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序章 錆の騎士8

泣いて、泣いて、泣きつくした後。

ほとんど初対面の女性に対して、大いに泣いた姿を見られ慰められ。

気恥ずかしさに顔を赤くするティクと、そんなこと気にせず飄々としているフィラキは、水汲み場のベンチに腰掛け。


ティクはせいぜい九しかない歳のこれまでを話していた。

ティク。姉から聞いた限りの情報だが、どうやら正人らしい父親は知らぬが、生んだ純粋な亜人だった母親は二歳になるまでは生きていた。

そう、生きていた。


なんてことない、子供二人の食事を優先し、栄養失調の末病に侵され重荷にならぬように、人知れず絶ったのだ。

本人達にとっては一大事だが、最下層の者達の死因としては特に珍しくもない。そんな生の幕切れだった。

それからティクは、姉と二人。人と亜人故の混ざり者ゆえに、些細なトラブルこそはあり。


その件で父親も、生んだ母親すらも恨むことはあったが、だからといって犯罪は起こすことはなかったので、犯罪奴隷に落とされることなく。

定住こそ先のトラブル等によりしなかったが、日雇いの仕事を行いながら生きてきた。

そして一週間ほど前に、小さな商団に相乗りする形で、ライとフィラキがいる街に移動している時、黄金教団に襲われた。


「黄金教団の奴ら、どこにでも現れるからね」

「迷惑だよ。ほんと……」

「ずっと東にある、未開の地。そこにある黄金に染まりし道の、最果てにある聖地。とやらが本拠地らしいけど。なんでそこで引き籠らないのかしら」


ライが去った後。

時計の長針が頂上を指したことを意味する鐘の音が一度鳴った頃には、フィラキとティクは気軽に雑談できる程度には打ち解けていた。

年齢、男女など知らぬとばかりのフィラキの気の軽さと、ティクが元々持ち合わせていた素直さが、二人の交流を円滑にしたのだ。


その二人に近づく、カチャカチャと金属板を擦らせる音を奏でながら近づく騎士。

片手に、大きなリュックを持ち上げている、錆びた甲冑の騎士ライだった。


「フィラキ、ガキ。行くぞ」

「へーい」

「おい!」


ライはもう一つの片手に抱えていた、指先まで覆うガントレットとは違い、前腕。

肘から手首までしか守らない代わりに、手首の動きを阻害しない手甲。

それとライのサーベルよりもさらに、細身で、虎の印がある小剣を二本。

それらを二つをフィラキに渡すと、早速フィラキは、ジャケットにかぶせる様に手甲を左前腕に、小剣を腰ベルトの鞘に納め。

ライが持ってきたリュックを背負った。


「何だ」

「俺はガキじゃねぇ!ティクだ!」

「そうか。俺はライだ、よろしくなガキ」

「おい!」


抗議をまったく聞こうともしないライに、ティクは顔を顰めたが。

再び、無遠慮にライは歩き出すのでティクは追い始める。


「行くってどこに行くんだよ!?それぐらいは聞かせろ!」

「クラナス村に決まってるだろ」

「え?もう?」


ティクは思わず、顰めていた顔を解き、年相応の幼い顔をしながらライに問いかける。

黄金教団は化物を操る。

しかも相手はティクが混乱のさなかでも記憶していた限り。人数は、四人よりもより多い。

いかに四人の大人を瞬時に無力化させたライとはいえども、もっと大勢の人間を引き連れクラナス村に襲撃するのだとティクは思っていたのだ。


「……不満か?」

「いや、その。もう少し準備して明日行くのかなって思って……俺飯とか武器とかないし」


自信なさげに語るティクに、ライはガントレットを嵌めた手で、額。

もっともアーメットを被っているそこを、チンチンと金属音を立てながら叩くと、深くため息を吐く。


「……依頼主様がそう言うなら仕方ない。ここで別れて明日。この街の正門で待ち合わせにしよう」


思いの他、素直に自身の提案を聞き受け入れたライにティクは、驚くと同時に少しだけ勝ち誇った気分になった。

だが、その気分は次のライの言葉にすぐに消え去ることになった。


「で、明日俺達が来なかったら、どうする気だ?」

「あ……」


いつの間にかフィラキから受け取ったらしい。

今ライとティクを繋ぐ契約の印。

ティクの最初よりは硬貨が貯まった小袋を、ライは目ざとく取り出し。


依頼主という言葉も、主導権自体はずっと握られたままのティクに対するただの皮肉と気づき。

ティクは、羞恥と怒りに顔を赤くした。

もしこれで、ライ達がどこかへ去ったら、ティクは一日にして二度騙されたことになり。

ティクは姉から託された全財産すら失い。姉を助けるための依頼どころか、今日の飯すら困難となる。


「分かったら、俺の指示に従え。飯はともかく、どうせお前が武器を持ったところで役に立たん」


そのアーメットに下にある表情をティクには知ることができないが、きっと嘲笑っているはずだと決めつける。

だが、今のティクには、ライに言い返すにはあまりにも知恵も力も経験も足りなかった。


「そう怒るもんじゃないわよ」

「でもあいつ!」

「あれでもちゃんとティクを、並みの人よりは良い扱いしてるよライは」

「なんで?」

「私をあの水汲み場に残したでしょ?」


ライとティクが対等であることと、ティクとフィラキが水汲み場に残されたこと。

その二つの話の流れがいまいち掴めず、首を傾げるティク。

フィラキはやはり飄々としていたが、続く言葉にティクは背筋を凍らせた。


「要するに私は、ライがティクから逃げ出せないようにする為の、ティクのカタ。あいつが私を置くってことは、それなりには信用してるってことよ。今はね」

「カタって……」


人を担保にする行為、それは人を人として扱わない行為だ。

それでは男女仲だとか仲間だとかそういった憧れるような関係ではなくまるで、奴隷ではないか、ティクがそう考えた瞬間。


「たぶん、今ティクが考えてること、当たってるよ。ほら」


フィラキは首の黒いマフラーを、細指で少しだけずらすとそこには。

意地の悪い人が、奴隷を人としての尊厳を傷つける意味で付けさせる粗末な首輪というには。

美しい黒色の石で出来た、ティクには見慣れぬ刻印が刻まれ。

何故か刻印から光が微かに浮かび上がる、不思議な首輪がそこにはあった。


「私、ライの奴隷よ」


そう言い切って、首輪を指先でなぞるフィラキの顔は、奴隷が浮かべる悲愴な顔とはかけ離れていた。

どこか晴れやかなものだった。

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