本章-1 旅の準備8
ライは歩く。その先にいるのは、雪の白と、青天の青の髪。
一等星を思わせる瞳に、白磁の肌。
色のない表情を浮かべる姿は無垢を想起させ、想像できる年齢よりも幼く。
あるいは、老獪を想起させ、見た目相まって放たれる圧が想像できる年齢よりも成熟させて見せる。
謎の青い輝石から生れ落ち。
そして、フィラキの縛目を対峙しても、縛られることのない。
少女の姿からは、想像出来ぬテロスを内に秘めていることは想像するに難くなく。
そのテロスは化物さえも、ただそこにいるだけで圧倒することができ。
そして人を化物にしてしまう、大いなる危険を持っている。
だが、見た目のまま、少々危なっかしい、か弱い少女でもある。
二面的とでも呼ぶべきか、無面と言える存在。
とにかく今は謎の不思議な少女としか言えないネージュの前に、再びライは立ち。
背に納める漆黒のバスタードソードを引き抜き、逃走するために召喚馬デロスを呼び。
ネージュには高い鞍に乗せようとライは手を伸ばす。
「ついて……」
だが、細指の華奢な手に触れる寸前で止まった。
骨人と共にいることの意味を、例えどれだけ鈍い相手でも分かるだろう出来事がたった今起きた。
行動を共にして、同じような事が起きた時。
ライは自らの武勇で、誰かの身を守ることが出来たとしても、誰かの心までは守れない。
周囲の人間全員に敵意を向けられる恐怖をライは知っている。
その恐怖に、ネージュを巻き込んで。フィラキのように気丈に笑うことが出来るのか。
心が折れることがないと言い切れるのか。
言い切れないのならば、別の手段で保護していた方がネージュの為になるのではないのか。
連れ回そうと決めた時、ライの心中にあったものは。
化物になるかもしれない。故に目の届く範囲で保護するべきという。
凝り固まった大人な理由ではない。
自分ですら理解できていない。強烈な自我。
紛れもない、子供のようなライの我儘によるものだったのだ。
(そうか、そういうことか)
ライはネージュを見てしまった後。
今日改めてネージュを接し続けた後。
唐突に現われ、そして燻り続けていた意志無き骨人の正体が、それとなく理解できた。
なんてことはない、ネージュを欲さんとする己の我儘だ。
我儘が、ライが元より持つ強力な意志と混合してしまい、変に悪化させてしまったのだ。
そして何故ネージュに対してのみ、そんな我儘が起きたのか。
これもライは理解した。
ネージュは特別なのだ。
出自は含まれるが、それだけはなく。
ライにはなく。そしてフィラキにもなく、他の誰にもない。
ネージュだけがライに、強烈な我儘を生み出すほど特別な存在なのだ。
理由もまた、今のライにも分からないが事実として。
骨の体、奥底にある魂、己を構成する完成に響くだけの影響力をネージュは持っている。
理屈ではない直感が、ネージュが特別な存在であるとライに確信させていた。
(ネージュを、連れていっていいのだろうか。それはよい結果をもたらすのだろうか)
だからこそ改めてライは悩む。
そんな特別な人間を、己の我儘によって。
押し付けるかのような特別視によって。
ネージュを傷つけてしまうくらいならば、いっそここで別れた方が良いのでは。
別れたのならば、ネージュによって沸き立つ意志無き骨人にライは悩むことなくなり。
ネージュは骨人と共にいることによる危険、黄金教団が操る化物を屠る白竜騎士と共にいる危険。
様々な危険とは無縁な、陽の当たる場所で自由を手に入れられる。
お互いの為に、なるのではないのか。
まだお互いの素性を深く知らぬ今だからこそ、今すぐに別れた方があと腐れないのでは。
そんな戸惑いがライを躊躇させる。
だが、ふいにガントレット越しに感じる柔らかな指先の感覚に。
ライは意識をネージュへと向け、そして気が付いた。
一等星の瞳の輝きは、眼底の奥底にある深い闇に光を刺していた。
並大抵な光では届かぬ、深い闇を確かに照らしていた。
蕩けるような甘い誘惑がライを揺さぶる。
この果実を手にしたら、大いなる罰。
決して償い事のできない原罪が身に下ると、どこかで誰かがライを警告するが。
ライはそれでも。
「連れてって、ライと一緒にいたい」
命令した訳でも、された訳でもない。
だが、乞い願うように告げるネージュに、ライは首を縦に振った。
(なるほどネージュは特別なのだろう)
ネージュにはまだ謎が多すぎる。あれこれと。悩むことはあるだろう。
そして連れまわす以上、フィラキはまた文句を言うだろう。
だが、もうライは自ら、ネージュを手放すことは考えないことを決めた。
それがライの意志。
(何故なら、彼女は天使だからだ)
ライはネージュと繋がった手を今一度、決意を固めるように握り返すと。
ネージュを姫抱きしながらデロスの鞍に乗り、ネージュは抱きかかえるライに身を任せ、相も変わらず理由が分からない信頼をライに言葉なく告げる。
ライは驚きはするが、信頼される事への居心地よさを感じ、口には出さず。
ライは、デロスの尻を叩いてフィラキも誘う。
「乗れフィラキ!」
「普通前は私じゃないのかしら」
「うるせぇ乗れ!」
前には幼いながらも、完成された愛らしい美少女。
後ろには熟し始め、少女と女性の間を漂う美女。
男冥利に尽きるというものだ、ライは手綱を使いデロスへ指示を出し。
召喚馬デロスは、空を踏めるその特異の力を存分に振るった。




