十三人の賢女
さて、時は遡り、姫が賢女達から祝福を受けた次の日。事と次第を問うために賢女達は、呪いの様な預言を残した賢女の元へ赴いたのです。
深い深い森を越えた先の峠に森を見下ろす様に建てられた家。周りには見たこともない草花達がそこかしこから顔をだし、テラスには屋根まで伸びた葡萄の木から真ん丸の葡萄が房を造り、日の光を受けてガラス玉の様に煌めいていた。
入口には、カーテンの様に吊り下がった木の葉をくぐり、扉の前に立ち。一つ息を吐き、扉を叩く。
「御母様っ、いらしゃるのでしょう?お出でくださいまし、私共は御母様の真意を知りとうございます。何故ですか、なにゆえあのような…」
言葉に詰まる賢女は、扉の奥に居る筈の人物に向けていた瞳をさまよわせ、足元を見つめる。何がいけなかったのか?と、此所に来るまでの間に何度も考えたが答えの出なかった問をまた、考える。
すると“キィー”と乾いた音と共に扉が開き。姿を現したのは、あの、呪いの様な言葉を残した賢女であり。十二人の賢女達の母であり、師である。始まりの賢女。
「何て顔をしているんです。さあ、早く御上がりなさい。」
促されるまま、賢女達は家の中へと入り、昔となんら変わらない家に安堵しました。
だってそこには、パーティーの飾り付けみたいに吊るされたハーブ達、十三人で座るにはすこし窮屈なテーブルに、食事の時に座るだけの小さな丸椅子。窓際の大きな本棚と小さなテーブル。その横には十二人の賢女達が賢女と呼ばれる前、始まりの賢女を母として慕っていた無垢なままだったあの頃に、始まりの賢女は毎日の様にそこにあるロッキングチェアに腰掛けながら本を読んでくれた。時には子供には難しい本を時には始まりの賢女を困らせる様な質問をしたあの頃を思い出し。胸がじんわりと温かくなり、此所に来るまでの不安は杞憂だったのだとかんじます。
「さ、今お茶を淹れますから、座って待っていなさい。貴女たちがきた理由は分かって居るつもりです。ですが、お茶を準備するあいだくらいは待てるでしょう?」
言いながらお茶の準備を始める賢女を待つ間、賢女達は声を潜めて話あいを始めました。
『で?どうします?なんだか御母様があんな、呪いみたいなことを願ったなんて、何かの冗談なのでは?』
『でも、実際にそう、願ってしまったのですよ?冗談では済まされないのは分かっておいででしょう?』
『王は兵をだしたのです。だから、私たちがここまできたのですよ』
『きっと、御母様の事ですから、何か考えがおいでなのでしょう…』
『けれど、私では、その考えがおよびませんでした。皆さんは何かお気づきになりまして?』
『ここに来るまでずっと考えていましたが、まったく…』
『何が悪かったのでしょう?』
『私たち、素敵な祝福を贈りましたのに…』
『なぜかしら』
『なぜなのかしらね?』
『そうよね…』
賢女達は各々の顔を見つめながら考え、それでも答えはでずにいると、お茶を準備した始まりの賢女がトレイに紅茶の入ったカップを載せテーブルの前までやって来ました。「さあ、どうぞ」とテーブルの真ん中にトレイを置いて。始まりの賢女は自分のカップを取って席につくと直ぐに紅茶を一口すすり、「ふう」と息を吐き、賢女達を見渡します。
その視線に気付き、賢女達も皆カップに口をつけ、始まりの賢女の淹れた紅茶を飲みます。静かな沈黙が心地好く場を包み。賢女達がカップをテーブルに置くのを待っていた、始まりの賢女は一つ満足そうに頷くき、賢女達が彼女のもとまで来た本題に入ります。
「貴女たちは何故、私があの言葉を残して来たのか、その理由が分からないのでしょう?」
始まりの賢女の言葉に皆、頷きます。皆揃えて頷く賢女達を見て、始まりの賢女は残念そうにため息をこぼし、ダメね、と言いたそうに首を振りました。
「では、逆に聞きますが、貴女たちは何故あのような祝福を贈ったのですか?」
問われた賢女達は目配せし、揃えて答えます。
「「「…それは、御母様に成長した私たちを見て欲しかったからです」」」
「でしょうね。一人一人の祝福はどれも素晴らしいものでしょう。ですが、貴女たち、たった一人の人間にそんなにも沢山の祝福が必要だと、本当に思うのですか?」
祝福を誉められ賢女達は嬉しさで目を輝かせたのもつかの間、彼女たちは思い出しました。祝福を贈ったのは小さな赤子ただ一人。一人の人間に、賢女達の見栄を押し付けてしまった事を。
「気付きましたか?貴女たちの過ちに」
「…はい。」と小さく返事をする弟子達に満足し、始まりの賢女は優しく、こう続けます。
「まあ、眠りにつくと言っても、貴女たちの祝福を消すために必要な時間だから、十年ちょっと眠るだけでしょうから、きっと大丈夫ですよ。全て終われば私の事など忘れてしまうでしょう」
そういうと、静かに紅茶を飲む。
たっぷり3秒の間、賢女達は始まりの賢女をこれでもかと開いた瞳で見つめ。たまらず開かれた口からこぼれるのは「…えーーーっ!?」という驚きの声。その声に眉をひそめる始まりの賢女。
「まさか貴女たち…。何をしたのです?」
「え?!え~とですね?」
「それが、その…」
「御母様が帰った後ですね」
「私たちの中で一人、まだ、祝福を贈っていなかったのです。だから…」
「だから私が、城ごと眠りにつき、百年の後、王子のキスによって姫が目覚めるとき、城の全てが目覚めるだろう。と」
「なんてことを…、なんてことを仕出かして…。はあ、これは私たち全員の過ちですね。
では、姫が眠りにつき、目覚めるまでの間、私たちはその手助けをすることとしましょう。これから忙しくなりますよ?」
「「「はい!」」」
てっきり怒られるものだと思っていた賢女達は、始まりの賢女と共にまた一緒に過ごすことが出来ると、期待に胸を膨らませるのです。