序章-3 夢の果て13
「聖王直属、聖白竜騎士連盟傘下、冥炎三獣騎士団副団長ライだ。
投降せよ。さすれば聖王の名のもとに、白竜教会は、神を知らぬ愚者達に、白き慈悲を与え、罪を洗い流そう」
フィラキに化物の相手を任せ、ライは自らの立場を明かし、目的を告げる。
白竜騎士の名を聞いて、絶望して諦めて。
投降するならば、情報源だけ残し。後は斬り殺したら終わりで、楽に済むからだ。
だが、ライはこれで彼らが諦めることはないとは思っていた。
何故なら、ここで投降するのと、ここで抵抗し斬り殺されるのは。
どの道大きく変わらないのだから、ライは期待はしていなかった。
周りを見てみれば、ライにはすぐに分かった。
誰一人として、戦いを止める目をしていない。
今この場にいる敵を、どう対処しようかと、考えている目をしていた。
問答無用で、とにかく異端を殺して回る。
そんな白竜教会のやり方は、巡り巡って、こういった徹底抗戦の意識を生むものだ。
「初めまして白竜騎士ライ。私は黄金時代の敬虔なる信徒の一人。ヴェッセ・ハーカー」
やや大げさな身振りを混じらせながら言うヴェッセ、しかし視線は一度としてライから離れることはなく。ライを睨みつけたままだ。
何故なら、ライはようやく会えた憎い追跡者。そして今まさに、帰還計画をぶち壊そうとする厄介者。
けれども力は、圧倒的に相手が上。抵抗して殺されるならば、他の手を見出すしかないと考えるのは自然だ。他の手とはそう、未だに前例がない。
白昼騎士を、化物にして操ってしまうとかだ。
「交渉をしないか」
「異教の者の言葉に、耳を傾ける必要はない」
「それは異な事をおっしゃる……あなたは耳を傾けるはずだ。
何故なら、異教の者の言葉を、聞かぬというのならば。
最初からラタン村の亜人共……ポート族などといったかな、奴らは貴方の剣で、斬り伏せられているはずだ。異教の者を討つのが白竜騎士なのだろう?」
ヴェッセの言葉に、ライは口を閉ざす。
事実だからだ。
白竜騎士というのは、異教の存在を許してはならない。
その為に、聖王が直々に。異教徒の殺しの罪を、罪としない。
免罪する代わりに、異教徒を殺しても良いという、積極的異教狩があるのだ。
ライの思想は関係なく。
下された指令の内容は本来。
例え異教徒の民の本質が善良であっても、言葉を交わすことなく、殺さねばならないのだ。
ヴェッセは、見抜いていた。
この騎士は、若くそして甘い。
自らの評価が下がる。その行為は、名誉を重んじる騎士には、あってはならないはずなのに。
不利益を被ることになったとしても。
白竜騎士ライは、ラタン村の人々と一度会話をすることを選んだ。
彼らの人となりを知り。
ポートンという異教の神の信仰を捨てぬと、断言されて尚。
ポート族は善良で生きるに相応しいと判断し。摘み取るべき、異教の芽を絶やさず残す。
白竜騎士としてふさわしくない、立ち振る舞いをしている。
これは白竜以外の神という存在を認めない。
白竜教会への、背信行為だ。
聖王直属である白竜騎士であるのならば、猶更許されるものではない。
容赦なく斬り殺す冷酷さを、ライは持っているが。
他信仰を視るだけの、柔軟性がある。
ライの行いを顧みて、そこにはまだ。
徹底して異教の排除を行う、他の白竜騎士とは違い、隙がある。
ヴェッセは、甘いライならば話に乗る、そう判断したのだ。
「貴方は、見てみたいと思わないか?我ら黄金帰教団が見出した。人が持つ神秘を解き放つ輝石。その美しき原石を」
「人が持つ神秘?輝石の原石?貴様らが生贄に捧げ。醜い腐物や化物共にした、白い輝石とは別の物があるとでも言うのか!?」
ライは言葉を荒げ、ヴェッセにバスタードソードを突き付けながら問う。
腐物化物が人の持つ神秘と言い表すとは、正気なのか。
あんな意志のない物に変える恐ろしい物を、美しいと言うのか。
正気なのかこいつらは。ライは心底思った。
やはり黄金教団の存在は、危険だ。こいつらはポート族とは別だ、殺すしかない。
一方で、剣を突き付けられたヴェッセは、冷や汗一つかくことなかった。
周囲は好機とばかりに、長銃に弾を込め。
肉石で腐物を操り、肉壁のような陣形を汲んでいる中だった為。
その態度は、ヴェッセの余裕をより目立たせた。
「……ならば付いてきたまえ。我らが黄金時代を開く鍵を見せてやろう」
平然とクルリと背を見せ、船庫へ向かい歩き出すヴェッセ。
迂闊な動きに、さすがのライも少しばかり驚き、内心罠だと思ってはいながらも。
他の者達より、黄金に近い布を身に着ける。そこそこに身分が高いヴェッセを、戦いの中で、見逃す訳にはいかない。ヴェッセの背に、剣先を向けながら続く。
実はもう一体、化物を待機させている。
船に積んである火薬を爆発させて、心中を狙っている。
ヴェッセが帰還を諦めて自暴自棄になっているのならば、後者かもしれないが。
ライは、ヴェッセ達が帰還を諦めているようには思えず。
罠にするならば前者と思っていた。
そもそも罠だと思っているのならば、付き合わずに捕らえてしまうのが、ライには最良の手かもしれないが。尋問するまでもなく、敵側から情報を横流しをしてやる。
期待はしていないが、そう言っているのだから。少し付き合った後に、ヴェッセを捕らえても遅くはない。ライはそう考えたのだ。
薄暗く、二人分の足音しか鳴らない静かな船の通路。
外は未だに、焼夷弾の影響で、燃えているだろう、フィラキもまだ化物と戦っているだろう。
けれどもその通路はやけに静かだった。
不気味とも、荘重にもとれる静けさだった。
世間話の一つでも出来れば、まだ気が紛れるかもしれないが。
生憎、白竜教会と黄金教団は互いに敵であり難しい。
静かな通路を歩くにふさわしく、どちらも静かだった。
軽戦艦と言えども、百以上の人や生きていく為の物資が乗せられるだけの船だ。
相応の時間を要し。船庫の奥、雑多に積み上げられた物とは違い。
明確に場所を取って別離している。黄色布で装飾され、祀られている。
巨大、そして強い光を放ち。幻想的な輝きを魅せる、青色の輝石をライは見て。
戦いの中、不覚にも。
その美しさの前に、宝石類に興味がないライですら、見惚れた。
「こいつは……人か?」
だが、輝石の中に、うっすらとしているが確かにある人影をライは捉え。
石の中に、人みたいな物がいる。
そんな不可思議な点に気が付き、ライは驚くと同時に、ヴェッセが神秘に思う訳だと納得もした。
正人、亜人、混ざり者、そして骨人。
人と扱われる者達の外見は、多種多様あれど。
石の中に人がいるという前例は、ライも聞いたことはない。
そういった訳の分からない。しかし、神々しく光放つ美しい物に対して、何か名付けるとなれば。
なるほど、神秘と言うほかない。
「アル・アイドラ・レシゼウス・テロス・オースド・アニュード」
「腐物か化物に変える詠唱らしいな。だがそいつは、貴様らが持つ白い輝石を、相手に飲まないと意味はないはずだ」
「その通りだ……今まではな!!」
ヴェッセの声と同時に、事前に周囲に待機させていたらしい。
腐物が突然数体現れ、ライを取り囲みながら襲い掛かる。
だが、最初から罠だと思っているライは、バスタードソードとハルバードを、ただぐるりと回り、腐物を薙ぎ払う。
(何だ罠と言ってもこれくらいか)
罠と言うには、単純すぎて面白みが欠ける事態に、ライは拍子抜けしたが。
黄金教団の教えを広めるために。侵略する戦士や工作員というには、黄金教団が掲げる目標である。
黄金時代の本質に迫る。
学者や研究者。より正確に言うならば、信徒に説教して回る、神官的人物であるはずのヴェッセが。
「うぉぉおおおおお!!」
いつの間にか手にしていた、紫色の奇妙な胞で出来た鍵。
紫胞の鍵をヴェッセが握り、愚直に突進してくるものだから。
ライは、ヴェッセの正気を疑いつつ。
ヴェッセと違い。
本職が戦士であるライは、素人の攻撃を軽やかな動作で振り払い。
理解できないが、情報は握っているだろう、参考人である相手を、無傷で捕らえようとしたが。
ライにも、またヴェッセにもまったく、想定出来なかったことが起きた。
一歩。
たった一歩、青い輝石にライは近づいた。
それだけである。それだけであるが唐突に。
雷に打たれたかのような強い衝撃が、荒れ狂う波のように、連続した頭痛となり襲い掛かった。
幾多超えてきた戦いの中で、痛みには相応の耐性があるライですら、左手に持つハルバードを落とし、立っている事がままにならない。
激しい痛みが、ライを襲い掛かった。
「ぐっ……がぁ!?がぁああああああああ!!」
そしてその痛みは同時に。
何故か、ライの最も触れてほしくはない記憶を抉りだしていた。
白竜よ、白竜よ、我らが救いにして、完成の主よ。
我らを救い、導き、完成を示したように。
どうか彼らを救い、導き、完成を示してください。
我らは彼らを聖別します。
我らは彼らを御許に捧げます。
白竜よ、白竜よ、我らが救いにして完成の主よ。
よくある聖歌、よくある異教徒への別れ歌。
そんな歌が歌われる中で行われる狂宴。
白竜への教えに逆らい、骨人を匿った者達に行われる私刑。
逞しい父親は、滅多刺しにされ殺された。
優しい母親は、目の前で犯され、汚液に塗れてまま火で焼き殺された。
無垢で小さな妹は、股から杭を打ち込まれ悶死した。
そして最後に、光が奪われた。
――が、ライになる前に起きた。
ライの骨と、記憶と心の奥底で、未だに鎮座する。
闇。
「てぇんめぇえええ……!!」
激しい頭痛は未だ止まず。けれども、沸き上がる激情が体を止めず。
ライは幽鬼のような足取りで立ち上がり、悪鬼のように殺意に満ち。
あるはずのない心臓の部位から、何故か青い光を放っていた。
「青い心臓……青い光!馬鹿な!黙示録に記される。輝く青の心臓の持ち主なのか貴様!?」
ヴェッセが驚いているようだが、今のライにはどうでもよかった。
最も触れられたくない記憶が、唐突に蘇り。
激しい頭痛が鳴り止まず。
一歩、一歩と青い輝石から離れると。
行かないで。
青い輝石が意志を持ち、引き止めるかのように。
ライの心臓は、激しく燃え、痛み始める。
その鉄を溶かす炉に、入れられたかのような、熱い心臓をライは左手で押さえつけ。
激痛を、怒りと殺意と憎しみで塗りつぶし、ライは右手の黒いバスタードソードを強く握り。
ヴェッセに歩む。
そしてヴェッセもまた、ライの心臓から放つ青い光を見て、冷静さを失った。
青い心臓、青い光を放つ持つ者、究極の完成の破戒者なり。輝ける黄金時代を、無に還す者なり。
そう黄金教団にのみ伝わる、黙示録に記されていた。
絶対にあってはならない物が、今目の前にあるのだから仕方ない。
ヴェッセには、もう故郷への帰還の為の戦いではなく。
人類の大敵との、聖戦となった瞬間だった。
「ヴェッセ!……あいつは!?」
「がぁああああああああ!!」
「あの騎士が。あの騎士が、黄金時代の破戒者。我らが人類の敵……クックックッ……」
二人の尋常ならざる事態に、密かに後を付いてきたいたルマは飛び出るが、同じくライを見た瞬間。
黙示録にある破戒者。
伝承が、そのまま形成しているかのようなライに感づき、驚きこそ隠せないが。
先に場にいた二人がどちらも、冷静を投げ捨てた後だった為。辛うじてルマは冷静だった。
ただ、余りにも畏怖するしかない光景に、体から力が抜け落ちた。
「輝けし黄金時代よッ!!!今私は私の完成を悟った!あの男を殺すことが、私の完成!紫胞の鍵!これがあの騎士に刺せず!まだ我が手にあるのもまた、運命!!」
「ヴェッセ!それは……!」
刺せば化物になる。
ヴェッセが、ヴェッセでいなくなる。
そんな思いをルマが告げる時間もなく。ヴェッセは聖戦への力を得るが為に、己の心臓に紫胞の鍵を埋め込んだ。
「黄金時代再来あれ!人類に栄光あれ!あの騎士に、黄金の破戒者に滅びあれ!!」
紫胞の鍵が、ヴェッセの中に入ると同時に。
力を求めるその願いに応じるかのように、変化は瞬時に起きた。
ヴェッセの体が溶けた。
そして、植物の根のような物が一斉に生え始め、周囲に伸びる。
「な、何で私まで!?い、いやぁあ!た、助け……」
哀れ、根は傍にいたルマを飲み込み。
「かみさま……」
根は気をほとんど失いかけているライも飲み込んだ。
そして、根はすくすくと育ち。
「あれは!?ヴェッセは!?肉石のせ――」
黄金教団の同士、腐物、大砲、あらゆる物を飲み込んでいき。
やがて、軽戦艦を飲み込んだ。




