序章-2 修道院の朝にて5
朝になり、ライの予想通り雨も止み、風も穏やかになっていた。
だが、川はまだ昨夜の防雨風の影響を受けたまま荒れている。
昼までは、渡り場に行った所で、川渡りの船は出ないだろう。
もう少しゆっくりしてから、出立しよう。
そう考えたライは、朝食類を入れた袋を肩にかけ、修道院を少し歩き。
朝から騒がしく、コケコッコーという鳴き声を上げる鶏小屋に立ち寄る。
そこには、ライにはすでに見覚えた顔がいた。
修道院に来てから、何かと関りのある例の子供だ。
朝は鶏の世話係だろうが、世話を初めて日がまだ浅いのだろう。
いつからか自然と見飽きてしまう。牝鶏が産卵を始めそうな所を、興味深そうに眺めていた。
(もう少し待つか)
ライには、牝鶏の姿勢から。
そう時間がかからないうちに、卵が出ることは分かっていたが。
子供が自身にはまだまだ未知な事を前にして、目を輝かせ。挙句呑気に、牝鶏に声援を上げる声を聞いてしまい。
のどかな光景を前にして、意地悪く切羽詰めるようなことはする必要はない。
ライはそんなことを思いながら、風に攫われ雲が消えた朝空を見上げるが。
すぐにコトンと、産み落とされた卵が小屋の床を叩いた音が鳴るのを聞いた。
ライは、鶏小屋を軽く叩いて音を鳴らし。子供に気付かせ、鳥小屋に来た用件を伝える。
「卵を買いたい」
「おはよーございます。良い朝です」
「そうだな。天にいる白竜の機嫌が良いのだろう」
ライに気が付くと、挨拶と共にペコリと頭を下げる子供にライも返し。
そして、挨拶もそこそこに、予め鶏小屋用に用意されていた箱を、子供はライに差し出す。
「1個しょー銅貨2枚」
「2個くれ」
ライはそう言いながら、6枚ディシンストー小銅貨を一枚ずつ丁寧に箱に入れ。
取引の枚数と、箱に入れられた枚数が合っていないことに、子供は心配そうな顔を浮かべた。
「多いよ?」
「厨房と火、あと道具を一式借りる」
「分かった。うーん……はい」
すでにいくつか産み落とされていた卵の中から、比較的大きく見えたのであろう物を二つ。
その小さな手に取り。背丈の高いライに、渡そうと背伸びする姿には。
骨の身であることをライは少しだけ忘れ、顔が綻んだ気がした。
「礼を言う」
卵を受け取り、昨夜の食堂へ向かう。
城や館でもない限りは、料理を作る場所は、聞くまでもなく食べる場所に近い物だからだ。
ただ、ライの後ろには子供が付いてきていた。
(この子は、男なのか、女なのか)
背後に付いてきていることにはライは気付いているが、雨が降っていないがローブを着たままである子供に対して、別の方面での事が気になりつつも。
厨房にたどり着いたライは、長い柄の鉄のフライパンを手に取り。
種火から薪に火につけ、フライパンを熱し。
その間に、持参しておいた丸いパンを袋から取り出し、中央から二つにナイフで輪切り。
切った面を、まだぬるいフライパンに押し付け温める。
そして次に袋から取り出したのは、塩漬けし燻煙させた豚肉だ。
肉を包んである包み紙を解き。一人分肉を切り分け。
「あい」
「……悪いな」
気が利く子供から、ライは木皿を受け取り。
温め柔らかくなったパンを移し、ついでに肉を一口サイズ分も、追加でライは切ると。
フライパンに乗せ焼き始める。
心地よい、ジュウジュウと肉が焼ける音が鳴り響く。
少し置いて、ライはヘラ代わりにナイフの刃先で、いじるとこれまた心地よい音を奏で。
焦げ目が付いたことを確認すると、ひっくり返す。
そして、一旦フライパンを火から遠ざけて、中までじっくりと熱を行き渡らせ。
再び加熱。
生みたての卵をフライパンの上で落として、ナイフでかき回し。
卵の白色は黄色に塗り潰されて消えていった。
そして、持参している砕いた岩塩で味をつけ。
輪切りにしたパンを少し切り分け、それに追加で切った小さい肉と少しの卵を乗せ折り。
礼の気持ちを金で渡すよりは喜ぶだろうと、子供に渡した。
「ほれ」
「わぁい」
ハムハムと小さな口でかぶりつき、にんまりと笑う子供を見て。
鶏小屋から付いてきた目当ては、これだったのだろうか。
そうなると、最初からいいように使われていたのでは。
フィラキ用に、パンに焼いた肉と卵を挟むライはふとそんなことを考えたが。
「うんまい」
「そいつはよかった」
まぁいいや。
深く考えた所で、食い物が口に入った時点で。返せと言っても返ってくるものではない。
ならば無垢な子供から感謝されたという、少しでも気分がよくなる方に考えればいい。
ライはそう思うことにして、作った朝食を温かいうちに届けるべく、ざっと使用した道具を洗い終えると厨房を後にした。




