本章-1 旅の準備9
「それで、どうしてネージュを連れて行くのよ」
「開口一番がそれかよ」
あれほど大きな騒動があったのだ。ライ達は宿に返すものは返してそそくさと立ち去った。
野宿する予定はなかったが、今回のような備えの為に荷物を持っているライ達には特に問題ではなかった。
ただ体力の問題はある、まだ旅に慣れない疲れたネージュはすでに就寝中だ。
フィラキは荷物を背負っているので、運ぶとなるとやはりライがするしかなく。
背にある両の武器を左手に握り、右手でネージュを支えながら背負う。
そして、ある程度距離が取れて落ち着いてきた所で、フィラキはようやくライに対して開口した。
どうしてネージュを連れていく。ネージュでなければいけない理由はなんだ。
フィラキがライに対して抱く、不満をぶつける。
フィラキからすれば、今までライと二人で旅を続けてきて、問題はなくはないが続けられてきた。
一時ならばともかくそこにポッと出た女が混じるのは、フィラキにはとにかく不愉快だった。
加えてライがネージュにお熱であることは、その行動からして明確だった。
だが、連れていく理由が、フィラキにはとても腹立たしいが一目惚れでも良い。
フィラキもネージュの容姿が。並大抵ではないことは認めているからだ。
そして、理由がそれで済むなら、はるかにマシだった。
フィラキには、ライがネージュを連れていく理由が俗であって欲しかった。
なぜならライは気づいていないが、ライがネージュを見る目、視線が時折。
超常の存在、神を見るかのような視線でネージュを見ていた。
日ごろ下手な聖職者達よりも、完成とはと自問自答するライを。傍で見続けてきたフィラキには、それに気が付いた。
「当たり前でしょう。ネージュを連れていく理由は?ネージュじゃないといけない理由は。何?」
「それがな、俺もまだ分からん。なんで連れてくと言われても、結局のところ俺の我儘なんだ」
「我儘って……」
我儘、そんな生易しい物なのか。
ライ本人は、ネージュを見る目が、己が嫌う神のそれに近いことに、気づいていないことが。
フィラキの心中にある不安をはやし立てる。
それに加え、当人もネージュに対する拘りを分かっていないのだから余計にだ。
「もう決めたことだ。ネージュを俺達の旅に同行させる」
「反対。私はまだ納得できないわ」
「納得できなくて結構。だが、俺にとってネージュとは何か。これだけははっきりと言えることはある。よく聞いてくれ」
背負うネージュを一瞥して、少しばかり溜めライは語った。
そしてその言葉を聞いたフィラキは、口をOの時にする他なかった。
あまりにも、突拍子なことをライが言ったからだ。
「この子は、ネージュはきっと天使なんだ」
「…………は?」
「それで、俺は決めたのさ。この天使をただの小娘にしてやるってな」
ライは嬉々として語るが、フィラキは理解が追い付かず、多少痛めることを厭わず赤髪かき乱す。
だが、その光景すらも楽しい物を見るかのような口調でライは続けた。
「昔から超常ならざる現象を起こす者を、人々は恐れ多くも神の名は使えんからと天使と呼び。天使を通して神に取り入ろうと、人々は天使を祭り上げる。
だが天使は神ではない。人でもない。人にどれだけ持て囃され様が、天使は神に見初めなければ白き天へは昇れず。見初めなければ黒き地の底に落ちる。なぜならそれが白竜と、昔のお偉いさんが勝手に定めた制約だからだ。
そんな天使様が、穢れの象徴たる骨人の手によって人になってしまう。どうだ?面白おかしい神への冒涜になるとは思わないか?」
同意を求めるライに、フィラキなりに考える。
いかんせん今回のライの発想は、飛んで飛んで飛んでいる。
率直に思い浮かべた感想は、訳が分からないだ。
ネージュを天使と呼ぶのもそうだが、なぜ天使を人にするという考えが思いついたがフィラキにはさっぱりだった。
当の本人が神への冒涜というが、それすらライが本気かどうかフィラキには判断しかねた。
「天使じゃなくて、悪魔だったらどうするつもりかしらライ」
尋ねられた以上、返さねばならない。
フィラキはあくまでも、ネージュが共にいること、それ自体がライにとって不利益になる。
現時点すでに、悪影響ではないのか。
そう暗喩した言葉を投げかける。
「……そん時は、冥府にでも落ちるさ。なぁに、元より白竜なんぞいるかもしれん天に昇る気はねぇ」
だが、人々は皆死後良い場所を行きたい。その地にて眠りたいというのに、ライは人々が抱く普遍的な願いすら簡単に放り投げる。
そこまでして、ネージュと共にいたいのか。
広場で悪意にぶつけられるても、俯くことのなかったフィラキの頭が少しずつ下がり始める。
「分からないわ……私には」
「いいんだよそれで。俺とお前も、訳の分からん監獄でお互い分からないから始まったんだ。今更一つや二つ分からないことが増えたって構わんだろ?」
「…………」
足を止めて沈黙するフィラキに、ライもまた足を止め振り返る。
「まだ、言い足りないことがあるのか?」
「……言わないと伝わらない。だから私は、アンタに私の全部教えたわ。何一つ隠したりはしていない」
「そうだな……お前に尻尾が生えてないことくらいは知ってるさ」
「アンタは隠している!」
ライが冗談を言っている。
冗談を言って、逃げようとしている。
フィラキは語気を強めて、ライに問い詰める。
「アンタに何があったかは全部知らないけど。いつも何か抱えて、一人で苦しんでるわ……それが気に食わない。昔から」
「俺がお前の隠し事してなんの……」
「嘘は止めて!だったらアンタが骨人になる前の――」
「止めろ!」
怒気を込めたライの物言いに、フィラキも思わず口を閉ざす。
語るまでもないが、ライの過去はフィラキですら踏み込むことが出来ない禁忌だ。
無遠慮に踏み込もうものならば、禁忌を守護する番犬が侵入者を噛みつくのも、それは当然の道理というものだ。
もっとも当人達が納得するかどうかは別だ。
「……話は終わりだ」
闇のない目と琥珀の目が睨み合う。
だが、ライとフィラキは敵ではない、睨むといっても長くは続かない。
しかし、琥珀の輝きでは闇を照らすまでには至らない。
フィラキの視線を切るように振り向き歩き出したライに、フィラキはますます不満を募らせるが。
フィラキの心中でもっとも占めていた感情は、会話を止めた怒りよりも。
ライの禁忌に踏み込むことのできない、己の不甲斐なさ故の後悔だった。
もっとライの禁忌に踏み込むことができるのならば。
できるだけの勇気が、自分にあるのならば。
過去を詮索するとライは怒るが、怒った後は。
決まって悲し気な雰囲気を纏わせるライ。
そんなライをもっと知って。分かって。祈り。救うことができたのならば。
真にその隣に寄り添える、唯一無二の存在になることが出来たのならば。
「……あそこ、私の特等席だったんだけどなぁ」
在りし日に、己がいた場所が。
必ずしも、今も己がいていい場所ではない。
フィラキは振り払うように、歩みを進める。
ライが我儘で天使を連れて行くならば。
フィラキにも我儘がある。
それはただ、ライの隣で寄り添い続ける事だ。
仲良くしたい。
そこにはやはり、ある程度動機は必要だと思います。
仲良くなる。
そこにはやはり、ある程度過程は必要だと思います。
だからこそそれらを全部吹っ飛ばして、仲良くなった。
という関係だけがあり、それを平然と享受するライとネージュがおかしいのです。
フィラキが文句を言うのは当然でしょう。
仲良くなるには別に、山のような事件も、谷のような悲しみも必要はないです。
ですが山も谷もないなりに、それなりの仲良くなったという結果にたどり着く道があるはずです。
そして、山も谷があったからといって、道が短くなるということも、私見ですがないと思います。
仲良くなる道。
その道を歩いた、走ったからこそ。
家族、友人、恋人といった仲が良い関係。というのがあるのでしょう。
次回も書き終えたら更新します。
作者というのは貪欲なもので、評価されればそれだけやる気が増す生き物です。
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