序章-3 夢の果て
壁が崩れ屋根もなく、長い間雨に打たれ朽ちた教会。
雑草や蔦は生え、祭壇には生い茂る緑と薄汚れた灰色の白竜の石像しかおらず。
その前には、祈りを捧げる信徒ではなく。
懺悔する気は微塵もない、不敬にも、白竜に背を向けながら佇む、錆びた甲冑を纏った騎士。
手に持つのは、聖王直属、聖白竜騎士連盟傘下、冥炎三獣騎士団、団長。
つまり白竜騎士であるライの立場上、上長からの指令書だった。
「なんて書いてあったの?」
「今回の任が終わったら、多少の休暇を兼ねて聖都の白竜降臨祭の前に一回戻ってこいだってよ」
「いいんじゃない。休ませてくれるなら休みましょうよ」
指令書を読むライの傍ら、背を壁に預け、両腕を胸下で汲んでいるフィラキは休みと聞き。
パッと顔を明るくさせる。
休みと言うのは、人を明るくさせるものだ。
「それと……首謀者の捕獲と、黄金教団と村民への積極的異教狩の許可」
「あー……」
だが、積極的異教狩。
この言葉を聞いた途端に、フィラキの気分は冷水をかけられたかのように、一気に沈んだ。
ライの口から飛び出た単語と、これから行うことの意味はそのままだからだ。
白竜を信仰しない愚者達に、死をもって白竜にテロスを捧げ。
死後の冥府にて業を清め、再度改宗させる。
その対象が黄金教団の信徒だけではない。ライが向かう現地にいるラタン村の民も対象だった。
黄金教団がいたから殺せという、理不尽な理由ではない。
殺されるだけの、相応の理由が指令書には記されており。ライが読み取る限りでは、狩りの許可が出ても仕方ないと思わざる負えない。
そんな罪の数々が載っていた。
「何やったの?」
「ラタン村にいる現地司祭を黄金教団と共謀して殺害。調査に向かった国の兵士と、白竜爪兵の数名同じく殺害。
あとこの二つが主な理由だ。
奴ら元から、白竜にそこまで信仰心が深い訳じゃないようだ。税やら貨幣やら流通やらで、表は白竜教に属する恩恵を受ける為に。白竜への信仰しているって、体を装っているが。
もっぱら村に伝わる古い神を信仰をしているらしい。
それと、二日三日ほど前だ。領主の甥が、丁寧に黄布で包まれて首を送った。こいつぁなぁ……?」
「お偉い様からしたら、身内殺しを実際にしたか、加担したか分からないけど。異教徒は例え今まで税を納めてきた自領内の民であっても、いいえ。自領民だからこそ、理由には足りるって訳ね……」
「しかも、村民の全員魚姿の亜人らしい」
「あぁもう最高だわ。最高に……殺される条件が整ってるわね。お偉いさんは少なくとも人とは思ってないわね」
この指令書はライ達の、異教徒狩という名の、殺害に対する免罪符であり。
これがある限りは、白竜と聖王がライ達の罪に許しを与える。
故に、ライの裁量であらゆる行為を一切不問にするということでもある。
だが、それをやりたいかどうかと言われたら、白竜に狂信的な人物ならば、黄金教団の信徒達を人と見なしていない。
同じく大戦時に後追いで進行した亜人も、無意識に下に見ているので、喜々として実行するが。
信仰心を持たないライとフィラキは、金が入る仕事でなければ否と答える。
自分達の手が、俗に言う綺麗汚いを言うならばとっくに汚れているが。
だからといって信じる何かが違うだけの非戦闘員に、理由なく暴行をするほどライ達は堕ちたつもりはなかった。
そんなことをするのは、化物と腐物と外道畜生だけで十分だった。
「降りてもいいんだぜ?」
「冗談、ライが行くなら私も一緒よ」
フィラキが嫌と言えば、本当にライはフィラキを置いていき。
ラタン村へ単身で突っ込むつもりだったが。
ライの忠告に対するフィラキの返答は、どこまでも単純だった。
「……行くか」
「えぇ」
ライはフィラキの意志を尊重し、役に立つ手が多い方がいいという、現実的な考えもあり。
フィラキを止めずに同行を認める。
そして、非戦闘員であっても、場合によっては殺しをさせること。
もう幾度かライは、フィラキに命じ、フィラキもライの命令に応え幾度か殺させたとはいえ。
改めて、フィラキに感謝も謝罪も、ライは口にはしなかった。
それをしてしまったら、自らの意志でやるとい言った。
フィラキの意志に、水に差した気がしてならなかったからだ。
ただそれでも、隣で共にいてくれるフィラキと言う存在の重さを、身に刻むように。
背にある黒いバスタードソードをライは一度、握りしめ。
二人はラタン村へ発つ。
朽ちた教会には、ライによって燃やされ灰になった指令書だけが残された。




