2・俺のダンジョンが小さすぎてヤバイ②
顔がダンジョンコアに飲み込まれそうになり、息ができなくなってしまうと思って思いっきり息を大きく吸った。
背中を蹴られて体勢を崩していたので、俺はそのままなすすべなくダンジョンコアに飲み込まれて行き、結局俺の体は全てダンジョンコアに飲み込まれてしまった。
「・・・・・・ーー・・・ーー・・・」
ダンジョンコアの中から俺の背中を蹴った女性を見ると、何やらしゃべっていた。
しかし、コアの中に沈んでいるせいかかなりくぐもっていて聞き取れない。
すると唐突に世界が暗転した。
景色が真っ暗になり、ダンジョンコア内で感じていたなんともいえない独特の包み込まれているかのような感覚も消えた。
息を止めていたのでそれを息苦しく感じていたのだが、その息苦しさも唐突に消えた。呼吸ができるようになったとかそういうことでなく、呼吸そのものが必要なくなったというような感覚だった。
突如として、俺は自分の内側に強い熱を感じた。
多分心臓のあたりだ。そこの部分から強い熱を発する何かを感じる。
熱を感じ始めたのと同じくらいのタイミングで、目の前に何やら光が輝き始めていた。
身体の中でとても熱く感じるのにどこか心地よく思える熱と呼応するように、その光は輝きを増していく。
俺は感覚的に身体の中に感じる熱は自分自身、例えるなら魂のようなものであると感じることができた。
そして、目の前の光、あれはおそらく俺が授かるダンジョンコアなのだろう。
目の前の光がある程度の強さまで輝きを増すと、今度は、俺の中の熱に向かって糸のように細い何かを飛ばしてきた。
その糸は俺の体を突き抜けて、俺の熱に結びつく。
まるで自分の魂を鷲掴みにされてしまいそうな感覚に一瞬俺は身震いしたが、その結びつきはまるで赤子を抱くかのように優しく俺の中の熱を包み込んできて、恐怖はすぐに心地よさに変わった。
光と結ばれた糸を通して、ゆっくりと様々な物が俺の中に流れ込んできた。
流れ込んでくるそれは力そのものであり、知識であり、また、言葉で言い表せない不思議なものでもあった。
流れ込んでくるのに合わせて、光は糸を通して俺の熱の形や力を読み取り、それに合わせる形や色に姿を変えていった。
普段の俺ならば起きている現象がなんなのか理解できず、困惑し、恐怖したことだろう。
しかし今の俺は、魂に直接結び付けられた線から送り込まれてくる情報で、何が起きているのかを感覚的に理解できたのだ。
理解できている現象に恐怖は感じなかった。
そして、コアと魂をつなぐ糸はしだいにたぐりよせられ距離が近づいて行く。
それほど長くない時間の後、コアは糸の先にたどり着く。コアが魂に触れると、細い糸なんかよりもずっと強い何かでコアと魂が結びついたのを感じた。
闇の中でコアの光だけがあった世界は、俺の魂とコアの結びつきが強くなったことで、光が徐々に強まっていき、やがて光の奔流となって闇を照らしはじめる。
光はその輝きを増し続け、やがて闇に包まれた世界は眩い光に包まれて、白い光に染め上げられた。
気がつくと俺は床で寝ていた。
頭上には俺を飲み込んだはずの翡翠色のダンジョンコアがあった。
あれは夢だったのだろうかと、熱い存在を感じていた自分の胸に手を当てる。
するとそれは決して夢ではなかったのだと感じた。
「お目覚めね、気分はどう?」
起き上がり、自分の体調を確認しているとそう声がかかってきた。
「・・・なんだかまだ蹴られた背中が痛い気がします」
「あら、軟弱なのね。そんなことじゃいい大人にはなれないわよ。・・・それで、ダンジョンマスターとして生まれ変わった感想は?」
皮肉をあっさり受け流されてしまったので、俺は正直に感想を述べる。
「うまく言葉にできない感じです。ダンジョンコアを手に入れるのは初めてのはずなのに、生まれたときからずっと持っていたかのような感覚というか」
「そう、体調とかに問題はないのね。なら次ね。ダンジョンコアを実際に召喚してみて。どうやるかは感覚でわかるでしょう?」
「・・・はい」
女性のいうとおり、俺にはダンジョンコアを召喚する方法が感覚的にわかったいた。
これがダンジョンマスターになったということなのだろう。誰にも教わってないのに赤子が呼吸をはじめるために産声をあげるようなものだ。ダンジョンマスターになれば、どうやればダンジョンを操れるのかを理解できるのだろう。
俺は手を前に出して、自分の前方に俺のダンジョンコアを出すように念じる。
俺の念に答えて、ダンジョンコアが光の奔流となって現れて、形を形成しはじめる。
出し方はわかるが、実際に目にするのは初めてになる俺のダンジョンコア。自然と期待は高まってしまう。
そして、光の奔流はおさまって、俺のダンジョンコアは初めて現実に顕現した。
◇◆◇
ダンジョンコアを授かった俺の足取りは重い。
足を引きずるように儀式場の出口に向かって歩く。
さっきまで、どんなダンジョンコアを授かることになるのかとワクワクしていたのに、今はそんなワクワクは吹っ飛んで、地面に沈み込んでしまいそうなくらい気分が落ち込んでいる。
まさか、まさか俺のダンジョンコアがあんな・・・。
いや、今それを考えるのはよそう。とりあえず一旦村に帰って、気持ちを落ち着けてから・・・。
「おっ! サイ! ちょうどよかった。お前は俺のダンジョン紋章とこいつのダンジョン紋章、どっちがかっこいいと思う?」
と思ったら、出口前で俺がまだ並んでいたときから騒いでた奴らに捕まってしまった。
そうだった。村に帰るまでにこいつらがいるんだった。落ち込みすぎて失念していた。
「俺のダンジョン紋章に決まってるよな! 見ろよ、この刺々しくてかっこいいデザインの紋章、めっちゃイけてるだろ!?」
「そんな見るからに野蛮で下品なデザインがかっこいいわけないじゃないですか。見てください、僕の洗練されたシンプルなデザインの紋章を。無駄を省いて、なおかつ単純になりすぎない程度の装飾。これこそが高尚な美だと思うんです」
「は、そんな紋章なんかより子供の描いた落書きの方がずっと高尚だね」
「なんですって! いくら何でもそんな言い方はないでしょう!」
「先に人の紋章を下品だとか言ってきたのはそっちじゃねえか!」
「はっ、それは正当な評価だから仕方ないじゃないですか」
「お前ふざけやがって・・・やるかコラァ! 表に出やがれ!」
「はっ、そういう野蛮な物言いをすぐするからそんな紋章なんですよ。ある意味ピッタシですね」
「なっ、なんだよ。急に誉めんなよ。照れるじゃねえか」
「いや、ぜんぜん褒めてないだろ。っていうかお前らいい加減にしろよ。並んでたときから思ってたけど、スッゲー目立ってるぞ」
無視して黙って通り過ぎてしまおうかと思ったが、あまりにもバカバカしい言い争いに思わず突っ込んでしまった。
ちなみにダンジョン紋章とは、ダンジョンコアを召喚していない状態の時に右手の手の甲に浮かび上がる模様のことだ。
この模様は個々人で異なっており、授かったダンジョンコアの性質や形を表したような形になることが多い。
「マジで? 目立っちゃってるのかよ。こんな都会で目立っちゃうなんて、実は俺そんなにハンサムだったのか? やっぱり俺はあんな片田舎で終わる男じゃないんだな」
「いやいや、発情期の猿みたいな貴方の顔が注目を浴びるわけないでしょう。目を引いてるのは僕ですよ。都会ですら洗練されて気品溢れる容姿に皆が悪いとは思いつつもつい目を奪われてしまってるんですよ」
「・・・お前らホント方向が違うだけでそっくりだよな。そういう自意識過剰なところとか」
「「こいつと一緒にしないでくれ!」ください!」
「まあいいけど、お前らの容姿が注目集めてるんじゃなくて、声がデカすぎて周りが注目しちゃってんだよ。ちったー声を抑えて喋りやがれ」
受付のお姉さんを見て見ろ。さらに1人加わったってすげー表情でこっち睨んでんじゃねえか。
新キャラ登場した!! って感じに鼻息荒くしてさ。
若干艶っぽさがある気がするのは気のせいだろう。
「ああ、確かにちょっと声がデカかったかもな。気いつける」
「周りの迷惑に目がいってませんでしたね。ご指摘ありがとうございます」
「そういう割と素直に人の言うこと受け入れるとことかもそっく・・・いや、いいか」
せっかく少し熱が冷めたところにまた油を注ぐ必要もないだろう。俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「あ、そういえば、お前もコア授かったんだよな? どんなコアだったんだ? 見せてくれよ」
「あ、それ僕も気になります。ぜひ見せてください」
2人のセリフに俺は苦い顔をしてしまう。
自分の授かったダンジョンコアのことを思い出したからだ。正直あまり思い出したくなかったし、2人の言い争いを見ていたせいで少し忘れられていたので、なおのことそのことの苦さが際立っている気さえする。
「ん、何だその顔・・・もしかして、めっちゃ小ちゃかったとかそういうオチか? まさか20センチ以下とかいうんじゃねえだろうな」
「いやいや、これは15センチ以下もあり得るってくらい苦い顔ですよ?」
「いやいや、さすがに15センチ以下とかねえだろう。そんなの1000人に1人もいねぇぜ?」
「馬鹿、わざと小さめに言ったんですよ。本人のサイズよりも小さいサイズを上げておけば、もっと小さい人よりはマシってくらいに思えて気が楽になるかもしれないじゃないですか」
「ああ、なるほど。冴えてるなお前」
お前ら、気遣うなら話し合う小声は聞こえないようにしろよ。声が大きくて全部まる聞こえだから、ぜんぜん気遣われているきがしねえ。
「まあともかく、見せてくれよ。大丈夫、ちっちゃくても爆笑するくらいですませるからさ」
「そうですね、こういうのは下手に励まされるより笑われたほうがいいでしょうし、笑い話で済ませるのも一つの手かもしれません」
「・・・・・・」
いや、笑うの前提なのかよ。と思ったが、割と逆に、思いっきり笑われたほうが気が楽なのかもしれないと俺も思った。
正直、俺は自分のダンジョンコアの有り様にかなりのショックを受けている。正直今後の人生をどうしようかと悩んでしまうくらい、かなりショックな有り様だったのだ。
ここで俺のダンジョンコアを見せてこいつらの笑いを誘えたのなら、俺のダンジョンコアは笑い話のネタくらいにはなるのだと諦めもつくかもしれない。
「そうだよな。俺、ちょっと思っていた現実とかなり違って凹んでたんだけど、こんなの大したことじゃないよな」
「そうそう、だから早くお前のちっちぇえダンジョン見せて見ろよ」
「コラコラ、まだちっちゃいと決まったわけじゃないですよ。形が卑猥だったとかそういう話かもしれませんし」
悪友たちが俺に促してくる。
こいつらはこういうところがあるから嫌いになりきれないんだよな。なんだろう。家族とは違うけれど、微妙なこの空気感に救われることがままある。
こいつらなら見せても大丈夫かもしれない。そんな気分になって、俺はダンジョンコアをこの場で召喚して見ることにした。
手を前に出す。
俺がダンジョンを召喚しようとしていると気づいたようで、悪友2人は態勢を整えた。
「人のダンジョンコアですけど、何だかワクワクしますよね」
「ああ、さっきのクソにっげー顔見てるから、どんなダンジョンコアなのかかなり気になるしな」
そんなセリフを聴きながら、俺はダンジョンコアを召喚する。
光の奔流が形となり現世に姿を持って顕現した。
俺の目の前に、直径2センチほどの真っ黒に濁った球体が、宙に浮いて現れた。
「「・・・・・・」」
悪友2人は笑うどころか声も発さなかった。
そこでふと気づいた、視線が悪友たちから感じる二つの視線だけでないことを。
そこで思い当たる。先ほどまでこの悪友たちは声の大きさでかなりの注目を集めていた。
俺が場を納めたことでかなり声は小さくなったが、集まっていた注目が完全になくなってしまうなんてことがあるだろうか。
もし、待ち時間の暇つぶしとか、成り行きが気になったとかで未だにこちらに視線を向けている人たちがいてもおかしくない。
というかあれだ。先ほどまでそれなりにざわついていたはずの周りが、一様に静まり返っているのだ。そして感じるたくさんの視線。
俺はその視線の正体を探るために周りに視線を飛ばす。すぐに俺のダンジョンコアを注視している人を見つけた。それも1人じゃなくたくさん。
そんな俺のダンジョンコアを注視している人たちが俺が見ていることに気づいて目が合うと、気まずそうに目をそらしてどこか遠くを見るようなしぐさをわざとらしくした。
念のため360度周りを見渡して見たのだが、そのことごとくがまるで打ち合わせでもしたかのように同じような仕草で目をそらしていく。
周りの視線があらかた外れたところで悪友2人に向き直る。
2人は俺のダンジョンコアから受けた衝撃からようやく復帰したようで、絶句状態が溶けそうだった。
「ま、ま、まあ、その、あれだ。思ってたよりかなり小さいけど、大丈夫だって。たぶん」
「そ、そうですよ。逆に考えれば最少記録更新ですからね。話題になる・・・といいかなって思ったりしますよ。ええホント」
笑うと前置きをしていた悪友が笑えないほどの有り様だというのがショックで、俺はまたかなり沈んだ気分になる。
「ほ、ほら、ダンジョンを作って見たら割といいスキルがついてるとかそういう可能性もあるんじゃないか? (そんだけ濁った色してたらスキルがあってもかなり弱いだろうけど)ボソリ」
「そうですよ。濁って見えないですけど中に星があるような気がしないでもないような・・・(まあまずないでしょうが)ボソリ」
普段人を慰めたりは絶対しないこの悪友2人が慰めてしまうほどに、自分のダンジョンコアの有り様はひどいのかとひどく落ち込む。
俺は自分のダンジョンコアを消して、意気消沈する。
「いや、落ち込むなって。その・・・ん? お前、ダンジョン紋章どこにあるんだ?」
「いや、今ダンジョン紋章とかどうでもいいでしょう。・・・でも、本当に見当たりませんね。不思議です」
そう言われて、俺は自分の右手の甲を確認した。
確かに、2人の言う通り、ダンジョン紋章が見当たらない。
これはおかしい。ダンジョンコアがどんなに小さかろうが、ダンジョンコアを持つものはダンジョン紋章が浮き出る。
それが出ていないということはどういうことだろう。
2人のセリフに俺も不思議に思って、自分の右手の甲を注意深く眺めた。
するとある違和感に気づく。あれ、こんなところに『コレ』あっただろうかと。
「ぶっ!! まさかお前それ!!」
「えっ!! まさかそれがそうなんですか!!」
悪友2人もどうやら気づいたようだ。
「「ほとんどホクロじゃねえか!!」ないですか!!」
そうおれの右手の甲にはちょっと大きめのホクロのようなものができていた。
形はまんまるの黒。完全にホクロにしか見えない。
「ぶっはっはっ! ありえねえだろ! ダンジョン紋章がホクロって!!」
「ぶふふ、あんまり笑っちゃダメですよ。でも、ホクロ、ホクロって!! ふふっ」
悪友2人が耐えきれなくなったかのように笑い出す。
いや、悪友たちだけではなかった。先ほど目をそらした人たちも堪えようとしてはいたが笑っていた。
それほどまでに、ダンジョン紋章がホクロにしか見えないことはインパクトがあったのだろう。
結果的にだが、おれのダンジョンコアは笑い話になった。
よかったじゃないか。これで今後はネタには困らない。
ダンジョンコアが小さすぎるくらい・・・こうして人に笑って貰えるネタになると思えば・・・。
やっぱり耐えられない!!
「うえ~~~ん!!」
おれは泣き叫びながら走り出してしまった。