本章-1 旅の準備4
食事を終えたフィラキに、ライは旅の食糧やら雑貨を買いに行かせ。
ネージュを傍らに置いたまま、ライは今後の計画を立てていた。
最終目的地であるエーリスであることには変わらないが、それまでにどの道を通るか、途中でどんな街があるか。
それと、道中でいくつか噂話を確かめたい場所も、ライにはある。
その噂とは、万病に効く薬だとか、何らかの聖地だとかいう場所だ。
理由は当然骨人から正人に戻る為だ。
骨人自体は遥か昔の正亜大戦の時から記録されているが、その生態は未だにほとんど解明されていない。
数少ない、分かっていることがあるとすれば。血肉なくとも骨だけで動け、必ず漆黒の武具を持つくらいだ。
何故骨だけで動けるのか、何故必ず生まれ落ちた時に漆黒の武器あるのか。
病か、呪いかすらも分からない。
それは骨人であるライ自身ですら、分かっていない。
なぜなら本来骨人は、骨人となった理由を知る前に殺されることが大半だからだ。
死ぬ相手を知る必要はないということだ、骨人という悪魔が昔からいる。多くの人々のとって、それだけ情報があればいいのだ。
その為ライは、手当たり次第にその手の噂話を聞いたら実際に訪れて、骨人にも効果があるか試してみるしかないのだ。
周辺の土地の地図を睨むライと、ライを見るネージュ。
そしてふと、ネージュの視線に気が付き、チラリと一等星の瞳と視線をライは合わせ。
ライの視線に気が付いたネージュは、微笑むわけでも困惑するわけでもない。
ただライを見ているだけだ、何を考えているのかライには分からないが、その行為を続けるのは。
それはさながら花瓶に入った造花を見るような物で、停滞そのものだ。
ライは地図に視線を戻す。
口数も、交流も少ない二人が、二人きりになると。
何とか会話をしなければならないといった、多少なりとも気まずさがあったりするが。
ライとネージュの間には、会話はまったくないものの、その手の気まずさは。
少なくとも、ライには不思議と起きなかった。
視線を交わらせるたりするが、不快だからではなく、何となくネージュを目で追いたい。
そんな気持ちが、自然とライには沸き立つのだ。
そして沸き立つたびに己の中に沸く、ネージュに隷属せんとする意志無き骨人をライは斬り捨てていった。
「…………」
「…………」
広場には次々と新しい人が加わり、見知った者、そうでない者も集まり交流し。
周囲が盛り上がる声の中、取り残されたかのように静かな二人。
けれども、ライにはフィラキと下らない口論をするのと同じく、心地の良い空間で。
そしてそれは、ただ一人で静かに考えるのとは絶対に違う。
ネージュがいるからこそ、感じられる安らぎだった。
再度沸き上がる意志無き骨人をライは、怒り狂いながら斬り捨てる。
この現象は言うなられば、仲良くなる過程をすっ飛ばして、ネージュを大切な友のように、恋人のように、家族のように。
ネージュを、フィラキと同等の存在に思いかねないことと同じだ。
そんな理屈が通らない気持ちがあっていいはずがないのだ。
ライはアーメットを拳で叩き、チンチンと音を立てた。
「はぁ……」
ため息を零すつもりでライは口を開くが、出るのはせいぜい骨の擦れ音。
それと同じように空虚なもので、可笑しい可笑しいとは思っているが、自ら生み出る意志無き骨人を斬り殺し己を律する程度で、具体的な解決案が思い浮かばない。
こんな、不可思議な気持ちにさせるネージュが、はたして己にとって何であるのか。
はっきりと言えなければ、アーメットを叩く手と斬り殺す剣は止まらないだろうと、ライには思えた。
「どうしたの、ライ?」
「何でもない」
ため息に心配したのか、ネージュはライに問いかけ。
ライは首を振って応じる。
そして、改めて一等星の瞳を、白き肌を、幼い唇。
触れなくとも分かる質の良い青と白の髪を見て、庇護欲を掻き立てる愛らしい少女へ、無意識にライは頭に手を伸ばし。
記憶にはない。
だが、体が覚えているとでも言うべき感覚。
かつてライの手に、肉と血と皮膚があった時。
このネージュと言う少女の頭に触れた事が、まるであるかのような感覚を呼び起こされ。
そして、ネージュもまた、その手で触れられた経験があるとばかりに。
ライの手を拒絶することなく、その手を受け入れるかのように、瞳を閉じて待つ。
しかしその手が、頭に触れる直前。
ライはピタリと手を止め、グッと、感情を抑えるように拳を強く握る。
止めた理由は、単純だ。
曖昧な気持ちで、無意識に惑わす少女に手を出してしまったら。
今度こそ今も、ライの中で暴れる意志無き骨人を抑えることができなくなる気がした。
そして、もっとも重大な理由は。
ライには、ネージュに触れるには。
余りにも無数の憤怒と怨恨、そして溢れ零れ落ちる程の血で、手が汚れていた。
つい四日前、己の手で大して罪深くもない亜人。ポート族の多くの大人達を自らの手で殺してきたばかりなのだ。
触れた所で、斬って殺した者達の思念がネージュに移るとまでは、ライは思ってはいないが。
触れてはならない。ライはそう思い手を下ろした。
そして、閉じた瞳を開け。
ライを不思議そうに見つめるネージュの表情が、珍しく明確に、残念と書かれていたことを。
ライは読み取ったものの、そのことを深く考えないようにした。
ライは再び地図を睨む。
しかし、ネージュ以外の理由で考える時間は偶然が与えなかった。
ライ達の立つテーブルに影が落ちる。




