3・幼なじみのダンジョンはいろいろヤバイ①
ドス。
「アイタっ!」
泣きながら闇雲に走ったせいで、人にぶつかってしまった。
そんなに勢いはなかったのと、当たりどころが良かったのでお互い倒れずには済んだが、結構強くぶつかってしまった。
「あ、すいません!」
俺は一瞬で正気に戻って、ぶつかってしまった相手に謝る。
「いいえ、怪我もないし大丈夫・・・ってサイ? どうしたの泣き顔で」
帰ってきた声は聞き覚えのある声、ネネコの声だった。
「な、なんでもない! って言うか泣いてない。泣いてなんかないからな!」
「いやいやどう考えても泣いてるでしょ」
「違う。これは目から鼻水が出たんだ。最近寒いからな」
「うわ、めっちゃ汚いじゃんそれ。まあそんなことよりもさ、ちょっとすっごいんだよ! 見てみて!」
そう言いながらネネコが手を前に出して、光の奔流を放った。
ダンジョンコアを出すのだろう。
光の奔流は大きなうねりとなって形を取っていく。その光はあまりに大量で、かなり眩しい。
やがて光の奔流は治って、そこにはネネコの髪の色と同じ色、赤色の大きな塊が現れていた。
真紅のその塊の大きさは4メートルほど。かなり大きい。文句なく貴族級のサイズだろう。
色も澄んでいてこれだけの大きさなのに向こう側がちゃんと透けて見える。これだけのサイズでこれだけ澄んでいるのだ。かなり力があるだろう。
ダンジョンコアを授かったことで俺はネネコのダンジョンコアからなんとも言えない圧力のような力を感じていた。
ダンジョンコアを授かる前には感じなかった感覚だ。恐らくは、コアを得たことで感じることができるようになった感覚なのだろうと思う。
それだけではない、ネネコのダンジョンコアは驚くべきことに三つの星のような塊がコアの中空に浮かんでいたのだ。
三つ星の巨大ダンジョンコア。庶民から生まれてくるダンジョンコアとしては規格外のものにさえ思える。
絶対にないとは言い切れないだろうが、まさかそんなダンジョンコアが、俺の幼馴染に授けられるなんて・・・。
「すっごいでしょ。僕もさすがにびっくりしちゃった。話には聞いてたけど、こんなレアなダンジョンコアを授かることもあるんだねぇ。世の中わからないもんだよね」
ネネコは自分が授かったダンジョンコアをちょっと信じられないといった感じで語っていた。
「あ、こんなところにこんな大きいもの出してたら邪魔だよね。仕舞っちゃうね」
そういって、ネネコは自分のコアを消してみせた。
その時にふとネネコの右手甲を見ると、そこには芸術的で複雑な赤い紋様が刻まれていた。
さっき見た悪友たち2人のダンジョン紋章がただの壁のシミに見えるくらいその紋様は精巧な作りをしていて、それでいて何か荘厳な趣向を感じる。
ホクロとはまあ比べるまでもない。
「で、サイはどんなコアだったの?」
その言葉に息を呑む音が出る。
それは俺が出した音じゃない。周りでずっと見ているだけのオーディエンスから出た音だ。
てめぇら、なんだかんだずっと見てやがんなこの野郎! なんでお前らが固唾を飲むんだよ、関係ないだろうが! しまいにゃ金とるぞ!
「ん? なんかめっちゃ目立っちゃってるね。場所変えようか」
いやいや、悪友2人の大声で目立ってた部分はあったけど、お前の特大サイズダンジョンコアもその原因の一つだからな。
「いや、いい、ここで見せるよ」
どうせここにいる連中のほとんどは、俺のダンジョンコアのサイズが極小なのも、ダンジョン紋章がホクロなのも知ってるんだ。
場所を変えたところで今更だろう。
そんな自暴自棄な気持ち半分で俺はダンジョンコアをネネコの前に出した。
「・・・・・・」
ネネコが俺のダンジョンコアを見て固まる。
オーディエンスからは、よく逃げなかったとか、いずれバレるのが早まっただけだよとか、何やら慰めめいた言葉が飛び交う。
うっせーおめえらなんでわけ知り顔してんだよ! 他人のくせに優しすぎるだろう。泣けてきちまうじゃないか!
「噂をすれば影、じゃないけど、こんなん出ちまった」
「噂? ああ、並んでた時の・・・さすがにこのサイズは想定してなかったけどね」
俺が声をかけると、ネネコはフリーズが解けたようで、そう答えてきた。
そう言ってからようやく脳が回り始めたのか、改めて俺のダンジョンコアをしげしげと眺め始める。
「でも、ほんとにちっちゃいね。それにこんなに黒々して・・・でも、これがサイのだって思うと、ちょっとかわいいかも? 触ってみてもいい?」
俺はダンジョンコアを消した。
「なんで消すの!」
「お前が変なこと言い出すからだろうが!」
「変なことって何さ! 見たまんま喋ってただけじゃん! 変なことだって思ったそっちの思考が変なだけでしょ!」
「ぬぐぐっ」
言い返せず、押し黙る。それでも、あのまま続けて触らせなかった俺は偉いと思うんだ。誰か褒めてくれないだろうか。
「それにしても、そんなにちっちゃいんじゃ、これから大変だろうね。なんだかんだダンジョンコアの大きい人のが有利だし」
「まあ、そうだな。でも、小ちゃかったら死ぬってわけじゃないんだし、なんとか生きてくしかないだろ。そこは」
「まあそうだけどさ。・・・・・・ねえ、サイ。さっき並んでた時言ってた話覚えてる?」
「飯でも奢ってくれるって話か? あれは大っきかった方がたまにどうこうって話で、今日今すぐにって話じゃなかっただろ」
「そうじゃなくてさ、小さかったらサイが僕のヒモになるって話。ねえ、サイ。僕のダンジョンコア、結構大きかったし、1人くらい養っても余裕もって暮らせると思うんだ。だからさ、僕のヒモにならない?」
「へっ?」
◇◆◇◆
三年後、俺はネネコの前で地面に頭を擦り付けていた。
「お願いします! ネネコ様、俺を捨てないでください!」
「いやだよ。サイにはもう飽きちゃったんだ。次の子にもっとイケメンの男の子をもう確保できてるんだよ。だからサイはもういらないんだ」
「そんな!! ここを放り出されたら俺はどうやって生活して行ったらいいんですか! ヒモなんてしてる世間知らずはうちの子にはふさわしくないって家族には縁を切られてるし、俺のもってるダンジョンじゃまともな仕事にも付けないし・・・」
「それ、両方僕の責任じゃないよね。最終的に選んだのは君だよ? その責任を僕に押し付けるのは筋違いじゃないかい?」
「そ、それは・・・」
「でもそうだね・・・、まあ、長い付き合いではあったし、いきなり放り出してしまうのは薄情かもね。・・・そうだな、うちでお仕事を紹介してあげようか? お給金は少ないかもだけど、住むとこと食事の面倒は見てあげるよ」
「! それでいいです! お願いします!!」
「それ『で』いい? いつから選べる立場になったの? それとも他に選ぶ手段が・・・」
「すいません言葉を間違えました! ぜひここで働かせてください! ネネコ様の深いご慈悲に感謝します!」
「・・・ふん。まあいいや。わかったよ。そこまで言うならここで働かせてあげる。ねえ、君、ここに例のものを持ってきてくれる?」
そういうとネネコは、近くに控えていたメイドの1人にあるものを持って来させた。
「これがサイの仕事着だよ」
「え、それは・・・」
目の前で広げられたそれはメイド服だった。
しかも普通のメイド服ではない。スカートがやけに短かったり、やけに装飾が過多だったりと、給仕が目的という衣装には見えない作りのものだった。
「ちょうどこの屋敷でメイドに1人分の空きができたんだよね。だから、サイにはメイドをやってもらおうと思ってさ」
「それは・・・いくらなんでも、せめて執事なら・・・」
「何? ここで働くのは不満なの? だったら・・・」
「メイドになります! いえ、メイドにならせてください!」
ネネコは満足そうに笑い、俺はメイドに連れられて別室に移動し、メイド服に着替えらせられた。
ネネコの前に立つ。恥ずかしさと屈辱で顔が真っ赤になってしまう。
「いい格好だよサイ。それにその表情・・・とってもそそられる。さあ、サイ、メイドとしての最初の仕事だ。靴を磨いてくれるかい? 君の口でね」
◇◆◇◆
「なんてね。びっくりした? 流石にヒモになんかしないけどね」
俺が想像の中でメイド服に着替えて靴を舐めようとしていると、ネネコの声が俺を現実に引き戻してきた。
危ないな、想像の中で新たな性癖への扉を開きかけるところだったぞ。
「いまヒモにしてあげるって言ったらどんな顔するかなって気になってさ。まあ、思ったより面白くない反応だったかな」
「そんなくだらない理由であんな危険な発言すんなよ。思わず頷いちまうところだった」
実際は頷くよりも先にいずれ捨てられる想像をしてしまったんだが、それはここで話すことじゃないだろう。
あくまで俺の想像の産物だし、流石にネネコがあんな風になってしまうなんて思わないけどな。
「頷いた程度でヒモになんてしてあげないよ。メイド服着て靴を口で綺麗にするってくらいまでしてもらわないと」
「あながち間違った想像じゃねえのかよ!」
「ん? なんの話?」
「べ、別になんでもねえよ」
「まあ、サイを僕の奴隷にする話っては後にして、一旦村に戻ろう? もう僕らの村でダンジョン授受の儀式を受ける人はいないんでしょ?」
「ああ、ネネコで最後だ。じゃあ出るか。・・・あれ、お前今すごく聞き捨てならないことを最初に言わなかったか?」
ネネコと一緒に歩き出し、俺が逃げ出した後にまた別の理由で喧嘩を始めていた悪友2人を捕まえて、儀式場の外に出た。
喧嘩の内容はどちらがデリカシーがないだった。俺を泣かせたのはお前だとお互いにお互いの悪口を言い合っていた。
こいつらはほっとくと一日中飽きずに喧嘩をしている。なのによく2人でつるんでいる。仲がいいのか悪いのかよくわからない。
儀式場の外に出て、村に帰る為の牛車のところに向かった。
この牛車は借り物じゃなく村自前のものだ。他にも村から街に移動する手段はあるのだが、大概この牛車を出す。
「おー、帰って着たかぁ。皆、ダンジョンコアはもらえたかぁ?」
牛車に近づくと、昼寝してた御者役のじいさんが目を覚まして、俺たちに声をかけてきた。
このじいさんはここにいる今日ダンジョンコアを授かった4人の誰の身内というわけでもないのだが、村で一番牛車の扱いが上手いのでこういう時は大体このじいさんが牛を御してくれる。
村はそこまで大きくないので、村人はみんな顔見知りだ。血縁がなくても、みんなこのじいさんとは面識があった。
「ああ、みんな貰えたよ」
「そいつぁ僥倖。そいじゃー村に戻るかねぇ」
そう言ってじいさんは牛車の準備をささっと終わらせ、牛車に乗り込むよう俺たちを促した。
長閑な道のりをさほど早くないペースで牛車は進む。
「おめー達、これはダンジョンコアを貰った子供には毎回聞いてることなんじゃけぇど、将来どうするかは考えとるか?」
「将来?」
「ああそうだぁ。ダンジョンを貰ったら、来年にはもう成人だぁ。そうなったら村での役割を得たり、場合によっては村を出ることも考えんとじゃろぉ? そうゆーのはもう考えとるか?」
言われて、そういうのも考えないといけないのかと俺が思案していると、後ろに座っている悪友2人から声が上がった。
「俺とレッサーは両方とも兄貴が家に残ることが決まってるからな。村を出ることになると思うぜ」
「そうですね。まあ1人で村を出るよりは、たとえクエンであっても一緒にいた方が心強いですからね。しばらくは他の街に出て行動を共にするつもりです。それが出稼ぎになるか、冒険者や傭兵になるかはわかりませんけど」
後ろから聞こえてきた悪友2人、クエンとレッサーからの声に思わず俺は身体を乗り出して振り向く。
「お前らそんなこともう決めてたのか? なんで話してくれなかったんだよ」
俺がそういうと口が悪い方の悪友、クエンが頬をかきながら答える。
「・・・お前は長男だったからな。なんていうか、話しにくいってわけじゃないけど、状況が異なるだろ? そんな俺らの状況にお前を変に巻き込まないようにって、今まで黙ってたんだよ」
「・・・サイは長男で弟もいないですからね。おそらくどんなダンジョンコアをもらうにしろ、村に残ることになるでしょう? 僕やクエンは貰えるダンジョンコア次第ではその話も変わってくる可能性もありましたので黙っていましたが、今日の結果から考えて、もはや変わることはないでしょう」
そんな2人の言葉を聞いて、俺は少し呆気にとられてしまった。
悪友2人が将来のことをちゃんと考えていたのが意外というか、素直に飲み込めなかったのだ。
そんな2人の様子に自分1人が置いていかれた気分がして、寂寥感さえおぼえる。
「ネネコはどうするんだ? あんな貴族級のダンジョンコアが出たんだ。それこそ選択肢は山ほどあるだろ?」
クエンがネネコにそう聞いた。