序章-3 夢の果て17
「いーし……さまー……」
案の定いたとも言える。
青い輝石に、平伏し。祈りを捧げているのか、縋っているのか。
どちらのようにも見える、化物ヴェッセの本体。
軽戦艦に上半身だけが、人型化した影響か。
本体の方の大きさは、人だった頃より小さくなり。
上半身は皮のように薄く、背から軽戦艦を支配していた根が生えていた。
「…………」
ライはそんなヴェッセよりも、美しい青い輝石の方を眺めていた。
だが、それは石のくせして毒を持つ。
近づけば、またどんな目に遭うか分かったものでない。
ヴェッセを殺す事には、変わりない。
だが、近づくまでにライは、意味がないはずの深呼吸を、二度ほど行った後に。
仕事だ仕事だと、自らに暗示をかけて、意を決して近づく。
「……うーん?」
しかし、最初の青い輝石に近づき、頭痛やらの、苦痛セットが起きた線に。
一歩踏み込んでも、先ほどのような頭痛は起きず。さらにもう一歩と、恐る恐る踏み込んでも。
ないはずの心臓部位からは、青い光が出てこない。
(どうなってんだこりゃ。まぁ都合はいいが)
これ幸いと、ライはヴェッセに近づき。
「いし……さーまー……」
「そんなに、誰かに意志の傀儡になるのが、いい事かね……」
ライは、罪人を裁く執行人にでもなった気分でヴェッセに、無意味に語りかける。
ヴェッセは、屑だ。
ヴェッセの手で、命令した口で。
どれだけの罪のない人々が、腐物や化物に、変えられ。
それらに食われ、犠牲になったのか。
ライの中で、白竜騎士としての、正義とやらを定義付けるならば。
ヴェッセを一人殺すことで、千の人々の生活の安寧を齎すとなることだ。
だが、ヴェッセも、ヴェッセに従った黄金教団も、命令か何かで僻地に送り込まれ。
目的を果たし、彼らも故郷へ帰りたかっただけの、人なのだろう。
それを真上から振り下ろされた、力で破壊され、途中からは、その意志を捨ててまで。
黙示録の破戒者と、ヴェッセがそう呼んだ何かに挑み。
その結果が。
化物になる前には、破戒者を殺す為。そう言って、化物になった男とは。
本体を見ていると、ライにはそんな意志があるようには、思えなかった。
同情は、ライはしない。慈悲も、ライはしない。
しかし、どうしようもなく沸き上がる感情を、ライはただ怒りだと、思い込む事にした。
「いし……さ……ま……」
「……まぁ化物になったら、意志の傀儡。そんな考えすら、なくなるのかもしれんな。俺は勘弁だね」
ライは、バスタードソードを素早く二度振るう。
一度目は、ヴェッセの背にある根。
二度目は、ヴェッセの首。
黒い血がドバドバと船庫の床を汚すが。
汚れの原因である、ヴェッセの死体は、そう時間を経たず塵に消え。
近頃ライが相手してきた化物の中では、最大級と言える大きさの黒い石を残し。
ヴェッセと言う。ライには黄金時代なる、異なる何かを信じる敵ではあったが。
自らの信仰に殉じる為に、化物となり果てた殉教者は、正しき死へ還った。
「…………」
ライは、弔いの葉巻に、火をつけた。
毎度毎度、姿形を変えて漂う煙は、見てて少しは面白くはあるが、ライは匂いは好きになれない。
それと同じで、黄金教団がどれだけ信念だ、人類の為と、言葉で言い繕った所で。
彼らは人を攫い、白竜教会に対抗する為に、腐物や化物に変えた。
変えたは決して、人に戻す手が何もない以上。人を殺したという事実を、変えるという意味ではない。
黄金教団達は、人を殺す罪を犯した。だからより、強い者に殺された。それだけなのだ。
「…………」
さて、その理屈で言うのならば。今日だけで、何十と言う異教徒を殺し。
聖王という。
白竜教会において、世でもっとも高貴な存在に、罪ではないと許しを得ているが。
殺しをした事実は、やってしまったという、罪が残る自分が。
より強い者に殺されるのは、いつだろうか。
きっとそう、遠くはないだろう。
何故なら、ライはすでに幾度か。
死にかけている。今回もそうだ。何度か起きたかもしれない不運が、重なり重なり。
うっかり死んでいても、決して可笑しくはないのだ。
だが、何とかライは、生き残ってきた。
そしてこれからも、死ぬ直前まで、全力でライは抵抗はするだろう。
それが意志を持って、生きる"人"の義務なのだから。
骨"人"であるライは、人が皆そうであると思っているから、ライもそうしている。
死が直前に迫ろうと、どれだけみっともなかろうと、歩いて歩かずとも這ってでも、意味ある生を掴む。
それこそが、大いなる意志の傀儡となり、ただ人を殺すだけの"物"とは違う。
唯一無二、人だけが持つ、意志の証明なのだから。
ライは葉巻に火を消して。ヴェッセの黒い石を回収し。
軽戦艦にまだいる腐物の殺処分やら、ラタン村、そしてポート族等。
やるべきことがまだまだあるが、一先ずフィラキの無事を確かめるべく、船庫を一度離れ、歩き出した。




