1・俺のダンジョンが小さすぎてヤバイ①
ダンジョン、それはさまざまな魔物がはびこり、人を迷わせ、命を奪う危険な場所。
しかしそこにはさまざまな財宝や古の技術が眠っていて、それを持ち帰れば億万長者にもなり得る夢のある場所でもある。
ダンジョンの仕組みやその形態は謎に包まれており、何者が何のために作ったのか、果ては自然生成的に生まれたのかさえ、誰にもわからない。
そんなダンジョンに今日も人々が潜り続ける。まだみぬ階層や見たことのないお宝を目指して。
・・・みたいな時代が280年ほど前に終わった。
歴史はあんまり詳しくないので端折って話すが、昔、今まで魔物しか存在しなかったはずのダンジョンマスターというものに人間がなってしまったことがあったらしい。
で、色々あってその人間が王様になって、さらに色々あって今ではその王の子孫が治める王国の国民全員が一定の年齢になるとダンジョンコアをもらう時代になりました。まる。
端折り過ぎだが、それを真面目に話せば歴史小説が何冊、何十冊ですまないくらい壮大な物語が色々起きているらしいし、重要な箇所だけ語る学校の講義のような形でまとめたとしてもおそらく数時間かかる内容になるからできれば語りたくない。というか語れるだけの教養がない。
だから結果だけ分かってくれればいいのだ。人間は今、ダンジョンを利用して生活を送っている。
例えば、お店をダンジョン化して召喚した魔物が従業員をやっている商店を行う店主。
馬車をダンジョン化して、馬が引かなくても走ったり、見た目よりもずっと多い量の貨物を載せて輸送業を行う御者。
農場をダンジョン化して、今の時期は取れない作物や環境が違い育てられないはずの作物をそだてる農家。
そんな感じで、今は皆がダンジョンを所持し、ダンジョンマスターとなって生活したり、経済を回したりしている社会なのだ。
そして俺は今、そんなダンジョンマスターたちの仲間入りをしようとしていた。
この国では人は14歳になると、各地にある教会でダンジョンコアを授かる儀式を受けることができる。
俺は今年14歳になり、ようやく自分のダンジョンコアを得ることができるようになった。
今はその儀式の順番待ちの最中で、おそらく同い年である奴らが1人づつ中に入っていってはコアを受け取り、一喜一憂している。
ダンジョンコアというのは、もらう人によってサイズや色が異なるらしい。
なんでも、儀式ではその人の持つ特性に沿ったダンジョンコアが生成されるのだそうだ。
それに作り直しなどはできず、1人がもてるダンジョンコアは一つまでだ。だから、ここでもらえるダンジョンコアによってその人の人生が決まるといっても過言でないほど、ここでもらえるダンジョンコアがどのようなものになるかは重要になってくる。
基本的にダンジョンコアは大きさが大きくて、色が澄んで透明度の高いものがいいとされる。
大きさが大きいとダンジョンとして影響を及ぼせる範囲や力の総合量が高いとされ、色の透明度が高いものほどダンジョンとして扱える力の純度や効率が高いとされている。
他にも、かなり珍しい話ではあるのだが、レアダンジョンコアと呼ばれるダンジョンコアを授かることもある。
例えばダンジョンコアの真ん中にエンブレムが浮いている紋付き、コアの中空に不純物である石やらがある星付き、2色以上の色を持ったミックスなんていうのもある。
まあ、レアダンジョンコアは1000人に1人いるってくらいの確率でしか出ず、ほとんどが貴族の家系でしか出ない。
まあそれでも平民からは絶対でないかといえばそんなことはなく、ごく稀に平民出レアなダンジョンコアを授かる人もいて、そういう人は就職にしても恋愛にしても優位に働くことが多いらしい。いや、近くにそういう人いないから知らんけど。
すでにダンジョンコアをもらった人達を横目に見る。
俺は順番待ちの列に並んでいるので終わった連中と話すことはできないが、一緒に来た同じ村の連中は儀式を終えたらしくて、見知った顔が自分のダンジョンコアと友達のものを見比べていた。俺の方が大きいとか、色は僕の方が澄んでいるとか、能力に関係ないけど、俺のダンジョンコアの形、カッコよくね? エッジが効いてて、俺様に近寄るな感がバリバリっていうかさ、とか、いやいや、それが自分のダンジョンの真ん中にあったら形がうるさすぎるでしょう。僕のコアみたいに、シンプルなデザインの方が落ち着いていいんですよとか言い合ってた。
かなり大声で言い合っているのでかなり目立ってる。あまり知り合いと思われたくないくらい悪目立ちしたノリなので、他人のフリをしたいくらいだ。
ほら、受付のお姉さんがお前らのことじっと睨んでるぞ。
呆れてため息までついて・・・、ん? 今のため息やけに艶っぽいため息だったような・・・いや、まあ気のせいか。
「なんか急に緊張して来た」
そう呟いたのは、俺の幼馴染のネネコだ。
「お前でも緊張すんだな。もっとあっけらかんとしているタイプだと思ってた」
「なんかそれ酷くない? 僕だって色々考えるんだよ?」
僕、なんて一人称をしているが、ネネコは女の子だ。
猫人族で、猫の耳と尻尾を有していて、毛の色は赤、耳の先っぽと尻尾の先だけ白くて、なんだかとっつきやすい見た目をしている。
ちなみに俺は丸耳の猿人族なのだが、お隣さんだということと、村には色々な種族がいるのでそこまで忌避感はなく付き合っている。
場所によっては猿人族を人族と呼び、それ以外の人種を獣人や亜人などと呼ぶ、いわゆる人族主義と呼ばれる物が広まっている場所も多いらしい。
行商人から聞いた話であるので、それがどういうものなのかは詳しく知らないのだが。
「ねえ、サイはもし僕のダンジョンコアが最小サイズの10センチくらいだったら、僕のこと養ってくれる?」
「ああ、うちの小間使いとしてこき使って使い潰してやるよ」
「ひっど。もうちょっと優しくしてよ。か弱い女の子だよ?」
「うっせ。だったらお前は俺のダンジョンコアのサイズが10センチだったときどうするんだよ。ヒモにでもしてくれんのか?」
「えー、サイはヒモにしたいって思うほどカッコよくないっていうか、まあギリギリ標準って顔つきだし、女の子の扱いもド下手クソだからねぇ。10万イエンくらい貰えば1日だけそういうヒモプレイごっこしてあげてもいいかなってレベルかな。もちろんお触りなしで」
「・・・お前の方が酷くないか?」
ちなみに10センチというのは今まで出たダンジョンコアのサイズの中で最小サイズとして記録に残っているものだ。
りんごサイズのそれはかなり能力が低かったらしく、最低でも六畳一間くらいのスペースは支配下におけるのが普通のダンジョンコアなのだが、そのりんごサイズコアは犬小屋程度までしか支配下におけなかったらしい。
犬小屋サイズのダンジョン、ダンジョンとしてそのサイズは致命的に使いにくいので、その人はかなり苦労したという話だ。
まあ、そんなに小さいダンジョンはミックスや星付きなどのレアダンジョンコアより珍しいという話だ。
歴史的に1、2人いたかいないかという話だからな。そんなサイズのダンジョンだったらどうしようかと心配するより、レアダンジョンに当たったらどうしようかと皮算用してるほうが建設的だろう。
ちなみにダンジョンコアの平均的なサイズは25センチから50センチといったところだ。
ほとんどの国民はこのあいだのサイズにおさまる場合が多く、25センチより小さくなってくると小さめのダンジョンと認識される場合が多い。
逆に大きなコアはかなりピンキリで、1メートルを超えるサイズからでかいと言われ始め、3メートルを超えてくると貴族級と呼ばれ、その名の通り貴族などに多いサイズになってくる。
これは理由がなくでかいわけではなく、ダンジョンコアがでかい人はそれだけ成り上がりやすいという話でもある。
領地経営にしても、戦争にしても、やはり大きなダンジョンを持っていることはプラスにつながる。
そして、貴族もそれが分かっているので、結婚相手にはダンジョンの大きな相手を選びたがる。
ダンジョンの大きさや色は遺伝することも分かっている。場合によっては大きなダンジョンコアを持った平民を養子にして、婚姻関係を結ぶことさえも珍しくない。
まあ、噂の域は出ないんだけどな。知り合いにそういう人がいたわけじゃないし。
「まあ、ヒモにするつもりはないけど、たまにご飯奢るくらいならいいよ」
「まあ、そのくらいが現実だよな。俺もお前がそうなったら奢ってやるよ。まあ、最小サイズなんてまずないだろうけどな」
「ふふ、だね」
そんなことを言っていると俺の順番が来た。
「がんばってね・・・っていうのもなんか変か」
「まあ、頑張って何か変わるもんでもないだろうからな」
軽く手を振って儀式場のほうに入る。
行列が見えなくなってから俺は大きく深呼吸をして、溢れて来た汗を拭う。
実はかなり緊張していた。だけど、ネネコにそれを見せたくなくて、強がっていたんだ。
だってそうだろう。その後の一生が決まるような大事だ。緊張しない奴はもう人生諦めてるか、感情がもう死んでしまってるやつだけだろう。
「あの、後ろがつかえてますんで、あまり立ち止まらないでくださいね」
「あ、すいません」
案内役の女性に注意されてしまった。
少し恥ずかしくなりながらも、促されるまま前に進む。
促されるまま進んだ先にはかなり美しい装飾が散りばめられている門があった。
なんとなく、こういう装飾扉っていくらくらいするもんなんだろうなとか場違いなことを考えていると、案内役の女性はそれを開けて、俺を中へと促した。
どうやら案内はここで終了で、俺1人で中に入るらしい。
中に入ると、先ほどの門以上に美しい光景がそこにはあった。
それは翡翠色に輝く大きな石だった。
大きさは多分5メートルをゆうに超えていて、色が付いているにもかかわらず、後ろの景色が見えるほどに透明度が高い。
そこにあるだけなのに存在感が大きくて圧倒されてしまうほど、それは荘厳な雰囲気を放っていた。
「はーい、次は君ね。あとがつかえてるからチャチャッと説明するよ。今から行うダンジョンコアの授受儀式だけど、やり方はいたって簡単、目の前にある私のダンジョンコアに触れてくれるだけでオッケー。以上説明終わり。ちゃっちゃとコアに触れちゃって」
後ろから急に声がして、驚いて後ろを向こうとしたら、背中を押された。
倒れそうになり、転けないように前に出た手が、目の前にある特大サイズのダンジョンコアに触れた。
「え、いや、急になんですか!」
抗議しようと後ろを振り向こうとしたが、うまく振り向けなかった。
なぜなら、ダンジョンコアに触れた手が、くっついて外れなかったからだ。
「だってさ、今日だけであと何十人もダンジョンコアの授受しなきゃいけないんだよ? 一人一人に丁寧な説明なんてやってられないって。ぶっちゃけ事前に説明するよりもらっちゃってからの方が色々説明早いからさ。省略よ、省略」
両手がコアにくっついてるのでうまく振り向けなくて、首だけ振り向くと、そこには気だるそうな顔をした、どこか神秘的な雰囲気のある女性が立っていた。特に胸のサイズが神秘的だ。あれだけでかいのに全く垂れてないとか神がかりすぎだろう。
「あの、なんか手がくっついちゃってるんですけど・・・」
「あー心配しないで、儀式終わったら外れるから。まあ、ミスっても腕が取れるくらいで済むだろうから大丈夫」
「いや、それ全然大丈夫じゃないですよね?」
「解析終了。じゃ、次の段階ね」
女性がそういうと、俺の手がダンジョンコアの中にズブズブと沈み始めた。いや、沈むというよりは飲み込まれるといった感じだ。手首、二の腕、肘へと、どんどん腕が飲み込まれていく。
「え、ちょっとこれ、ヤバイんじゃ」
俺は飲み込まれないように足で踏ん張って耐えようとする。
「いや、つかえてるんだってば。さっさと男らしく行く!」
そういって女性が俺の背中を蹴飛ばした。
「え! いやちょっ・・・」
それがトドメになって、俺は前のめりに俺を飲み込もうとするダンジョンコアに突っ込んでしまい、ズブズブと体をダンジョンコアに沈めてしまったのだった。
※補足
後の話の中で語るつもりですが、この物語の世界では、通常の人間のことを猿人族と呼んでいます。
これは猫の獣人とか犬の獣人とか、耳の形などや尻尾の有無がある人々を亜人として、人の亜種として扱うのでなく、あくまで人族の種類として猫の特性や犬の特性を持った種族の人間であるという捉え方で見ているからです。
その観点から見て(地球上の一般観念でいうところの)人間は、猿の特性を持った種族の人間である猿人族なので、そういう呼び方をしています。
ちなみにこの世界観では、猫人族や犬人族の人間を『獣人』、獣の血が混ざった人間であるという見方をするのは差別的な見方であるというのが一般的です。
無論、猿人族を猿の獣人として見るのも差別です。
あくまで種族としては人間で、色々な動物などの特性を持った人族がいるという概念ですかね。
少し変わった世界観かもしれませんが、その点を留意した上で作品を楽しんでいただけると幸いです。