本章-1 旅の準備6
「骨人だ!災厄齎す者骨人だ!」
「薄汚い呪われた骨!」
「骨人!」
つい先ほどまでは、化物と戦う勇敢な放浪騎士に見られていたかもしれない。
しかし、騎士が骨人であると分かった時点で。
どれだけライが言い繕うとも、どんな行動をとった所で。
大衆には化物に加え、災厄招く悪魔が姿現した以上の結果は変わらない。
「この地が穢れてしまう!」
「教会の奴ら何してやがるんだ!こんな時に!?」
「それになんで骨人と化物が争ってるんだ!あいつら組んでいるんじゃないのか!?」
化物と同等の災厄を齎す、神の敵が目の前に現れたのだ。
恐れて、逃げて、穢れから身を護る。
それはライの背にいる、親子たちも変わらない。
つい先ほどまでは感謝の意が表情にあったが、すぐさま立ち直った父親は子を抱え、
ライから悲鳴を上げながら、離れて行った。
そして先ほどよりも、より大きく円がかかれる。
結局の所、今は安全圏で見る事の出来る化物と骨人の戦いという刺激が。
大衆がライを視界に完全に映さなくなる距離まで、取らせることがなかったのだ。
視線と、視線と、視線。
恐れと、興味と、興奮。
右を見ても、左を見ても、感じる視線の意味は。
お前らとは違うという、とても高い壁、隔ての視線。
見世物のように、視線の中心にいるのはライと化物。
少し離れた位置で、ライと周囲を見回し、困惑するような表情を見せるネージュ。
そして、遠くに大衆。
この距離が、骨人ライという存在に対する、周囲との距離感そのものを表していた。
「骨じぃいぃいんん!お前ぇもその女を食い殺したいのかぁ!?」
「……妙な事を言いやがって。骨がどうやって食うってんだよ」
人を食べ物。
少なくとも、騒ぐ娯楽か。
いざという時に、そこら辺に生えてるただの回復薬としか思っていない。
化物らしい傲慢な考え。
ライは不快感と共に、冷笑するが。
周囲の反応は違う。
何せ、骨人と化物の存在が意味する物は等しい。
「やっぱり骨人も魔の類だ!夜な夜なあいつも人を食い殺してんだ!」
「共倒れしやがれ!骨人と化物め!」
そういった野次もあれば。
「危ないからこっちへ早く!」
「あっ……ライ」
骨人に抱きかかえられていた、誘拐されかけ、危うく殺されそうだった少女。
そうネージュを認識したのだろう、一時とは言え化物を前に立ち圧倒していた少女を、化物共から引き離す者もいる。
反応は人それぞれ千差万別だ。
何にせよ、ライにはネージュを戦いの場から離す行為には助かった。
どうかそのまましばらくは被害者を装ってくれと、ネージュの安否を確認し。
意味のない深呼吸を一回。
これで今度こそ、ライは心置きなく戦える。
化物の両腕を弾き、ライは意趣返しとばかりに、ちょうどよく蹴りやすい位置にあった頭を蹴飛ばし。
後方に数回跳躍してから、サーベルを鞘に納め。
骨人の武器、漆黒の武器、ライの武器。
漆黒のバスタードソードを引き抜き、そのまま腕を逆十字に構える。
「……化物よ死へ還れ。暴食の破剣!」
そしてライは技を唱え、両腕を広げると。
漆黒のバスタードソードが、ライの内にあるテロスによって暴食の赤黒い光に包まれ。
「行くぞ」
さらにライの体からは。
力、闘気、すなわちテロスが、視覚出来る黒い靄のような形となり、ライの体からにじみ出る。
まさに異形、並みの者達から明らかに姿は外れている。
化物と相対する、化物と同様に力を持つ人に。
また誰かが呟く。
骨人、と。
ライは大きく一歩踏み込み、そして駆けた。
ガチャガチャと錆びた甲冑が、不吉な音を鳴らし。
迎撃とばかりに硬質化した両の拳で迎える化物との間合いを、ライは化物の動きを読み切り。
「そぉらぁ!」
振るわれし暴食の破剣、その一撃は。
暴食の名に恥じず、赤黒い光が化物の硬い両腕の肉と血を、喰らい喰らい喰らいつくし。
振り終える頃には、化物の両拳を噛断る。
「うぎゃぁあああああ!?クソぉおおお!」
しかし、化物にはまだ武器がある。
尻尾だ。毒は効かぬがそれも鈍器足りうる威力を持つ。
ブオンブオンと音立てながら、化物はライに尻尾を振るって反撃するが。
ネージュもいない、巻き込む人もいない、気にするものがないライの前では。
ただでさえ傷を負った化物の攻撃程度ならば、錆びた甲冑で受け止めるまでもなく。タタッと軽やかな足取りで躱し。
「尻尾がぁあああ!!」
尻尾と体がすれ違う瞬間を、ライは冷静に狙い。
今度はハルバードを振るい、その斧部位で化物の尻尾を圧して斬り。
化物から血が飛び出し、零れ落ち、溜まり広がる。
「がぁ……ぐぅう……」
縦に割れているかのような両拳を、地に叩きつけながら距離を取る化物。
だが、口からは荒い息が零れ出していた。
決着が近いことをライは、経験から理解していた。
そして、そういった時に限って、化物はろくでもないことを企むことを悟っていた。
「あの女だけでもぉおおお!」
狙いが分かった瞬間。
沸き上がる、故知らぬ怒りがライを支配した。
瞬間、そして一瞬ライの無い心臓部から仄かな青い光が灯ったが、戦闘に集中するライは気が付くことなく。
不自然に普段以上に沸き上がる力を存分に振るい。
「させるかよ!」
ネージュがいる方へ向かう化物を前に立ち、ハルバードを振り下ろし。
ハルバードの鉤部を化物の脳天に刺す。
ライの力と武器の堅さが合わさった一撃は、化物を頭を揺らし、衝撃は体を停止させる。
そして、自らの方向へライは化物を引っ張り寄せると、化物に潜り込むように滑走し。
暴食の光放つ漆黒のバスタードソードを、緑肌の体に深々と突き刺し。
滑走の勢いを利用することで、化物の胴を真っ向に斬り捨てた。
化物は断末魔を上げる暇もなく、血痕こそ残すが塵となり、黒い石を残して消えた。
ライは戦闘による緊張をほぐすように、何度か意味のない浅い呼吸をすると同時に。
武器を掴む両手を握り広げて握り。
改めて周囲を、ライは観察した。
「「「…………」」」
周囲にて取り囲む、悪意、敵意、殺意に満ちた視線。
ライには幾度も経験してきたことではあるが。
大変なのは、むしろこれからだった。




