201・大先輩の今後がヤバイ
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チャメコーザは、俺との戦いに負けたことで、闘技場の闘士を引退するそうだ。
これは俺との勝負で何か負傷したとか、踏ん切りがついたとかそういうわけではないらしい。
もともと5年も闘士を続けているような人は少ない。
平均して大体1年ほど。長くても2、3年で皆やめていくのだそうだ。
理由は、この街の闘技場は常に開催していることや、観客席が限られていることなどからファイトマネーが一定以上になりにくく、ある程度以上高ランクになればあまり魅力的な職業とは言えなくなるからだそうだ。
まあ、裏事情を話せば、あまり闘技場ばかりに人が居ついてダンジョンに潜る人間が減るのを防ぐ意味と、後続は毎年バンバン出てくるのでそれを育てるためにある程度人材を回転させたいという街側の思惑もあっての話らしいのだが、それはまた別の話だろう。
とにかく、この街の闘技場の闘士というのは、チャメコーザのように何年も続けるものではない。
闘技場で何年も第二階層の開放が起こらずにくすぶっていると、殆ど同時期に入った同期や、後から入ってきた新人なんかが自分より先に第二階層を開放して、強くなっていくなんてことがよく起こるらしい。
それに耐えきれなくなって戦うのをやめる闘士も多いそうだ。
しかしチャメコーザは諦めがつかなかった。
もともとダンジョン能力がパッとせず、地道に技術や技を磨いて今の地位を築いてきた男だ。
まわりが自分を置いてけぼりにするという経験をチャメコーザはずっと昔から経験してきていた。
たかだか五年、そんな状況で戦い続けるくらい、彼の今までの人生の中ではよくあることだ。
諦めず地道に努力を重ねることで、昔に自分を置き去っていった人たちに追いつく。今までずっとそうしてきたという自負が、彼を諦めることから遠ざけた。
しかし、そんな彼にもどうしようのないものがあった。
老いだ。
身体はどんどん動かなくなってきて、魔力の冴えや回復の速度も下がってきた。
培った経験と技術だけは上がっていったが、もともとチャメコーザのダンジョン能力は対処が簡単な物だ。
試合前に靴を脱いできたりとか、大剣を振り回すチャメコーザの体力切れを待つとか、一度種さえわかってしまえば色々対処が簡単にされてしまう。
もう少し若い頃はそれでもなんとか無理やりに勝ち星を勝ち取れていたが、最近はそこまで粘り強く勝利を勝ち取るまで気力や体力が持たない。
技術や経験でカバーというのも限界があった。
自分の戦いができない条件の元で、必死にもがいても黒星が続く日々。
それを続けることに果たして意味はあるのか。そんな悩みがチャメコーザの中には膨らみ始めていた。
だからもともと、次に新人に負けたときに闘士をやめるということを考えていたそうだ。
そして、俺との試合でチャメコーザは負けた。
試合が終わった後に、チャメコーザに少し話がしたいと呼び止められて、話された内容がこれだった。
なんで俺に身の上話をしてくれたのかはわからなかったが、戦ってみて、なんだか、彼と少し喋ってみたいと思ってしまっていた俺はそれを興味深く聞いていた。
「お前さんには実は感謝してるんだ。俺はさっきの試合でただ負けたわけじゃない。俺のことを知らない相手に、手の内を晒さずに挑んで、能力の全てを出し切って、使い切って、その上で負けた。完敗さ。これ以上ないくらいのな。だから俺は満足できた。負けたが今の俺を全部出し切って負けたことで満足したんだ。お前のおかげでな」
本当に満足しているという顔で、チャメコーザは俺にそれを言った。
その言葉に本当に嘘はなく、本心からそう言っているのだと思えた。
「俺はガムシャラに勝とうって頑張ってただけです。そんな大したことはしてないですよ」
そんなまっすぐなチャメコーザの言葉がなんだか恥ずかしくて。俺はそれを真正面から受け止められずに謙遜することで逃げた。
「それでも感謝させてくれ。ありがとうな」
チャメコーザはそう言って笑った。
「・・・チャメコーザさんは闘士を辞めてどうするんですか?」
何も言わなければ、それだけ言って去って行きそうだったチャメコーザに俺はそれを聞いた。
「金もあるし、実は靴を作ったり直したりってのを趣味でやってるから、靴屋でも始めてみようってお前に負ける前は思ってたんだがな。気が変わった」
「・・・気が変わった? じゃあ、なにをするんです?」
「何、今までの人生と変わらねえよ。ここの闘士を続けててもこれ以上俺は強くなれないだろうから、ここを出てまた強くビックになるための手段を探して努力をする。お前と戦ったことで、また俺の中に戦うことの楽しさだとか、相手に勝ちたいって気持ちが膨れ上がっちまった。このままじゃ終われねぇなって」
それを聞いた俺は、思わずキョトンとしてチャメコーザの顔を見つめてしまった。
「このおっさん、まだ夢を諦めきれねえで馬鹿なことを続けるのかって笑うかい?」
それを見たチャメコーザはニヒルな笑顔で俺にそう聞いて来た。
「いや、その・・・。フフッ。頑張ってください」
正直なんて言っていいかわからなかったが、なんだか俺は笑いがこみ上げて来てしまった。
チャメコーザを侮辱してではない。純粋に楽しくなってしまったからだ。
応援する気持ちも本気だ。
「ああ。そのうちお前にもリベンジマッチを挑むから、俺が勝った時に名前が上がるような大物になっとけよ? 約束だ」
そんな本気とも冗談ともつかない表情と言葉ともに、チャメコーザは拳を前に出した。
「はい。大物になれるかはわかりませんけど、いずれまた会いましょう。チャメコーザさん」
俺はチャメコーザの拳に自分の拳を軽くぶつけた。




