序章-3 夢の果て9
軽戦艦。
所謂軍艦の一種であるその特徴は、ある程度の戦闘力を確保しながらも、帆の恩恵を受け速く。
そして、長距離の航路も可能としている。
乗員も必需品を乗せることを考慮したとしても、小さな村の人口程度ならば、全員載せられる程度には広い。だが、今軽戦艦に乗っている人は。
黄金教団のヴェッセとルマ、各地に潜伏活動していた数名の教団員。
そして、拘束され明日乗るはずだった船に今乗り。
軽戦艦に搭載された砲、32門の片面16門の砲門の一斉掃射により。
焦土にされていくラタン村を、絶望に染まった表情を浮かべるポート族の長ギョルドだった。
他にも乗っている物はいた。
そう、見た目は汚らしいが。単純動作程度ならば十分に、肉石の操作で動かせる腐物達だ。
かすかに呻き声を上げながら、せっせと大砲に焼夷弾を詰め込み弾を放つ。
真新しい船に表するには変だが、それはさながら、幽霊船のような光景だった。
「砲撃を止めろ!あそこには皆がまだいるのだぞ!?」
「そうはいきませぬ。我らは、あの錆の騎士に、白竜教会に、散々苦渋を舐めさせられましたからな。同士達の弔いの為にも殺さねばなりません。そもそも。ラタン村は捨てていくつもりだったのでしょう?焼き払っても問題はあるまい。違いますかギョルド殿」
「とぼけるなヴェッセ!砲を止めんか!」
錆びた甲冑の騎士が、ギョウを殺し。
今広場で、大人達相手に大暴れしている。
そう、息を荒くしながら報告してきた子供を腐物で殺し。
銃を向けられ、拘束された時点で。ヴェッセ達に裏切られたことは、ギョルドは認めたくはないが。
今まで黄金教団に利用されていた事に、気が付いた。
利用され、船だけを奪われるだけならばまだしも。
自分達への恨みではなく。たった一人と、どうでもいい白竜教会の恨みの為に、ポート族が巻き添えを食らっている。ギョルドが、ヴェッセの凶行を、許せるはずがなかった。
「騙された亜人が何を言ってるのかしらね。この船に最初から、亜人共の居場所はないってだけよ、勿論新天地。とやらにもね」
「ふざけるな!我らの悲願をっ……!何だと思っているのだ!?」
ポート族は、領主と白竜教会に弾圧されてきた。
その解放を望み。黄金教団に手を貸したのは、ギョルド含む今を生きる者達だ。
だが、その仕打ちが、ラタン村と共に焼かれる。苦楽を共にしてきた、仲間達という地獄絵図。
それを招いたのは、弾圧してきた領主と白竜教会か、裏切った黄金教団か。
はたまた先に白竜教会を裏切ったポート族か、ヴェッセを追い込んだ錆の騎士のせいか。
後悔と、無念。その二つを噛み締めるギョルドだが、何をしようにも、もう何もできない。
偉大なる海の神ポートンに、どうかポート族の皆を救いくださいと、祈ることしか出来ない。
しかし、それすらヴェッセ達は許さない。
そう主張するかのように、ヴェッセは同乗している教団員に、決して目を逸らすことないよう、ギョルドの目を開かせるように命じ。
ルマが持つ装飾箱から、得体の知れない物を取り出した。
「安心したまえギョルド殿、まだ貴方には白竜教会への恨みを晴らすべく、役に立っていただく」
「な、何をする気だ」
それはさながらすじこのような、ぬめりがある物だった。
ヴェッセは平然と手に持っているが、持つにはあまりにも。
汚いよりも先に、おぞましいと感じさせる見た目をしていた。
「10年ほど前。我ら黄金教団に齎されたある女の残留物。
白い輝石。それと強い繋がりを示した青い輝石。それらを混じり合わせた時生まれし。紫胞の鍵」
今、何と言った。
ギョルドはヴェッセが持つ紫胞の鍵を見て、疑問符が頭に満ちる。
船運んでいたあの青い輝石が、それと似ているらしい白い輝石に合わさり。
どうして、紫色の泡みたいにナニかになるのだ。
胞と呼ばれるような物ならば、なぜヴェッセが手に持っても、依然として鍵の形を保ったままなのか。
どうして、紫胞の鍵を見るだけで、酷く背筋が凍るのか。
ひどく常軌を逸した何かであることは、ギョルドは老いた身に、刻まれた記憶と経験から感じ取った。
そして実際に、それを使用した結果がどうなるのか。
自慢する子供のような、晴れやかな顔で、ヴェッセは口にした。
「これを使えば、詠唱を唱えることなく。人が持つ神秘が解放される。そして、崩れた失敗作ではなく。大いなる意志の受信者になる」
「止めろ!ヴェッセ!止めてくれ!」
大いなる意志の受信者、その意味はギョルドは知らないが。
とにかく、不吉な鍵が額に近づくにつれ、拘束されている体を捩り、なんとか脱出しようとするが。
押さえつける教団員がそれを許さない。
「黄金時代を踏み出す大きな一歩への礎よ、名誉に思いなさい」
ルマは名誉というが、ギョルドはここにきてようやく悟った。
こいつらは、人と同じ耳をしていながら。
意志が一切通じない。
「うわぁあああああああああ!!」
紫胞の鍵がギョルドに額に入り込む。
それ自体は不思議と痛みはない。
だが内側から、満ち犯され溶けていく。
冒涜的な感覚を味わうギョルドは、自分が自分でいなくなる恐怖に。
ギョルドとして、最期の断末魔を上げた。




