89・魔物との初戦闘がヤバイ
『ただいま』
ユーレが見張りの有無を探ってから帰ってきたようだ。
「(どうだった?)」
『パッと見、見張りだとひと目で分かる人はいなかった。ただ、ギルド内に人がいないわけではないし、違和感ないように伺ってるんじゃないかって人物は数名いた』
「(こっちの様子を見てたってことか?)」
『あからさまにじっと見るような人はいない。もしかしたら見張りかも? ってレベルの人が何人かいただけ』
つまりただのお客さんかもしれないということか。
まあ、疑って見だしたらなんでも怪しく見えてしまうものだしな。
「(あからさまに見張りとわかるようなやつはいないらしい。どうする?)」
「(・・・そうか、それならばやはり、パシッタについていってみるしかないだろうね。虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ)」
「(藪をつついて蛇を出すにならなきゃいいけどな)」
そうして俺達はパシッタの言う、穴場とやらに向かってみることを決めた。
◇◆◇
パシッタについて行き、穴場とやらに到着した。
すぐにゴブリンを見つけた。ゴブリンはどこにでも湧いて出てしまう魔物だ。
大量繁殖やこちらが不調とかでない限りは子供でも割と簡単に倒したり退けたりできる魔物でもある。
女性が囚われてしまった場合の悲惨さや、見た目の醜さからかなり嫌われている魔物で冒険者ギルドでは駆除依頼を常時張り出している。
俺は見つけたゴブリンを、公爵家で支給された装備の剣で一撃の元に沈めた。
ガーショとの訓練や筋トレが身についているのかゴブリンの動きは酷くゆっくりに感じ、普段の俺であれば、こうやってゴブリンを一撃に沈められるだけの力量を得たことに感動を覚えていただろう。
しかし、今の俺はかなり緊張していて、そんなことに気を回せる状況じゃなかった。
騙されているかもしれないという思いがあったので、ユーレに魔力を送り常に霊力で生命力を持ったものが潜んでいないかを確認しながら歩いていたのだが、その霊力で確認する限り、やはり何人が気配を消しながらついてきているようなのだ。
魔力や気配を消すことができるダンジョンマスターは少なくないが、自身の霊の存在まで隠せるダンジョンマスターはほぼいないらしい。
だからユーレに霊力を付与して貰っていたのだが、まさか本当に騙すためだったのが少し驚きだった。
確かに俺も警戒していたが、やはり考えすぎでただのお節介なおっさんな可能性も十分あったのだ。
だからこそお嬢様と一緒についてくることを了承した。
しかし本当に騙されているとなると、状況はどう転ぶかわからない。一応奥の手はあるが、それもガーショには通用していない奥の手だ。お嬢様を無事に守りきれるだろうか。
イリスボックにはそれを小声ですでに伝えた。
お嬢様もやはり杞憂の可能性もあると考えていたのか、少々緊張を強めていた。
今の所見張られているようだというだけで、何もアクションは起こされていない。
騙す側がどういう意図でこんなことをやっているのかわからないので、とりあえず不意打ちだけは受けないようにユーレにも周りを見張ってもらい、ピョコにも危なくなれば助けてくれと声を掛けている。
付近を歩き回り、ゴブリンを狩っていく。
どうやら俺たちの前に現れているゴブリンも、どこかから誘導して俺たちの前に連れてきているらしい。
感知しているうちの一名がそのような動きをしているようなのだ。
「(サイ、僕は自分が幻術を使う関係上、他人の幻術もある程度見破れるんだけど、ここは他人が入ってこれないよう処置が施されているみたい。警戒は強めておいて)」
意図はまだ見えないが、状況だけは騙されそうだという状況が揃っていく。
何が起こるのかとヒヤヒヤして、冷や汗をかく。
「お前ら、戦闘依頼が初めてだからって緊張しすぎだぞ? ビクビクして汗までかいてるじゃねえか。お前ら結構筋がいいみたいだし、ゴブリンも軽く倒せてるだろ? そんなに緊張するなよ」
パシッタから声がかかる。
俺たちが警戒し、緊張しているのは戦闘依頼に対してじゃない。
こっそり見張られていて、いつ何が起こるかわからないからだ。
パシッタの声はそんな警戒に気づいているのかいないのか、わからない。
何と答えるのが正解か。俺は恐る恐る答える。
「やっぱりどうしても緊張しちゃいますね。いろいろと」
一応警戒をしているということだけは示したが、どう出てくるかわからない。
俺は緊張を強め、いつでも動けるように警戒する。
するとパシッタは俺のそんな様子をどう思ったのかわからないが、こう答えた。
「ま、その緊張もこのままゴブリンを狩り続けていれば徐々に収まってくるだろう。とりあえずここが穴場だってのはわかっただろ? 俺はそろそろ戻って他の依頼をやってるから、お前らは満足いくまでここでゴブリン狩ってろよ。情報料は明日またギルドで会ったときに払ってくれればいいから」
「え、行っちゃうんですか?」
俺は思わずそういう。
どういう意図でこんなことをしているのかわからないが、見張っていたり、幻術でここに他人が近寄らないようにしているということは、やはり騙す気があるということだろう。
それなのに俺たちを2人にしようという意図が読めない。
「ああ、行くよ。いつまでもお前らの狩りにつきあってたら情報を売った意味がなくなるからな。あとは2人でせいぜい稼いで、お礼ってんなら情報料に少し色をつけてくれればそれでいいからよ」
「は、はあ・・・」
「じゃあな! せいぜい頑張れよ」
そういってパシッタは本当に去って行った。
いや、霊力で見る感じある程度離れたら気配を消して、こちらの様子を伺うように見張りに加わったようだ。
本当に意図が読めない。どういうつもりでこんなことをしているのだろう。
言動は本当にお節介ないいおっさんでしかないが、状況はそうは言っていない。
やはり何か意図があり、俺たちをここに連れてきたのだと思う。
「(どうするフェイカー。多分今なら見張られてるだけだし、普通に戻ったり、逃げて街に帰ったりもできなくはないと思うけど)」
「(・・・もうちょっと調べよう。何の意図もなくこんな意味がわからないことをしているとは思えないし、やっぱり何か意図があってしてるんだよ)」
「(でも危険かもしれないぞ? 相手は今の所そう多くないとはいえ、実力者が揃ってたり、数が増えるかもしれないし)」
「(・・・一応僕は奥の手を使えばランクCくらいの冒険者までなら対処できる。ランクBは怪しいけど、相手によってはたぶんいける。僕も君を傷つけさせる気はないから安心して)」
マジか・・・そんな奥の手を持ってるのか。俺もあるっちゃあるけども。
「(いや、それよりもここは確実に対処するために、人を呼んでどうにかした方がよくないか?)」
「(でも多分、彼らがメインで騙しているのは新人でしょ? 人を連れてきたら普通に隠れるか何もしてこないんじゃない?)」
「(確かに・・・ああそうか。何でこんな回りくどいことしてるのかわかってなかったけど、今のフェイカーの言葉でちょっと思いついた。多分こいつら、俺らが騙されたんじゃなく、偶然何かヤバイ状況に巻き込まれたみたいな状況を作るつもりなんじゃないか?)」
「(どういうこと?)」
「(こいつらは自分たちが犯人で騙してるっていうのをバラさないことで、同じ手口で新人を騙す何かを繰り返してもお咎めなしかつ捜査もされないって状況を作っているってことだよ。今の状況に気づける新人とかまずいないと思うし)」
「(・・・ああ、なるほどね)」
言ってからしまったと思った。
こんなことを言えばお嬢様の性格的にどうなるか想像つきそうなのに、思わず思いついた相手の意図を言ってしまったからだ。
「(一応聞くけど、どうする?)」
「(やっぱりほっとけない。どうするつもりなのか知らないけど、この街に来た新人が危険に晒されてるのかもしれないなら、それは調べたい。お願いサイ、協力して。これを日の目に晒せるのは僕たちだけかもしれないんだから)」
乗りかかった船だし、放っておいたらこのお嬢様は1人でもやろうとしてしまいそうだ。
それならば少しでも解決できる可能性を上げるために、俺も協力するべきだろう。
俺は一つため息を吐きつつ、言った。
「(わかったよ。やろう)」
祝! 主人公の訓練以外の初戦闘! なんか状況のせいであっさり終わってしまいましたが・・・
しかも初戦闘が89話って・・・




