序章-3 夢の果て12
愉快な光景。
そう、問われて人は色々な光景を夢想するだろう。
例えば甘い菓子で作られた家。例えば高い城で見下ろす夜景。
例えば、時間をかけて作り上げられた文化と、一つしかない命が、次々と破壊し燃えていく光景。
しかも、己が一声で次々と映すとなれば、猶更だろう。
「良い光景だ」
「最高ねヴェッセ」
「あぁあれを見てみろよルマ」
家が燃えていた、人が燃えていた。それが面白い、それが楽しい。
けれども、ヴェッセとルマにはまだ足りない。
もっと悲劇が欲しい、生々しい感情が見たい。
この程度では憂さ晴らし出来ない。
そう思っていると、まるで用意されたかのように、軽戦艦に向かってくる亜人が三人。
誰もが血走った目で、裏切った者達に報復を与えるべく、銛を片手に恐れることなく軽戦艦に走る。
だが、それは軽戦艦を破壊しうるだけの力なければ、無策だ。自殺行為に他ならない。
「行くぞ……行くぞ」
興奮を抑えきれない為か、子供の様に二度言葉を繰り返すヴェッセに、同調するかのように頷くルマ。
それほどに愉快なのだ。
圧倒的に優位で安全な状況で、一方的に命を奪っていくのが。
「放て」
首に下げた、鼓動する肉石をヴェッセは握りしめ。
腐物に命令を出す。
腐物はヴェッセの指示通りに。旋回砲の砲口を、近づく三人に向け。
ヴェッセの言葉と同時に、砲に点火する。
大砲程ではないが、相応に大きな音を鳴らし、ぶどう弾が飛び出す。
その弾は小さな球形弾が木板と袋で作られ、質こそ正規の物に比べれば雑だが。
殺す目的ならば包丁も剣も、大きく役割が変わらない様に、十分な威力を持つ。
決して許さぬ。決して死して忘れぬ。海の神ポートンの怒りを受けよ。
そんな、強い恨み込められた断末魔が三つ上がった。
しかしそれを見て、聞いていたヴェッセ達は恐れるどころか、ますますご機嫌にさせる。
何故なら彼らも、抑圧されてきた側の人間。
目に映すのも汚らわしい。
薄気味悪い白トカゲを信仰する、異教徒蔓延る地に。最近は行く先行く先で、しつこく付きまとう錆の騎士に追われ追われ。
散々堪った怒りが、愚かで間抜けで馬鹿な、亜人共相手とはいえ、ようやく発散でき。
そして、同じ信仰を共有出来る。
同士に満ち溢れた輝かしき地への帰還を果たすことが出来るのだ。
加えて、黄金時代を奪った、白竜に対抗しうるであろう。
人を人ならざる姿へ変化させる。黄金帰教団がすでに持つ。不可思議な力を持つ白い輝石。
それと同質であり、合わさることで更なる完成へと至らしめる、青い輝石を運び終えた暁には。
金糸と黄糸交じりの半端ではなく。
全て金糸で編みこまれた、高級神官へ昇格もヴェッセには、夢ではないのだ。
そして、黄金時代の大きな一歩を貢献し、富と名誉を欲しいがままにし、さらなる黄金時代の探求が出来るのだ。ヴェッセ達生き残った黄金教団達が、愉快なのは当然だった。
ラタン村を焼き払うのも、祝砲程度にしか思っていない。
「ハーッハッハッハッハッハッハッ!」
高らかに笑い声をあげるヴェッセ。それはもはや、勝利宣言に等しかった。
少しずつ、白い輝石の力で異教徒を変化させ、百を越した大量の腐物。
白と青の輝石が合わさったことによって生まれた、紫胞の鍵の力で生まれた。元ギョルドの化物。
そして、中破した物を修復した軽戦艦。
帰還の為の乗り物と、その力が全て揃った。
止められる物ならば止めてみろ。
そういったヴェッセの、誰に向けらた訳でもない挑発が込められた笑いだった。
だが、ヴェッセの意図せずその挑発に乗った者がいた。
「錆びた甲冑!錆の騎士が来たぞ!」
「あちらから来たか……!」
先ほどの亜人達とは比にならない速度で近づく、錆びた甲冑の騎士。
逃げても、逃げても、追ってくる。
ヴェッセには、どこの恨みで生まれた復讐者かも知れないが。
極めてしつこく邪魔な騎士の出現に、甲板の手すりを握る力を強くさせ、にたりと口を歪ませた。
気を晴らすという意味では、騎士を殺害は必須ともいえる。
ラタン村を焼き払った後、追跡の手を遅らせる為にもギョルドを向かわせ。
死んだか確かめようとしたが、その手間が省けたのだ。
「旋回砲、大砲。照準をあの錆の騎士へ!」
数はいるが、機敏さはない。ゆったりとした動作で砲を向ける腐物達。
そしてヴェッセ、ルマ、生き残った者達。その他多くの犠牲になった、同士達の恨みを込められた砲弾が装填された。
大砲16門、旋回砲4門の合計20門の一斉砲撃をヴェッセは指示し。
瞬時に上がる、ラタン村を焼き払った悪魔の産声。
轟音、そして砲から一斉に飛び出す面の攻撃。
砲から放たれた弾丸は全て、人に掠ろうものならば。
甲冑を着ていようが、只では済まない死の弾だ。
だからどうか、ここまで届く断末魔を聞かせてくれ、
ヴェッセ達は、散々追いかけてきた騎士に、こうも簡単に死を与えるのが、少し残念に思っていながらも。着弾する寸前までは、余裕をもって眺めていたが。
「何……!?」
ヴェッセ達は、目を見開いて驚愕することとなった。
何故なら騎士は、瞬きすら許さない死の面を飛び超え、軽戦艦の甲板にすら届く高さまで。
並みの人間では、届くはずもない高さまで跳躍した。
錆の騎士の動きを、ヴェッセは初めて見ることとなったが、その動きは想像を超えていた。
「銃構え!」
けれども、それで呆けている程、ヴェッセは抜けてはいない。
空中にいるのであれば、それを機とすればいい。すぐに考えを切り替えられることが出来る、それ故に相応の立場にいる人物だ。
ヴェッセはまだ、錆の騎士の動きに、呆けている同士に指示を出し。火打石式の長銃を、発砲させた。
相手は、翼が生えていない鳥ではない。空中であるならば、身動きが出来ず、躱すことは出来ないはずだからだ。
「弾を斬った!?」
しかし、現実は躱す以上の事を起こした。
騎士は空中で両の手の武器を振るい、弾丸を斬り落とし。
そして甲冑と言う重さを、ようやく表現するかのように。
軽戦艦の甲板を突き抜け、軽戦艦全体を揺らしながら着地した。
同時に、砲列甲板にいた腐物達の断末魔が上がり、砲弾を全て無駄にしているのだろう。
少し時間が経つと、割った甲板の淵に手が生え。
黒い血に塗れた、錆の騎士が這い上がった。
「…………」
一瞬、時が静止したかのように静まり返る。
右手に漆黒のバスタードソード、左手に月光のハルバード。
それらを手に持ち立っているだけの、錆びた甲冑の騎士が放つ。
ギロリ、そんな暗い穴底にいた毒牙持つ蛇に似た。
薄気味悪く獲物を狙う、本能が畏怖を訴える視線。それが、閉じられているバイザーが、軽戦艦にいる者達の動きを静止させた。
だが、彼らは見合う為にいるのではない。
互いの目的を、果たす為にいるのだ。
そしてそれは、どちらも戦うことでしか、成し遂げられないことだ。
「行け!出来損ない共!」
真っ先に反応したのは、ルマだった。肉石で腐物達を操り、一斉に騎士を襲わせる。
ただ、腐物は武装している訳ではない。
元はただのそこらにいた者達で、騎士のような立派な鎧もない。
殴るか噛みつくかくらいの、幼稚な攻撃手段しかない腐物は。
ハルバードの一閃にて、体を両断され黒い塵と化す。
その際に、騎士の首元で揺れる、輝く七色の光を目にした黄金教団達は、相手が何者であるのか悟る。
「なるほど。私達は最初から、白竜騎士に追われていたという訳か」
ヴェッセ達は錆の騎士の正体が、クラナス村へ向かわせるよう。
数体の化物と、同士を囮にした辺りから、白竜騎士である可能性を、考えていない訳ではなかった。
ただ囮にした者達から、何らかの形で連絡を取る手段がない以上。
漠然と、化物と腐物を殺したのかどうか分からないが、確実に追跡してくる者を、不安視するしかなく。
その常軌から逸脱した身体能力と、首に下げられている首飾りを直に見て、ようやく白竜騎士だと確信できたのだ。だからこそ、それに一時でも拮抗しうる相手を用意しておいたのだ。
「頼みましたぞギョルド殿」
ヴェッセは肉石を握り。
ギョルドに命じた、あの騎士を船から突き落とし殺せと。
「意志様のぉ!仰せの通りにぃ!!」
船室にて待機していた。ギョルドがドタドタと走る。
その姿は元々は亜人なだけあって、手も足もあったギョルドが。
手は失ったが、代わりに頭が体に釣り合わない程、元の倍では済まされない程全身含めて巨大化し。
生物として生きていく際に必須となる、歯の噛み合わせなんてものを、考慮していない。
食うよりただ殺す為だけに特化した、鋭く長い牙だけが生えた奇怪な化物となっていた。
化物を殺す程の実力を、持つのが白竜騎士。けれども、相手は人知を超えた力を持つ化物。
自らが信じる。黄金時代の神秘に触れた、化物の方が勝に決まっている。
勝てるものか、化物を相手に、成すすべもなく死んでしまえ。
ヴェッセは、騎士に向かうギョルドを見て、さぁどうなると期待していたが。
「フィラキ!!」
初めて騎士が言葉を発した、名。
それに応じるように、いつの間にやら、海側であるはずの右舷から、突如現れた。
赤髪を揺らす、まだ少女を残した女性が、助走なく。
化物となったギョルドを、陸地まで吹き飛ばす程の、勢いある飛び蹴りを食らわせ。
騎士の隣に、並び立つ。
「殺せ」
「えぇ、任せて」
僅か二三言葉を交わしたかと思えば。
蹴飛ばした元ギョルドの化物を、殺せる自信があるから追い。赤髪の女フィラキは、軽戦艦を降りた。
そして場は、また沈黙に包まれた。




