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序章-3 夢の果て4

会話をするには少し離れた位置にいて、しかも初対面の男だからという理由で。

ライとは話をしづらいキーナは、代わりに同性のフィラキと会話を初める。

あちこちで旅をしている、ライ達の話は。村より外を知らないキーナには、未知と遭遇したかのような刺激となり、会話はすでに弾んでいた。

そんな女性二人の姿を尻目に、ギョウはライ達がいた場所から少し離れた場所にある木陰へ向かい。

そこにいた友。

片目にある古傷が特徴の、友の姿を見て、また困惑した。


「どうした……ギョーム?」


弩を持ったまま、カタカタと身を震わすギョーム。

彼はギョウが初撃で取り逃した相手を、撃つ役目であったが、とてもそれが出来るような姿ではなかった。


「あ、あいつは?あの錆びた甲冑の奴は?殺ったのか?」

「いや……」


どこか縋る様にギョウに尋ねるギョーム。

それに対して、曖昧な返事を返すとギョームは非難の声を上げた。


「何でだよ!あ、あいつはやべぇ!」

「落ち着けギョーム。どういう意味だ。確かに戦人らしい雰囲気なのは分かるが」


殺さなかったことの非難は、甘んじて受けるつもりだったギョウ。

だが、それでもギョームの姿はどこか、異常だった。

領主が出してきた兵士や、白竜教会が送り込んだ白竜爪兵ならば、ギョウやギョームはすでに幾度か見てきて屠った。

だから、村人とは違う、戦人の雰囲気を知っている。

ギョウにはギョームの怯え方が、なおさら異常に見えた。


「あいつ、お前と話をする前から俺に気が付いていやがった!ずっと見てやがった!!」

「な……!?」


ライと会話をしている最中。ギョウから見て、ライがギョームの存在に気が付いている素振りは、一切見せなかった。

弩を向けられていることを、ライは分かっているにも関わらずだ。

だが、ギョームの怯えからして。

ライがギョームに気が付き、見ていたというのが。嘘でないという事は漠然とギョウに伝わる。


つまり、いつ弩から放たれた矢が飛んでも、ライは避けられる自信があって。

わざとギョームを、放置していたことになるのだ。


「どうすんだよあいつ!絶対に只者じゃねぇ、俺達の船見つけでもしたら!」

「待てギョーム。一先ずあの二人は俺の家に入れる。船には近づけさせん」

「家に入れるってギョウお前!?長には近づく者は皆殺せって言われてるだろ!?」

「しかしな……」


旅の者というには、不自然なまでに強者然とした圧があるライ。

そんなライに、万が一にも新天地へ向かう。夢と希望が詰まった船を見られ。


よそ者が皆持っている、下心刺激して。

やたらと強者然としているだけに、良からぬことをされる前に、殺した方がいい。

ギョームの主張は最もであるが、ギョウはライを家に招待してしまい。

村の決まりに背信する行為であると、分かっているが。新天地向かう前に、ライという男をギョウは知りたかったのだ。甘く、そして非難される考えであることは、ギョウも重々分かっているつもりだ。


だが、そういったラタン村に間違いなく。脅威になりかねないライに対する殺害を。

どこか消極的な態度を見せるギョウに、ギョームは機嫌を悪くさせた。


「はっ!今更怖気たんじゃねぇだろうなギョウ!村の勇者が聞いて呆れるぜ。それとも何か?あの騎士の連れの正人の赤髪の女に目移りでもしたか?今からでもキーナを他のお――」

「ギョーム!」


目を開き、全身の鰭を怒りを露わにするギョウ。

その姿にギョームは、言ってよいことと、悪いことの区別すら忘れ。

幼少の頃から大なり小なり色々と、縁のある友であり。

ラタン村でも優秀で勇敢な、漁の達人であり、村の勇者と称えられ。

長の娘と婚約を許される程の、屈強な精神と肉体。

そして慕われる人格を有するギョウに。


村の為という、ギョウの最大の弱点である大儀を掲げた上で。言いがかりのような暴言を、ギョウ所か彼を見初めたキーナに対しても、吐きそうになったギョームは。


ただバツの悪そうな顔を浮かべ。

その顔を見たギョウも、威圧するにも、もっと穏便に済ませる方法があったと反省した。


「……悪い。言い過ぎたよギョウ、明日いよいよと思うと気が立っちまって」

「いや、俺こそ悪かった。殺す機会はあの時あっ……た……」


改めて口にしてみようとした言葉に、力がなくなっていくことを、ギョウ自身はっきりと分かっていた。

ライは、隠れていたギョームに気が付く感の良さ。

そして弩を向けられても、平然とできる程の度胸がある。

ギョウは殺す機会と言ったが、その機会は冷静に考えれば。


不自然なまでにライの気が一瞬緩んだ、あの時のことである。


はたしてあれは隙だったのか。

そうだったと、確信できるのならば、ギョウはそこまで深刻に考えないが。

そうでなければ、もしあの隙に飛び込んでいたら、もし偶然。傍にいたキーナが、止めていなかったら。今頃、自分はどうなっていたのか。


あり得た結末を思い浮かべ、ギョウは秋夜の寒さと関係なく、ゾッと身震いをし。

そんなギョウの姿を見たギョームは、一つ提案をすることにした。


「ギョウ、家に案内するって言ったよな?」

「あぁ」

「アレ使おうぜ。黄布の奴らがくれた毒」


ギョームの言う毒とは、ラタン村では生産できない、黄金教団が齎した幾つかある。

虐げて来た者達へ、反抗する為の道具の一つである。


毒自体は、海で毒魚を見かける機会があり。多少は被害を被ることもある、ラタン村の人々も、何らかの形で利用することはあるが。

黄金教団の毒は、極めて強力だ。

小瓶に僅か入れられた無味無臭の液体で、人を殺すことが出来る代物だ。


そして、毒と言うのはどれだけ外を鍛えようとも、内は鍛えられない生命には非常に有効だ。

ギョームの提案は、ライ達を殺す。その一点には極めて正論だ。


「待てギョーム。我らが命を断つときは、偉大なる神ポートンより授けらし、銛、矢でなければならない掟を忘れたか?」


だが、ギョウはライの毒殺を容認できなかった。

ラタン村に住まうポート族。そして、彼らの族の名の由来にもなっている神ポートン。

先祖がポートンより授かった知恵として、銛と矢を授けられており、そのまま銛と矢は神聖なものとされ。何であっても、命を断つ際には、その二つのみ使うこと。

どれだけ白竜教会に苦言を呈され、その考えが余計に虐げられる原因となっても、引き継がれてきたポート族の掟だった。


実際に、ギョウもギョームも、日替わりで警戒にあたった仲間も、銛か矢でしか。

命を断ってはいない。

それが魚であれ、船の存在を知られない為に、ラタン村に入ろうとした兵であってもだ。

これを破ってしまえば、例え新天地へ向かったとしても。ポートンの掟を破った信者達をポートンは許しになるのか。

ギョウはそれが心配だったのだ。


「言ってる場合かよ!?明日なんだぜ!?もしものことを考えたら、今は掟だ何だ言ってる時じゃねぇだろ!?」


しかし、ギョウの主張はどこまでも、気の抜けた発言にしか思えなかったギョームは再び声を荒げる。

ギョウの主張は、飢えて今にも噛みつこうとする獣を目前にして。

あ、神様にお祈りをしなくちゃ。

とまさに祈るどころか、言っている場合でも、まず武器を見つけ殺す場面であるにも関らず。

そう、馬鹿げた事を言っているようにしか、ギョームは聞こえなかったのだ。


「だからこそだ!今掟を破ってしまったならば、ポートンを一度背いた先祖と同じく、我らの代でまた背くことになるのだぞ!?」


だが、ギョウは引き下がるわけにはいかなかった。

自分達はもう、殺人をしてしまった。取り返しはつかない。

それなのに、差し迫った危機という理由で。


神が与えた掟を、容易く捨てられる程度の信仰の為に。

ギョウは殺しをしたのではない。神と先祖と、信念の為に殺したのだ。

今だけでも、掟捨ててしまったら。

一度背いた神ポートンに、再び都合よく背くということに、なってしまうのだ。


「じゃお前あの錆び野郎を殺せるのかよ!?」

「…………」


しかし、どこまでも現実を見ているギョームの言葉に、ギョウは続く言葉を失ってしまった。

最初にライを見かけた時は、殺せという長の命に従う義務感よりも。

偶然通りかかった恋人であるキーナを、悪しきよそ者、悪しき正人と一方的に断じた、ライから守らねばと思い。

無意識にライへ、武器を、銛を向けることが出来た。

だが、再度改めてライと戦えと言われ。ギョウはライを前にして、銛を向ける所か、堂々と立っていられる自信すらなかった。


「……まぁいいさ。ギョウお前はあいつらを、お前の家に案内だけしてくれ」

「何をする気だギョーム」


項垂れる姿を見せるギョウに、ギョームは深いため息を吐き捨て、のろりと立ち上がり。

疑うような視線を向けるギョウの、男らしくたくましい胸板を叩く。


「なーに。長に一度掟云々聞くだけだ。気にすんな。お前はそれでいいんだよ畜生め」


かつては恋敵故に憎しと思っていたが。

ラタン村の勇者と謳われるギョウを、一人の男として友人として。素直に尊敬していたギョームは、夢の為に、覚悟を決めた。

だが、それをギョウに悟られないよう、ギョームは素早く立ち去り。

ギョウは、長のいる入り江に向かったギョームをただ見送るしかなかった。

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