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45/218

45・公爵令嬢と約束してヤバイ

「ダンジョンバトル?」


唐突に手袋を投げつけられた俺は、イリスボック嬢が何を言っているのかわからずに困惑した。

とりあえずお嬢様がとても怒っているということだけはわかるのだが・・・。


「そんなことも知りませんの? ダンジョンバトルというのは、その昔、2人の貴族が自分の拠点ベースとして相応しいと思った場所をどちらのものにするかを決めるために行われたのが最初と言われる、ダンジョンを利用した由緒正しい決闘のことですわ」


「決闘・・・俺とお嬢様で殺しあうということですか?」


「命を奪い合いまでするほど貴方のことを憎んでいるつもりはありません。どちらかが負けを認めるか、審判の判断で勝負を決めることにいたしましょう」


「お断りします」


ダンジョンバトルが決闘のことであるとわかった俺は即時に断った。

そんな俺にイリスボックは一瞬キョトンとした顔をした後、信じられないものを見るような顔で言う。


「・・・ダンジョンバトルの申し込みを断る、しかも、男性が女性からの申し込みを断るなんてことは、とても恥ずかしい行為ですわよ? そんなことをすれば、生涯後ろ指を刺されることになりますわ」


「そうですか。でも断ります」


「馬鹿にされるのが嫌ではないんですの?」


「はい、全然。だって俺にはそのダンジョンバトルを受けるメリットがありませんから。馬鹿にされたところで俺にはダンジョンバトルを受けることの方が馬鹿なことに思えるので、そんなことで馬鹿にしたい人には言わせておこうと思います。それにたぶん、断って後ろ指を指されると言うのはそれが貴族同士の場合の話ですよね? 平民の俺はそんな話聞いたことすらありませんでしたし、特に気にしなくていいんじゃないかなって思います」


そう言った俺をイリスボックは憎らしげな表情で睨みつける。


「わかりましたわ。貴方にメリットがあれば受けるのですわね」


イリスボックは一つため息をついてから、背筋を伸ばし、見下すような姿勢になってから俺に言った。


「ならばもし、ダンジョンバトルで貴方がわたくしに勝ちましたら、わたくしを『イリス』と。愛称で呼ぶ権利を差し上げますわ」


そう言いきったイリスボック嬢の顔はいかにもドヤといった顔で、ふてぶてしい表情だった。

いってはなんだが、その表情はきつめの美人であるイリスボックにとてもよく似合っている気がする。


そんな様子のイリスボックに控えていたメイドは慌てた様子で言い募る。


「お嬢様! 流石にそれはいけません! そのようなことをゼロット様が知れば・・・」


「黙りなさい。これはわたくしが決めたことです。それにわたくし、このようなお方に負ける気がしませんの。何を賭けようが問題ありませんわ!」


俺は正直呆れていた。

俺へのメリットとしてイリスボックがあげたものに対してだ。

自分の名前を愛称で呼ぶ権利程度をさも重いもののように言ってくるなんて、どういう神経をしているのだろう。

平民風情が貴族を愛称で呼べるなんて光栄に思えとでもいう気だろうか。

本当にバカにしている。


俺は心底バカバカしくなって、もう話はやめて、帰っていいかと切り出そうとした。

そんな俺の肩をガーショが掴んだ。

そしてそっと耳打ちしてくる。


「(サイのお客人、今断ろうとしておりやすか?)」


そう聞いてきたガーショに俺も一応小声で返す。


「(ええ、付き合ってられないんで。帰ろうと思ってました)」


するとガーショは、やっぱりなというような顔で笑いながら、再度耳打ちをする。


「(俺っちはこの勝負、受けた方がいいと思うでありやす)」


ガーショの言葉に俺は言い返す。


「(なんでですか? 俺が戦う理由なんて、何もないですよね。このお嬢様と仲良くなりたいとも思いませんし、愛称で呼ぶつもりもないですし)」


「(お嬢様はサイのお客人と同じく今年ダンジョンコアを授かったんでありやすが、お嬢様が授かったダンジョンコアのサイズは丁度ネネコ嬢のダンジョンコアと同じくらい。しかも三つ星のレアダンジョンでありやす。サイのお客人は、一度自分が目指す場所はどこなのか、知っておくべきであると思いやせんか?)」


ガーショの言った言葉に俺は思わずイリスボックを見る。

ネネコと同じくらいのサイズの三つ星ダンジョンコア。

いずれ俺が追いつかなければならない存在と同じ大きさで、同等と思われる力の持ち主。


「(少しは戦ってみたくなりやしたか? 別にメリットのためとはいいやせん。ただ、大きなデメリットさえなければ、戦って見るのも悪くはないと思うんでありやす。悪いようにはしやせん。ここはちょっと俺っちに話を仕切らせてもらえやせんか?)」


俺は少し悩む。

確かにデメリットさえ特になければ、受けてみるのもいいのかもしれない。

ネネコと同程度の人物と戦ってみる機会なんてそう何度も訪れるものだとは思えない。

この機会を逃していいものなのか・・・。


結局俺はガーショに控えめにだが頷いていた。

それを見てガーショはニヤリと笑い、イリスボックに向けて喋り始める。


「どうやらお客様は、平民ゆえにちょっと自分では決めかねるという話なので、私が間を取り持って話をさせてもらってもよろしいですか?」


「構いませんわ」


イリスボックは堂々とした様子でそう答える。


「ではお言葉に甘えて。・・・まず最初に質問なのですが、お客様がダンジョンバトルで負けた場合はお嬢様はお客様に何をお求めになるんですか? それを答えてください」


確かに、それは重要だ。

もし、公爵からの支援を受け取るのをやめろとか言われるのであれば、俺は絶対にこのダンジョンバトルを受ける気は無い。

いくらなかなかできない戦いの経験ができるかもといっても、そのデメリットには釣り合わない。無論、愛称で呼んでいいなどというふざけた条件を合わせてもだ。


「そうですわね・・・。難しいことは特に望みませんわ。私はお父様にわたくしをちゃんと見ていただきたいだけですので。だから、次にお父様に合った際に、ダンジョンバトルでわたくしと戦って負けたということをちゃんとお父様に喋っていただければそれだけで構いませんわ」


公爵にダンジョンバトルでイリスボックに負けたと伝えるだけ。

そんな条件でいいのかと思わず思ってしまう。

何かの罠かと思いガーショの方をみると、そんな俺の考えを察したのかガーショが答えてくれた。


「(公爵にそれを告げても、特にサイのお客人の扱いが変わることはないはずでありやす。公爵が課したのはあくまでBランク冒険者になることでありやすからね。ダンジョンバトルの勝敗は特にお客人自体には関わってこないでありやしょう。それでも不安があるというのなら、そのときは俺っちも口添えしやす)」


どうやら問題ないようだ。

その条件であるのなら受けてもいいのかもしれないと俺は思う。

そのことを俺の様子から察したのか、ガーショはお嬢様との交渉を再開した。


「では次にダンジョンバトルですが、それを行うのは今から1ヶ月後でも構いませんか?」


「1ヶ月後? 後日にというのはわかるけれど、それはあまりにも日付が遠すぎですわ」


「お客様はダンジョンをもらったばかりです。それはお嬢様も同じでしょう? ならば、もう少しダンジョンの使い方に慣れてから、万全の状態で戦った方が、お互い後腐れがないと思いませんか?」


「・・・なるほど。確かにそれはあるかもしれませんわね。わたくしは別に今すぐでも構わなかったですが、そちらの方が納得がいくというのであればそれに従いますわ」


今度は日付を一月後にしてくれた。

確かにそれだけあれば、俺も少しは戦えるようになるのではないだろうか。

せっかくの戦う機会なのだ。できるなら勝つつもりでやりたいし、何も得るものがなかったというも避けたい。


「ではダンジョンバトルは1ヶ月後に、場所はまた話し合って決めるということで。お客様、それならばよろしいですか?」


俺は少し悩んでから言った。


「はい、その条件であるのなら受けようと思います」


結局俺はダンジョンバトルを受けることにする。

するとイリスボックは満足そうで不敵な笑顔でこう言った。


「せいぜい楽しませてもらえることを期待してるわ。では、ご機嫌よう」


そう言って部屋を出ていく。その後ろをメイドがこちらに礼をした後について出て行った。

ガーショと部屋に2人きりになると、ガーショはとりあえず、俺がこの町でBランク冒険者になるまでの間に生活するための拠点に案内するということで、俺はそんなガーショについて歩き始める。


「しかし、大変なことになりやしたね。イリスボックお嬢様とダンジョンバトルなんて」


「本当ですよ。一体どうしてこんなことになったんだか」


「ちなみにサイのお客人。実は一つだけお伝えしておきたいことがあるんでありやす」


「お伝えしたいこと? 何ですか?」


「実はこの国の貴族の間では年頃の女性を愛称で呼ぶのは、仲のいい同年代の同性か家族くらいで、男性が女性貴族を愛称で呼ぶことなんてほとんどないんでありやす。そんなことをすれば周りやその貴族の家族から強く非難されてしまうでありやす。一部の例外の男性を除いて」


その言葉を聞き、俺は途端に嫌な予感が全身を駆け巡った。


「一部の例外というのは?」


「その様子でありやすと、やっぱり知らなかったんでありやすね。それはその貴族女性にとって特別な男性でありやすよ」


「特別な・・・」


すでに俺は何となく予想がついてしまっていたのだが、自分ではそれを認めたくなくて、答えなかった。


「まあ、ようは恋人か、婚約者か、旦那でありやすね。だからさっきお嬢様が言ってた愛称で呼んでいいというのは、相当な掛け金であったんでありやすよ? 下手をすれば、自分を好きにしていいというのと同義でありやす」


「・・・・・・」


その事実に俺は軽い目眩を覚える。

それはメイドも慌てるはずだ。目の前で仕える公爵令嬢様が自分を掛け金にしたんだから。


俺は一つだけ聞きたいことがあったので、それを言葉にする。


「で、その事実を何で今まで黙ってたんですか?」


「そんなの決まってやす。そっちの方が面白そうだったからでありやす」


俺は思った。ああ、人生でこんなにも人を殴り飛ばしたいと思ったのは初めてだと。

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