序章-2 修道院の朝にて3
聖王アインは言いました。
白竜曰く食べ物とは、一つの完成である。
白竜曰く飲み物もまた、一つの完成である。
それ故に、食べ飲むことは己が完成を高めることである。
けれども、暴食と暴飲もいけませんとも、言いました。
究極の完成とは、一食にして成らず。
多くを食べ、多くを飲むという事は、隣人から食べる機会、飲む機会を奪うことも意味します。
多くの物を持つのであれば、隣人と食卓に着き、分かち合いましょう。
分かち合う心、体に飢えを残すことも、また究極の完成に至る道の一つです。
「白竜聖書、聖賢ラトニグスの手記。第13章
糧物の食事とはかくあるべし。民から奪い肥え太った富む男に、アインは歩み寄り。そう説教し。食卓にて、パンとぶどう酒を民と分かち合いましたとさ」
「ぬぅ…………」
ライとフィラキは教会の食堂へ向かい。
徳を高めるだとか、期間内の課税が軽減される等が理由で、住み込みで白竜教会への奉公として働く。
適正な場所で教育を受けた、正規な聖職者ではない。非正規の職員から。
あくまでも宿泊施設ではない修道院が出せる食事として、やたら大きなパンと杯に注がれたぶどう酒をライとフィラキは貰う。
金は宿泊費に強制的に込まれているので、食事代は請求されない。
「「よきかて」」
普段通り、簡易な食事の挨拶を済ませ。さて食べようとした所で。適正な場所で教育を受けた、正規の聖職者である助祭。
七色に輝く白銀皇石とは違い。ただの銀でライのネックレスと比較するとあまり大きくない。
広く教えが伝わるよう、白竜の翼が意匠されたネックレスを掛けた男からの、先の挨拶の指摘から、食事への説教が始まった。
だが、男はライに絡んだのは間違いだった。
「暴食の厳とは、即ち……」
「正亜救済の新聖典。第3章1節。暴食の厳とは、即ち混沌の、先の時代に起きた。禁忌を忘れることの厳である。2節。暴食の禁忌破ることは即ち、己が祖先と子々孫々の死肉を食うである。3節。自らの行いによる……」
「……勉学を積み、よく完成を高めていることだ。白竜様も貴方を天より見守ってくださるだろう」
「いいや未だ、完成の何たるかを知らぬ若輩者ですよ」
「ならば常日頃から、相応の振る舞いを心掛けることだ。アンクフィ」
助祭が教会の教えを広め、また言霊という形で己が完成を高める為に、極力聖典の意味を理解して暗記しているように。
白竜騎士もまた、世に広まっている聖典を全て理解して、かつ暗記出来なければならない。
その為、無知で粗暴な相手に対して説教をするのならばともかく。
暗記していること前提である本職が、同じく暗記していることを前提の本職に説教したところで。
理解して暗記して捻くれた者が相手では、それ知ってますよで、嫌味満載に返されるのがオチというものだ。
ひとまず去った司祭に、ライは乾くことのない喉を潤すようにぶどう酒を呷り。
「やれやれ。温め直しただけのパンだからいいが、焼き立てなら腹を立てていた所だな」
「何にせよ、アンタの頭は覚えられたでしょうね」
「おー怖い怖い」
食事には来たが、味わうことが出来ないライは、パンを千切っては噛み砕くようにして体の中の袋に入れ。
フィラキはパンをゆっくりと、一応は感じられる麦の味を噛み締めつつ、ぶどう酒を少し口に流して、パンを柔らかくしてから飲み込む。
そんな食事を雑談をしながら楽しんでいた二人に、皿が差し出される。
僅かに湯気が上がっている、干した川魚の串焼きだ。
パンとぶどう酒では、味気ないと思っていただけに、フィラキは顔を明るくした。
「どーぞ」
「あら干し魚、いい香りねぇ」
金払いが良かった上客故の、専属の召使代わりというわけではないが。
入り口で出会ったから、悪印象は抱いてない子供から貰えたサービスに。
ライも少しは気持ちを軽くさせた。それ故にライは子供を呼び止め。
「ほれ」
「ありがとね」
心ばかりの礼として、ライは小銅貨を取り出し。
主に食べるフィラキを経由させて、子供に渡す。
この小銅貨が、悪意を持たない限りは必ずしも、子供の懐に入るわけではないが。
この子ならば、宿泊者から布施金を多く集められる。という評価に繋がるのならば、意味がないという訳ではない。
だが、あまり喜んでいるように見えない子供は、ペコリと頭を下げ。
そのまま、どこかへ去っていく姿をライは失敗したなと思いながら見送り。
フィラキは、さっそく二人分の干し魚を食べ始めた。
 




