44・公爵令嬢がお怒りでヤバイ
青色の髪の女の子はぎょろりと俺のいる室内をいちど睥睨した後、礼の取れた形でスカートの端を持ち上げ、頭を下げる。
「ようこそお客様。お初にお目にかかります。わたくし、イリスボック=アーブソリューと申します」
俺は急な事態に一瞬固まったが、やや遅れて挨拶を返す。
「どうもご丁寧にありがとうございます。俺はコッハジ村に住むサイというものです」
「・・・家名がないということは、あなた平民? この家に招かれたお客様という話でしたけれど」
「あっ、はい。平民です。両親は村で農家やってるんで」
「そうですの。まあ、そんなことはどうでもいいわ。お父様はどこかしら」
平民とわかると、急にイリスボックと名乗った青い髪の女の子の印象が変わった気がする。
まあ、平民なのは事実なのでそれは気にすることではないが、気になることがある。
「お父様?」
「この家の主人の、ゼロット=アーブソリューのことよ。決まってるじゃない」
もう一度イリスボックと名乗る少女の髪を見る。公爵と同じ色の青色。
公爵、若く見えたがこんな大きな娘がいたのか。
「黙ってないで早く答えなさい。使えないわね」
彼女が怒ったような表情でそう責め立てる。
先ほどまで怒らせたら凍ってしまうのではないかというほどの公爵の圧力に触れていたせいか、彼女が怒っているのには特に怖さを感じない。
むしろ何か強がって怒っているかのような可愛らしさを感じてしまった。
「あ、すいません。公爵なのですが、先ほど自分の足元に氷の塊を叩きつけたと思ったら、全身が凍りついて砕け散ってしまって・・・」
「もう! 帰ってきたのに娘の顔一つ見ずに仕事に戻ってしまうなんて! どういう神経してるのかしら!」
どうやらやはり、砕け散った公爵は死んだわけではないらしい。
仕事に戻ったとのことだから、ああいう移動手段とかそういうものなのだろう。
公爵が砕けたと取り乱して騒いだりせずにいてよかった。
「公爵に何か用事があったのですか?」
「あら、わたくしはお父様の娘よ? 娘が久しぶりに帰ってきたお父様の顔を見たいと思って、何が悪いのかしら」
「いえ、すいません。娘さんに会えないなんて、公爵はかなり忙しいんですね」
「そうかしら。私が前にお父様に会ったのはもう3年も前よ。ここまで来ると避けられてるとしか思えないわ」
「3年!?」
思わず驚いてしまう。そんなに長い間父親に会えないというのはかなり悲しいことではないのだろうか。
しかし、目の前のイリスボックはそんなことは気にしていないといった感じで、話を続ける。
「それで、サイと言ったかしら。お客様だと言うことだけど、平民なのでしょう? 父にはどういう意図で呼ばれたのかしら」
どうやらイリスボック嬢の興味は、消えた父親から俺に移ったらしい。
しかしどう答えたものだろう。公爵がしてもらった占いの結果、支援してみることになったという俺の立場は娘である彼女に伝わっているのだろうか。
まあ、伝わってないと考えるのが無難だろう。3年会ってない娘がそこら辺の事情を知っているとは思えない。
ということは隠しておいた方がいいのだろうが、公爵の娘に嘘を付くのも憚られる。
「・・・俺は公爵から期待をかけられて、支援をしてもらうことになったんです。そして、支援継続の条件として、一年以内にBランク冒険者になることを命じられました」
結局、嘘は言っていないが肝心な所は隠して言うことにした。
正しくは『公爵の目的を達成する』期待をかけられているんだが、相手が誤解する分は仕方ないだろう。
「期待? 貴方に? なんに対する期待ですか?」
おっと、突っ込まれて聞かれてしまった。
どう誤魔化そう。
「よくわかってないんです。どうやら俺のダンジョンに関わることらしいのですが、俺もその点は詳しく説明されてなくて」
嘘はついてない。はずだ。
公爵の目的は知らないし、ダンジョンを使えるようになることでそれを達成する確率が上がったことも言われた。
「お父様が期待を持つダンジョン・・・それは興味深いわね。どんなダンジョンなのかしら」
「それは・・・」
グイグイ来るなこのお嬢様。
このままドンドン質問されてたらいずれボロが出そうだ。
どう言ったものかと思い悩んでいると、ドアが勢いよく開いて男が入ってきた。
「じゃじゃーん! 実は学園卒でBランク冒険者でもあるアーブソリュー家の従者! ガーショでありやす! 先生役に新キャラか新ヒロインが出て来るなんてことはそうそうないんでありやすよ! と、言うわけでサイのお客人の指導は俺っちが引き継ぐことに・・・あれ? ・・・・・・んっ、ゴホン! どうしてイリスボックお嬢様がこちらにいらっしゃるのですか?」
なんだかだっさいポーズで騒いでいたガーショは、この部屋にイリスボック嬢がいることに気づいて、すぐに口調やら姿勢やらを整える。
早変わりは見事ではあるが、色々手遅れな気がする。
そして俺の指導者ってお前だったのかよ! 学園卒とかBランク冒険者とか色々期待してたのがぶっ飛んだわ!
「あら、貴方がこの方の指導に当たるのね。お父様は本当に期待をかけられているようですわね」
お嬢様はガーショの先ほどの態度については気にした様子はなく、話を続ける。
どうやらガーショの猫かぶりはこの家ではバレているみたいだな。
ガーショが普段はきっちりとした従者として認識されているとかだったらちょっと嫌だなと思っていたんだが、別段そんなことはなかったようだ。
「ねえ、ガーショだったかしら。お父様はこの方の何に期待をかけてらっしゃるんですの? わたくしそれがとても気になりますわ」
「その件ですが、公爵直々にそれを口外してはならないと言われておりまして、説明できないのです」
「それは公爵の娘であるわたくしに対してもですか?」
「はい、そうなりますね。そんなことよりもお嬢様はなぜここに?」
「ここはわたくしの家でもありますわ。わたくしが我が家にいらっしゃったお客様に挨拶をして何が悪いのです?」
「・・・その通りですね。失礼しました」
お嬢様はフンっと不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「気に入りませんわ。わたくしを避けるお父様も、わたくしに秘密でことを運ぼうとする従者も、わたくしが受けていないお父様の期待を受けるという平民のお客様も!」
そう言ってイリスボックは俺を睨みつける。
そして言った。
「わかりましたわ。そういうことであるのなら、わたくしは貴方にダンジョンバトルを申し込みます!」
そう言ってイリスボックは、俺に手袋を投げつけた。