序章-3 夢の果て10
突如響き渡った、地を割るような爆発音、一人の人間が生み出すには、起こりえない音に。
サーベルで貫かれた肩や、全身の痛みを堪え、ギョウはキーナを置いて、銛を片手に家から飛び出す。
そしてそう時間を経たず、真っ先に目に映る光景は、自身が負けた時点で想像するに容易い。
急所を斬られ、苦しむことはなかっただろう。
だが、斬殺された死体の山と、血の池という惨状が広がっていた。
即ち、斬り殺された者達は全員。白竜騎士という強者を目の前にしながらも。
アンクフィと。信仰心のない嘘偽りだらけでも言えば、命は助かるにも関わらず。
ポート族の意地と誇り、ポートンに対する信仰をその身で示した。
真の勇者達の死体であった。
時間があれば、ギョウは彼らに額を地に着け謝罪がしたかった。
勇者と呼ばれながらも、ライに負けてしまった事。
そして意気地な自身に代わり。
ポートンに背信したキーナと、それでも受け入れたライの慈悲により、生き残ってしまった事。
それら全て、ギョウは謝罪がしたかった。
だが今、ギョウをそうさせるだけの状況ではなかった。
「何故だ、何故船が俺達を砲撃している……?」
次から次へと、火が広がる。
火を放つのは、異教徒狩りをするライではなく。
明日ポート族が皆、夢と希望を抱いて乗るはずだった船。
それが今はポート族と、生まれ育ち。
愛着は持っているラタン村を焼き払う、悪夢と絶望に変わり果てた。
「みじ……み……みみ」
掠れた声で水を求める、子供の声がした。ギョウはそちらへ目を向け、あまりにも悲惨な姿に、目を逸らしかけた。
それは、焼夷弾が家に直撃し。
べとべとで粘り気のある火によって、家具が焼かれ、肌も焼かれ、命からがら家から飛び出したが。
魚人という種には、致命的となる肌の火傷と乾燥を。本能が、大量の汗を噴出させて、なんとか癒そうとするが。それでも追いつかない程に、或いは汗すら出せぬ程、火で肌が焼かれ過ぎた姿だ。
これまでは、潮風からポート族を守ってきた石造りの家が。
今では焼夷弾の火を、易々と広げない代わりに。
ライには関わらなかった、非戦闘員である。新天地にて、次の世代を担う未来ある子供達を。
村を、家を捨てていくポート族を、家が意志を持って恨むかのように。
今は生半可では、死へ逃げることを許さない。
苦しめ、焼いて、乾かし、蒸し、さらに苦しめ殺す装置となり果てた。
同じ死ならば。腕のある者に、さっさと斬り殺された方がマシと言う。
どちらも地獄という、救いのない地獄を生み出していた。
「待ってろ今水を……!」
瀕死の子供を見たギョウは、周囲を見渡し水を探す。
海ならば、水はいくらでもあるが、運ぶ間に子供は死ぬ。そして、海へ行っても待つのは軽戦艦の大砲と旋回砲だ。どこかに水瓶はないかと、ギョウは探すが、まるでギョウを嘲笑うかのように。
ライと群衆が戦っていた混乱の中、今も飛来する焼夷弾の混乱の中、割れたか零れていた。
「死ぬな!頼む死ぬな!」
水がない。それならば仕方ない。
それで諦められるほど、ギョウは非情になれなかった。そして正気ではなかった。
水がないならば、代わりを用意すればいい。
ギョウは先ほど、ライにより貫かれ包帯を巻かれた肩を指先で突く。
「がぁああああああああ!!」
刹那、襲い掛かるのは、サーベルに貫かれた時と比ではない激痛。
視界にチカチカと、見えてはいけない物が、ギョウには見えたが。傷口から血があふれ出す。
どうか死なないでほしい、どうか生きてほしい。
その思いだけでギョウは、痛みに耐えた。
だが、それすらもまた嘲笑う様に、ギョウが改めて子供を見た時には。
「…………」
すでに、苦しみ抜いた後、死に絶えていた。
「あぁ……」
救うことが出来なかった、その現実がギョウに押しかかる。
だが、それを悔やませる時間をくれなかった。
近くで何かが動く音がしたギョウは、そちらに目を向け。
「――!うわぁああああああ!」
焼爛れた体で必死に家から這い出て、力尽きた新たな犠牲者を前に、ギョウは叫ぶ。
その叫びは、犠牲者に対する追悼の物だったのか。
火に燃えて醜く、恐ろしい物を見た恐怖の悲鳴だったのか。
ギョウには分からない。理解する暇を、時をギョウに与えない。
「熱いよ!熱いよぉおおお!」
「誰か助けて空けて!」
「急いで火を消せ!家の子供を連れ出せ!」
「船から砲が来――!」
耳を澄ませて聞いてみれば、あちこちで聞こえる。暮らしてきた家に閉じ込められて助けを求める子供の声。憎き敵となったライを討つよりも先に、そんな子供を助けようと動き。
運悪く新たに犠牲になる大人の声。
子供も大人も関係なく上がる悲鳴。
ギョウの体はふらりと揺れ動き、片膝を着く。
激しい痛みと、出血がギョウの意志を蝕む。
(黄金教団に裏切られた。白竜騎士が来た以上。白竜教会も我らポート族の生存を、ただでは許さないだろう……長も、もう生きていないだろう。いや今何人生き残っているのだろうか)
どこで間違えた。
朦朧とする意識の中で、ギョウは考える。
先祖が白竜教会に屈した時?
父親の死体を見て憎しみを抱いた時?
自分達が黄金教団に手を貸した時?
ライが来た時?
毒を盛った時?
そもそもポートンという神を信仰した時?
人生とは選択の繰り返し。そうであるかもしれないが、生まれる前から、選択を間違えているとまでは、ギョウは思いたくはなかった。
思ってしまったのならば、ギョウという男の人生は、生まれる前から間違いで。
生まれるべきではなかった。無価値であると、他ならぬ自分自身で、認めてしまいそうだった。
「ポートンよ、偉大なる海の神ポートンよ。我らはどうすれば……」
ライの時には、ギョウは意志が溶けた折れなかった。だが、今度こそギョウの意志は折れかけた。
次から次へと、状況は悪い方へ悪い方へと転げまわっていき。
ついには、今まで一度として疑うことのなかった神にすら、疑惑の念が沸き始めてしまったのだ。
そんな中で、辛うじてギョウがまだ意志を繋ぎ止めているのは。
ポートンへの信仰でも、勇者としての意地でもなく、キーナの存在だった。
(キーナ。そうだキーナはまだ生きている。彼女を連れていっそ二人で……)
だが、キーナと共に二人で逃げた先に。
もう随分と昔のことのように思えてしまう、あの時。
ライと、フィラキと話していた時に見せた。あの心から楽しそうに笑うキーナの姿が、ギョウには思い浮かべることが出来なかった。
「―――――――――――――――ッ!!」
そして、たった一度でも神を疑い、一族そのものを捨てようとした勇者に。
止めを刺すかのように、砲弾の音が鳴り響き。
焼夷弾が、キーナを残したままの自身の家に直撃する瞬間を、ギョウは見た。
叫んだはずだが、もうギョウには何も聞こえなかった。




