?」


 ライゼルトは男たちを見渡す。


「あぁ、あるよ。見ただけだけど。あんなの戦えねぇって」


 みんな口々にそう言う。


「あぁ、そうだろうな。俺もある。この世界にいる奴全員、どっかで見たことあるだろうよ。見たら逃げるだろうけどな」


 ライゼルトは修行の日々を思い、耽る。


「あの剣士娘が、別の世界から来たってのは知っとるな」


 男たちは顔を見合わせながら頷く。


「あの剣士娘の世界は、あんな化けもんおらんらしい。平和も平和。命の危険なんて感じんらしい。道端で寝とっても大丈夫と言っとったぞ」


 ライゼルトは、そう一拍置く。


「だがな、あの剣士娘……こっちに来て、初めて見た化けもんに石ころを投げたらしい」


 いつものようにライゼルトが笑う。そこには何か眩しいものを見るかのような暖かさがある。


 男達は、何気なく言われたライゼルトの言葉を飲み込めていないようだ。ぽかんとした表情で聞き続けている。


「巫女っ娘に聞いた話だがな。巫女っ娘と集落の人間を守るためだと言いやがった。そんな娘っ子だよ、あれは」


 男たちは若干引きながらも笑っている。リツカの行動、その異様さに気付いていない様だ。


「それで、いきなりこの世界を救ってくれって言われて。普通ならどうすると思う」


 男たちは考え込む。それもまた突拍子のない質問だったが、ゲーム感覚になってきたのだろう。少し口が軽くなっている。


「わかんねーけど、迷うんじゃねぇか」

「だよなぁ。そして断るなり受けるなり――」

「剣士娘は、その場で即決したそうだ。救うってな」


 ライゼルトが男たちに割り込んで結論を言う。男たちから余裕が消えてくる。


「剣士娘が強いのは、見てわかったろう。それをおいても、即決なんて出来るもんかね」


 ライゼルトは、苦笑いを浮かべる。


「覚悟は、誰よりもしとる」


 命を賭けるという事を初戦で痛感しているリツカが出した結論に、ライゼルトは畏敬の念すら感じている。

 

「俺が、子守みたいにしとるのも、理由はある」


 酒を呷る。


「あの剣士娘、危うい。簡単に折れる」


 ライゼルトの独白は続く。


「平和に過ごしてた娘っ子だ。街娘として、給仕の仕事をしててもおかしくねぇ。そんな娘っ子が、戦う力を持ってたからって。行き成り飛ばされて、命がけの戦いをさせられてるってのに、あの剣士娘……戦いに躊躇がねぇ。すでに心構えは達人の域だろうよ。腕もいい、あんさんらじゃ束になってもかてんだろう」


 ライゼルトが一気に捲くし立てる。そこに至り、男達は最初の言葉を思い出す。そして疑問が湧き上がる。


 あれだけの腕を持ちながら、何故石を投げるという、原始的な行動をしたのだ? と。


「何で、石なんだ?」

「あ? ああ。アイツが魔法を使えるようになったのは、その戦いの中でだからだ。それまでは、魔法も何もねぇ小娘だったんだよ」


 もう男達は、何も言えなくなった。


「あんさんら、俺があの剣士娘に切りかかったのみたろ。あれ、避けれたか?」


 男たちは首を横にふる。すでに、身動ぎ一つ出来ないでいる。


「そうだろうな、避けれんようにやった。でも避けた。ただ避けるだけでも難しいだろう。それなのに、あの娘っ子。すぐさま武器を抜いて、俺を睨んできやがった」


 ライゼルトが笑う。しかしそれに豪快さはなく、少し怒っているようにも見える。


「あの剣士娘、この脅威がなくなった場所ですら、まだ緊張したままだった。緊張っつてもガチガチにじゃねぇ。いつ何が起きても対応できるように、だ」


 ライゼルトの声に怒気が含まれていく。


「戦うための緊張をずっと張ってやがった。遅かれ早かれ、俺はあの剣士娘を怒るつもりだった」

「何で、だ?」

「あの馬鹿娘、ずっとだ。ずっと。あいつ俺らと馬鹿話してるときでも街をただ歩いてるときですら、ずっと戦える様に構えてやがった」

(だってのに、あの馬鹿娘……自分の所為だと?)


 ライゼルトは悲痛に顔を歪める。


「どんな場所であっても、あの剣士娘の前で、いきなり化けもんが出てきようもんなら、あの娘、一撃で首を刎ねれる」


 カカカと笑うライゼルト。しかし男たちは、笑っていない。


「ただの平和な世界の十六程度の娘っ子がだ。あんさんらに同じことが出来るか? 街を歩こうが、馬鹿話してようが、命かけてまで守ろうっつーヤツと安全な場所に居ようが、あいつは気を抜かん」


 男たちは息をする事すら忘れて、聞き入る。


「俺はやれと言われたらやるぞ。だがな、そんなことはせん。ずっと気なんて張ってたらな。切れる。簡単なことでな」


 誰かが、ごくりと喉を鳴らす。


「その簡単なことってのが、巫女っ娘だ。巫女っ娘がもし、自分の前で傷ついたら、剣士娘は壊れる。だから巫女っ娘を頼らなかったんだよ」


 ライゼルトは一拍置く。


「――巫女っ娘は気づいとった。その危うさに。まだ何か気づいてるようだったが、それは俺にはわからん。巫女っ娘だけが気づいてる何かも気になるが…………巫女っ娘は、剣士娘の意志を尊重してるからな。それに、自分のために本気で命かけてんだ。やめろ、なんて簡単にいえんだろ」


 まったく、難儀なやつらだ。とライゼルトは空を見上げる。


「初めて飛ばされたとこで出会った巫女っ娘。そこで剣士娘が何を思ったかは知らんが、化けもんを相手にしても巫女っ娘を守るために剣を取った程のヤツだ……」


 ライゼルトは今、怒りではなく――哀しさを感じている。


「だがな、結局はただの平和な街娘だ。巫女っ娘以外見てる余裕なんかねぇってのによ。そんなヤツが、他まで完璧に救おうとしてやがる。馬鹿娘だ」


 酒を再び呷る。まるで、哀しさを飲み込む様だった。


「だから、俺が頼ることを教えた。一度負かせて、力不足を痛感させてな。気の抜き方は俺が教えることじゃねぇ。年頃の娘っ子の落ち着き方なんか知らんからな」


 酒が無くなったのか、スキットルを振っている。予想以上に熱く語ってしまったと、ライゼルトはばつが悪そうに頭を掻いた。


「巫女っ娘がなんとかするだろう。剣士娘はこれで少しは余裕が生まれるだろうからな」


 そしてライゼルトは立ち上がった。


「俺の半分くらいしか生きてねぇ二人が、命かけてんだ。手助け程度、惜しまんさ」


 男たちの顔からは、ただの暇つぶしと思っていた聞いていた当初の面影はなく――ただただ、リツカが走り去っていったほうへ、向いていた。


「なぁ、英雄」

「だから英雄じゃねぇ」

「いやよ、おめぇさん。赤の巫女さんに、気の抜き方を教えてもらってこい。なんて言ってねぇよ」

「……なにぃ?」




(アリスさんなら、きっと)


 そう思い、海の見える場所、高台へ行きます。


「――」


 小さな、背中がありました。


 私が来たからか、振り向いてくれました。その表情からは、何かを考えているのか読めません。ただ……目を閉じています。少し、目の下が赤くなっているのは泣いていたからでしょう。私が、泣かせた、跡です。


「アリスさん」


 私は声をかけます。


 アリスさんはゆっくり目を開け、口を開きかけます。それを、アリスさんに言われるわけにはいかないのです。


「リッ」

「アリスさん。ごめんね」


 私は、頭を下げます。そして顔を上げて、近づいていきました。


「私、独りよがりだった。守るって言っておきながら。アリスさんの気持ちを無視してしまった」


 一歩、前に。


「私、身勝手だった。アリスさんが守るって言ってくれたのに、アリスさんから守られ

るのを拒んでしまった」


 更に一歩。


「私、弱いの。アリスさんが守ってくれなかったら、ここには居られなかった。これからも、居られない」


 もう一歩前に。まだ、アリスさんの表情は見えません。


「それなのに、全部を救おうとして。自分を投げ捨ててしまっていた」


 震える足に力を入れて、一歩。


「アリスさん、ごめん。私、頼って、いいかな……」


 再び、一歩。歩幅が小さく、なってしまいました。


「私の守れないものを、守ってくれますか……」


 次の一歩は、殆ど動いていません。


「私を、もう一度守ってくれますか……」


 返答を待つために、私は――アリスさんから少し、離れて立ち止まります。


「私に、アリスさんを守らせてくれますか……。っ――」


 私は、泣かないようにしようと思っていたのに……泣いてしまいました。


「リッカさま」


 アリスさんも、一歩ずつ近づいてきて、くれています。


「私は、リッカさまが私のために命までかけているのを知っていました」


 一歩。


「だから、私の口から強く言えませんでした」


 また、一歩。


「でも、本当は……命を懸けて欲しくありません」


 一歩近づく度に、アリスさんの顔が上がっていきます。


「一緒に、歩いていきたいのです。一緒に、生きたいのです」


 もう一歩。漸く見えたアリスさんの表情は、少し困っていました。


「リッカさま。守らせてください」


 でも、その瞳は――少し、潤んでいます。


「リッカさまの守りたいものを、守らせてください」


 アリスさんも、私の前で止まり――。


「リッカさまの全てを、守らせてください」


 そして、アリスさんが――抱きしめてくれました。


「――はい。アリスさん」


 私は…………嬉しかったはずなのに、泣き止むことが、できませんでした。




 私が泣き止んだところで――。


「それでは、リッカさま。気の抜き方を練習しましょう」


 アリスさんからの提案でそういわれます。


 ライゼさんからは全て教えられたわけではありませんでした。気の抜き方って、なんでしょう?


「え、えっと。何かなそれ……」


 アリスさんがきょとんとします。


「ライゼさんから、気を抜けって言われませんでした?」


 何の話でしょう、私は結構抜けてるような。


「気づいて、ないのですね。そしてライゼさんは一番大事なところを端折っていると」


 アリスさんが静かに怒ります。


「え、え? ご、ごめんなさい……」


 私は思わず縮こまって謝ってしまいます。私の気が弱くなっているような気がしてしまいます。


「いえ、リッカさまが謝ることでは……」


 アリスさんは少し考え込むと、ぽんっと手を叩きました。


「リッカさまは、ずっと気を張りすぎです。――敵が後ろに!」


 悪意は感じませんでしたが、私はすぐさま反転し剣を抜き――。


「ほら、見てください。悪意はないと分かっていたのにその反応。気を張っている証拠です」


 え、だってアリスさんが……。


「私も、ライゼさんも居ます。ご安心ください。リッカさまだけが気を張る必要はありません。だから、休める時に休む訓練をしましょう」


 そういって、アリスさんは手を広げます。


「さぁ、どうぞ。私を抱きしめてください」

「?」


 休むのとアリスさんを抱きしめるのに一体……。思わず首をかしげてしまいます。


「お母様がいっておりました。私を抱きしめると落ちつく、と」

(エリスさま、何をいって……)

「さぁ、リッカさまも私を抱きしめて落ち着きましょう」


 私の返事を待たず、私を抱きしめます。アリスさんの香りと柔らかさに包まれます。


「あ、ありすさん、まって、こんな……」


 私は、逆に緊張してしまいます。


「おかしいですね、緊張したままです」


 あぁ――アリスさんは、無自覚でした。


「ありすさぁん。まって、いっかい、はなして」


 心は緊張したまま、体からは力が抜けていきます。


「リ、リッカさま変な声を出さないでください。その私も緊張してしまいます」


 先ほど弱さを見せたせいか、私は少し幼児退行しているようでした。感情を上手くコントロールできません。


 アリスさんも緊張したせいか、私を抱く力が強くなります。


「んっ――」


 私は、アリスさんに全てを包まれ続けて――溶けてしまいました。


「リ、リッカさまっ!? あ、でも、ちゃんと緊張は解けましたね……」


 そのまましばらくアリスさんに抱かれ続け、これが癖に、なってしまうのでした――。



 私は顔を両手で抑え、アリスさんに支えられて歩いています。


「リッカさま、かわいい――じゃなかったです。あれは私とリッカさまだけの秘密ですから。ね?」


 私にこんな一面があったなんて。いえ、片鱗はありましたね。アリスさん限定ですけど。


「気の抜き方は分かったけど、あれじゃあ皆の前で出来ないよ」


 私がどんどん、アリスさん限定でポンコツになってしまいます。最初から? 何の事でしょう……。


「そうですね。隠れて抱きしめるというのはどうでしょう」

(アリスさんも結構、私限定でポンコツさんでは……?)

「リッカさま」


 支える手に力をいれアリスさんが私の名前を呼びました。はい、アリスさんごめんなさい。


「とりあえず。今は休んでください。リッカさまが倒れては、私嫌です」

「うん、ありがとぅ」


 微笑むアリスさんの肩に頭を預けて歩いて戻ります。


「いたっ……」

「リ、リッカさま!?」


 しかし、私の脇腹が痛みました。鋭いような、鈍いような、そんな痛みです。


 アリスさんが困惑しています。怪我はアリスさんがしっかり治してくれたのに痛みを訴えたからでしょう。


「ご、ごめん。さっきライゼさんに蹴られたところが――」


 言ってから、ハッとします。


「そうですか。まずは治療しましょう」


 顔は笑顔ですけど、これは怒ってます。


「え、えっとね。アリスさん。理由があってね」

「えぇ、大丈夫です」


 治療を終え、アリスさんに抱きかかえられるように歩き出します。覚悟を決める必要があるようです。…………ライゼさんが。



「おぉ、帰ってきた、か? 巫女っ娘? どうした。なんでそんなに」

「ライゼさん、お覚悟を」

「お、おい剣士娘。何を言った!?」

「ごめんなさい。蹴られたってだけ言っちゃいました」

「ちゃんと説明せんか!?」


 あたり一面に、アリスさんの銀色の光が煌きました。



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