序章-2 修道院の朝にて
「お嬢さん。雨は好きかい?」
「そうねぇ……」
呼び方からして、こいつ絶対にふざけているだろ。
フィラキは内心、ライの唐突な問いかけに対してそんな感想を抱いたが。
だからといってここで無視するというのは、無粋である上に、何よりもつまらない。
その為素直な考えをフィラキは告げる。
「雨は好きよ」
雨が木々から生える葉に当たったり、もしくは地を叩いたりして。
規則的だったり、不規則だったり。
雨だからこそ奏でることが出来る音楽に、静かに耳を澄ませて聞くのは風情がある。
それに雨が降れば、肌寒くなる。
そうすれば、それを言い訳に。
甲冑は冷たいが隣にいるであろう相手にひっそりと身を寄せても、決して不自然な動きではなくなる。
静かな場所で、肩に甘える様に頭を乗せて、身を寄せ合い。
奏でる音を楽しみながら、静かに時が流れていくのを贅沢に味わう。
そういった、状態にできる雨というのは、フィラキはそこまで嫌いではない。
だが。
ザアアアアアアアアアアアア!!
ビュゥウオオオオオォオオオンン!!
ブォォオンン!ブォォオオオン!!
「でも暴風雨が好きな人は、いないんじゃないかしら」
「俺もそう思う」
肌寒い所か、寒すぎて強すぎる雨と。
雨音すらかき消す下品な音を奏でる強風を、フィラキはとてもではないが、好きになれそうになかった。
二人は、先日から引き続き。
黄金帰教団のある二人組を目標として、追っている。
自分達で手に入れた目撃情報やら、白竜教会の密偵やらの情報を参考にしつつ。
追ってはいるものの、今日は生憎の天候で。
目撃情報のある場へ行くのに。川を渡らなければいけないが、暴風雨で荒れに荒れた川を船で渡るというのは、実際に川を見るまでもなく出来ない。
別の手段。
空を踏んで飛ぶライの召喚馬。デロスを召喚すれば、例え暴風雨の中であろうが、渡れなくはないが。
デロスを召喚させ、空を飛ぶのに使うのはライには結構な消耗となり。
下手に力を使うのは愚であると、ライは分かっているので。もう白竜騎士の仕事をする気は今日のライにはなかった。
追われる側も、暴風雨でまともに移動できないのだから、大して距離が離されることもないというのもある。
「何にせよ、さすがに野宿は厳しいわね」
「もう少し歩けば修道院があったはずだ。今日はそこで泊まる」
「そうして欲しいわ。もう全身雨でべっとべとよ」
防雨用の外嚢に身を包んでいるフィラキだが、叩きつけるような雨の前にはすでに防雨の役目を果たせず。
肌に張り付くようにして、フィラキの悩ましい体の線を目立たせる役にしか立っていなかった。
さすがのライも、見かねてマントをフィラキに貸すぐらいの気遣いをしてみたが。
当のフィラキから、甲冑がこれ以上錆びたらどうするのだ、という。不要の一点張りにより。貸し出すことはなかった。
その後も、強風の歩きにくさを感じながらも、屈強な骨を持つライと、同じく肉体を持つフィラキは、強い風が吹いていようが、なんだろうが休むことなく歩き続け。
一泊の為に修道院にたどり着く。そこは、村や街から少し離れた。巡礼やら何やら用事があって、旅をする者達を宿泊させる事を前提として建てられた。
ある程度の自給自足が出来る用に施設が揃い。それなりの広さはあるが、だからといって有名でも何でもない。どこにでもある普通の修道院だった。
「旅の者だ。取次を願う」
ドンドンドンと、来客を伝える為にある修道院の門。
その扉にあるノッカーをライは叩き。
暴風雨の中。
人が来るとは思わなかったのか、人材に余裕がないのか門番はすぐに来ず。三度ほど繰り返し、ようやく修道院の門が開かれる。
「よくいらしゃたー」
「…………」
旅の者よ、今日の強き雨と風に打たれ、完成に至る道中にて迷える中。よくぞいらっしゃった。
さて、我ら白竜様と聖王に身を捧げし者達に、貴方は何用か。
普通の白竜教会の聖職者ならば、大体こんな感じのセリフを言っていたが。
色々と言葉が足りておらず。また、舌足らずな。
雨避けのローブを着た想像以上に幼い子供が出てきたことに、あぁここは人に余裕はないのだろうと、ライは少しばかり無言になるが。意味は伝わってない訳ではない。
「一泊いいか?」
「んん」
頷く子供から差し出される杯。
そこには、すでに先客がいたのだろう、大小の銅貨が何枚か入っていた。
要するに宿泊するなら、布施金寄越せという意味だ。
「女連れだ。個室に空きはあるか?」
「ある」
「頼んだ」
布施金については、言われるまでもなく用意しているライは、大部屋での雑魚寝では。
可能性としては低いだろうが。主にフィラキ関連で起きると面倒。しかも、ライの制裁有無問わず。間違いなく、流血沙汰になるトラブルを避けるためにも。個室を選び。
建前として、宿泊費ではなく。
一泊の安らぎを用意してくれた、白竜と聖王への感謝を伝える為の、小銀貨2枚を杯に入れ。
「はいれー」
杯に入った小銀貨を子供は見て、ドアが開かれた。
ライとフィラキは、濡れたマントと外嚢を捻り雨水を絞り出した後。子供を後ろから、追っていく。
ライが払った金額は、個室だとしても修道院で一泊するとしては、多めに払っていると言ってもよい部類だ。だが、案内された部屋は簡素だ。暖炉付きのベッドが二つと、折りたたまれている簡易ベッドが一つ。
中央に机と椅子のみ。これに夕食一食が付いて、後は文句を言わなければ特になし。
払った金額と比較して、これだけでは少し待遇が低いと言えるが、あくまでも宿屋ではない。
自らのテロスを高め、究極の完成に至らんが為の修道院。そこが用意できる部屋とサービスとしては、ライ達には十分許容範囲だった。
これ以上を望むならば、もっと布施金を増額して。あまり知られてはいないが、あるにはある。
お忍びのお偉い人物用の部屋を用意させるしかなく。
ライもフィラキも、最低は嫌だが、最高も望んでいないので。この程度で都合が良かった。
「薪はどこだ」
「曲がって、行ったらある」
「そうか」
「ついてきてー」
「悪いな」
案内を買って出た子供に、ライは素直に頼ることにして、薪を取りに部屋を出る。
残されたフィラキは、あと少しで暖を取れると思い、両腕を擦りながら冷たい息を零すと。
「道具整理でもしますかね」
濡れたリュックの、特に素早く乾かさねばならないものを選別するために。
あともう一仕事だと、テキパキと体を動かし働くことにした。




