序章 錆の騎士6
幼き子を虐める、悪党共。
それを助けに颯爽と現れしは、甲冑が所々錆びた慈悲深い騎士。
おぉ騎士の英雄譚の始まりふさわしい、英雄的な局面だ。
ほれみろ、騎士の気高さに悪党共は己の悪事を深く反省改心し。騎士に頭を下げ、無給でもいいからと、ぜひ従者にと言っているではないか。
男の子は騎士に、弟子入りを志願し。
周りは溢れんばかりの騎士への歓声が上がった。
「おい、何のつもりだよ」
「何手出ししてんだ!?」
わけがなく。
騎士ライの慈悲はどこへやら、タダで助ける気はなく。
男の子、名をティクという亜人の混ざり者である彼はぽかんと口を開け。
悪党役の男達は、勝手に手を出してきたライにあれこれと文句を言っていた。
では、観客である周囲の人々はというと。
これまでの経緯から男達の方に同情を寄せており、ライが彼らに絡んだことをチャンスと考える者もいた。
これは即興の賭けである。
男達が勝つか、ライが勝つか。
人気は多勢に無勢故に男達。おまけにライは、飛び切りな美人連れ。
ライが負ければ、甲冑と武器を持っているとはいえ、見掛け倒しの男を恐れずに足らず。目の前に堂々と女を誘える。
アウェーだった。酒場の多くの者がライの敗北を望んでいた。
だが、ライ本人はそんな雰囲気も、怒る男達の声もまるで気にしてはいなかった。
ライの手は未だ空。まだ、ティクとの取引は成立していない。
「助けて、くれるんだよな」
ティクの言葉に、改めてライは強く頷いて返す。
ライと男達はグルではないのか、受け取るだけ受け取って逃げるのでないのか。
悪意に揉まれ、すでに大人達に対して不信感しかないティクは、幼い頭でそう考えたが。
結局はティクは自身の心に従った。
助けてやる。名も知れないライはそう言った。
ようやく聞きたかった。言って貰いたかったその言葉を言い切った。
ティクはライを信じた。
「頼む!」
懐から取り出した、ティクの姉か母の物だろう。女物らしい、小さな花の刺繍が入った小袋。
ライは受け取ると、袋の中身の事情がよろしくないのだろう。
不安げな表情を浮かべるティクと、袋を交互に見た後、中身を確認することなく。
張った張ったと二つ帽子の帽子で集金する遊び慣れてそうな男の、重くなさそうな左帽子。
その中に投げ入れた。
そして、それが合図だった。
ライは男の掴んだ腕を振り払い、空いた腕で守らせる間もなく額に掌底を打ち込む。
ライは錆びた甲冑を纏った騎士だ。
当然、素手ならぬ素骨ではない。ガントレットを身に着けている。
当てた部位は滑り止め用の革だが、革も相応に頑丈で、そもそもガントレットというのは金属で出来ている以上重みがある。
それを受ければどうなるか。答えは文字通り、男は吹き飛んだ。
「うわぁ!」
男は額から血を流しなら、背で床に着地する。
ライが性悪なら、吹き飛ぶ位置を調整して、飲食物塗れにすることもできただろう。
だが、ライは意図的にそうはしなかった。
「てめぇ!」
「調子に乗りやがって!」
右に左に、同時に安物の剣を抜き襲う男達。
ライは剣先が胴に届く直前に、臆することなく両腕を伸ばして二人の頭を鷲掴みにする。
そして、その二つの頭をぶつけ合わせると。
白目をむき、どさりと音を立てながら、二人は崩れ落ちた。
「ひっ……」
あっという間に、四人から一人になり。すっかり腰を抜かした、残された一人。
闘争から逃走への気の変化を感じたライは、見逃すことなくその首を掴み、浮かせた。
「かっ、かぁ……」
空気求めて、口を開ける男。
首を掴む腕を何度も叩いても、まったくビクともしないその騎士に心底恐怖を感じていた。
今ライが金品を要求すれば、男は一言も言わずに従うだろう。
だが、ライは顔を近づけ。
「こいつら、片付けおけ」
それだけ告げると、男を解放した。
「はぁ……はぁひいいいいいいぃぃ!」
解放された男は、脇目も振らずに外へ逃げ出した。
だが、ライの言う通り、片付けることなかった。
それでもライは咎めるつもりはなく見送る。
片付けるまでもなく。男達には、少し横になって休めば動ける程度には、ライは最初から加減をしていたのだから。
「「「…………」」」
酒場は再び静まり返る。
ティクが男達にいじられた時と同じだ。
圧倒的過ぎて、それに加えてそもそもライは、賭けから分かる様に敗北の望まれていたのだ。
期待から幾度も外れ、白けたのだ。
だが、表立ってライを非難する者は誰もいない、視線すら向けない。
ただ静かに、ライが去ることだけ、それだけは叶うだろうと期待している。
「フィラキ」
「はーい」
そしてライも騒ぎを起こした以上長居する気はなく。
また、周囲の反応に特に腹を立てることもなく。
騒動の間に、料理を完食させていたフィラキを呼ぶと、マントを翻して酒場を出た。
フィラキはというと、酒場を出る前にライの取り分。
賭けに勝った賞金を回収する為、遊び人の大小の銅貨と小銀貨で溢れる重い右帽子から、にやりと艶のある唇を曲げさせると。
がばりと一握り。
そして左帽子にぽつりと、残されているかのようにあったティクの小袋の中へ入れ。
二回りは大きくなった袋を握ると、ライの後を追う。
「来ないの?」
「あ、うん……」
その際、すれ違い様にものの数分で目まぐるしく変わる光景に。
どこか夢見心地だったティクに声を掛けフィラキも表へ。
残されたティクは、強者がいなくなった途端。
「「「…………」」」
一斉に、この白けた空気の責任を負えとばかりに、非難という槍の視線を突き刺す人々と。
はっきりと顔を見られたことに、言い表すことの出来ない悪寒を感じ。
ライ、名はまだ知らぬけれど。ただ一人だけ、守ってくれた錆びた甲冑の騎士の元へ駆けた。