41・公爵との初会合がヤバイ
俺の前に立つ老齢な執事長が、扉を叩いてから言った。
「旦那様、お客様を連れてまいりました」
「入れ」
言われて執事長は扉を開く。すると室内の空気が白く染まって、床を這うように広がり出てきた。
扉の先にあった広い部屋は全てが凍りついていた。調度品や窓、壁一面に霜が降って白く染まり、まるで時までも凍りついているかのような印象さえ受ける。
「旦那様、こちらの方がお客様のサイ様になります」
執事長が部屋の主に俺を紹介する。
その声に俺は凍りついた部屋の印象に圧倒されて、凍りついてしまっていた自分の脳みそを動かす。
その時まばたきを一つした。
するとそこには凍った部屋などなかった。
凍った部屋などただの幻覚だったのだ。
その代わりに部屋には青い髪の男が1人立っていた。
おそらく俺が部屋の全体が凍っているかのように錯覚してしまったのは、その男の放つ強烈過ぎる気配が原因だろう。
男は厚手のコートを着込んでいた。
季節は春だ。半袖では肌寒くはあるが、コートはすでに必要がない季節だ。
しかし男はまるで、極寒の大地にいるかのように全身を防寒の装備で包んでいた。
目の前の男が息を一つ吐く。
その息に空気は白く染まり、見ているだけでこちらまで寒くなってしまいそうだ。
「君が件の少年か。私はゼロット=アーブソリュー。このアーブソリュー領を収める領主で、爵位は公爵だ」
公爵から放たれるあまりの気配に圧倒されていたせいで、公爵に先に自己紹介をさせてしまった。
これはあまり礼儀としてよろしいことではない。未だに氷が溶けきってない脳を無理やり動かして、俺は公爵に自己紹介を返す。
「コッハジ村に住むサイと言います。本日はお招きいただきありがとうございます」
ロインに習った礼儀作法を思い出しながらなんとか失礼のないように対応する。
俺のそんな様子を見てゼロット公爵がこちらに歩み寄ってくる。
公爵が歩くたびにザクザクと、まるで霜柱を踏むかのような音がする。
そんな公爵の様子に俺は公爵の『絶対零度領域』『氷の支配者』『氷神の想い人』などの二つ名を思い出していた。
実際に公爵を見ればそれらの二つ名はピッタリ、いや、あるいはそれ以上に公爵は氷を連想させた。
そんなことを考えていると、公爵は俺のそばに立っていた。
「硬くなる必要はない。楽にしてくれ」
近づくとそれだけで俺は凍りついてしまうのではないかと思うほど、公爵の存在は氷じみていて、声色さえも俺には吹雪にすら感じた。
「その・・・、俺はなぜ招かれたのでしょうか」
思わず自分から本題を聞いてしまった。
少しでも公爵と語らう時間を短くできたらと思ってしまったのだ。
感謝の念を忘れてはいないのだがそれは強い畏怖に塗り替えられそうになっており、寒さなのか緊張からなのかわからない寒気に震えてしまうのを堪えるのが精一杯の状況だった。
「警戒しているのか? まあいい。君は占いを信じるか?」
「占い、ですか?」
唐突な公爵の質問に、俺は考える。
占いを信じるとはどういう意味だろうか。どう答えるのが正解なのだろうかと。
しかしその質問はただの前振りでしかなかったようで、公爵は俺の答えを聞く前に喋り始めた。
「私は占いを信じていない。未来の事象などは占い師などに導いてもらわずとも、自分の力で勝ち取ってきたからな」
公爵は一度自分の広げた手を見つめてから、それを握りしめる。
「しかしだ。私には今、どうしても自分の力では手に入らないものがあるんだ。金も、力も、権力も、持てる手段は全て投じてもそれを手に入れようとしたのだが、それは手に入らなかった。誰に聞いてもそれを手に入れる方法はわからず、諦めろと説き伏せられてきた。しかしだ。1人の占い師だけがそれに異を唱えたんだ。とある人物が0.1パーセントだけだが、それを手に入れる可能性があるとな」
公爵の蒼い目が俺の方を射抜く。
その視線はまるでつららに突き刺されているかのように錯覚してしまうほど鋭く、冷たいものだった。
「その人物というのが君らしい」
「俺が0.1パーセントだけ・・・それが俺をここに招いた理由というわけですね」
「そうだ」
「それで、公爵がどうしても欲しいというそれはなんなんですか?」
「それを君に語れるほど、私は君を信用していない。これは君の人格の問題でなく、君の今の実力では語ることはできないという話だ」
「今の実力では、ですか?」
「ああ、私は公爵だ。味方も多いが敵も多い。私が強く望んでいるものというのは私の弱みにもなりうるものだ。それを不用意に漏らさないためにも、今の君には語れないんだ」
「今の俺、ということは、将来的には俺に語ってくれる気があるという話ですか?」
「そうだ」
とりあえず、公爵が俺をここに呼んだ理由は公爵が欲しいものを手に入れるためだったらしい。
そしてそれは今は語れない。だとすれば。
「それで俺はどうしたらいいんですか? 俺はAランク冒険者にダンジョンの使い方を教えてもらって、ここに連れてこられて、公爵の望んでいるものは今は語れないということは、俺は今から何かをしなければいけないという話なんですよね?」
そう、公爵は俺に何かをして欲しいはずなのだ。
でなければわざわざこのような形の場を用意した理由がわからなくなる。
「そうだ。とりあえず君には手始めに、Bランクの冒険者になって欲しい」




