序章 錆の騎士25
「手入れはしているが、そろそろガタか。気に入ってるんだがなぁ」
化物は死んだ。
だが、帰り道はなく。支柱を一本だけ残した地下遺跡の一室は、小さな揺れが不定期に続き。
生還の道は、変わらずなかった。
そんな中で、ライはコンコンとアーメットを叩いた後に被り直すと、まったく状況を気にすることなく。
「葉巻いいか?」
もはや隠す必要がない為か、バイザーを全開に上げて。
髑髏を晒しながら、場にまったく合わない言葉を吐くのだった。
「そんなこと言ってる場合かよ!?」
「うるせぇな。今は下手に動くべきじゃないんだよ。それに……」
ティクの意見を切り捨て、了承は得ないが、出来る限り距離を取り。
ライは右手で正人と亜人ならばある目が。
骨人にはない為。窪みになっているそこを、躊躇なくひびが入る程の勢いで殴り。
赤い腕輪の刻印が光始めると同時に、ひびから火が上がり始め。それを火種に短い葉巻に火を灯し。
口に咥えることなく、ただ持ったままじっと佇む。
「必要なのさ。今この場だからこそ……」
ライの言葉にティフィは、直接その目で人が死んでいく様を見てしまったからこそ、しっかりと受け止めた。そして、ライの意図を理解した。
葉巻を吸うなどとライは言っているが、骨人が葉巻を味わえるわけがない。
つまるところ、ライの行動の真の意味は別にあった。
それは、死者への供養。
葉巻から立ち上る煙は、地下遺跡で黄金教団によって、犠牲になった者達への、せめてものの捧げ物だった。
いつの間にかティフィは、胸の前で両手を組み。目を閉じて、再び完成への導きあれと、祈りを捧げていた。理不尽な死を迎えた死者がライとティフィの行いに、何と思おうが二人には知ったことではない。
だが、これからも生きていく者が、行わなければならない。
これはそういった一種の儀式だ。そして、葉巻が燃え尽きるまで儀式は続き。
「聞きたいことがあるんだろ。少し時間があるから教えてやる」
ティクとティフィの近くに腰を下ろしたライは、軽く自己紹介を交えた後。
真っ先にこれからどうするかと、ティフィはライに尋ね。
それに対してライはただ、考えがある。とだけ返し。以後沈黙した。
ティフィにはライに、後ろめたさがあった。
言葉には出していないが。
ティクを助け、この場に会わせてくれたライに、ティクの望みを叶えた相手に理不尽に怒り。
挙句、化物に命乞いをした。そのことに、後ろめたい気持ちがあったのだ。
ただ、その代わりにティクがライに色々と質問をした。
「あの骨から出た火はなんだ」
「理屈は知らんが、アインの聖刻具である腕輪にテロスを込めれば治る。神術って不思議で便利だろ。まぁ骨人だからか火を飛ばすのは、俺には出来んし、体を治す方も神術じゃなくて、魔術って言われてるみたいだけどな」
「アインの聖刻具ってなんだ」
「初代聖王のアインが白竜から伝えられた古い言葉を刻んだ刻印の道具だ。テロスを扱い神術を発動させるには、これを身に付けねばならない。言葉の意味?知らん俺が聞きたい」
「そもそもテロスってなんだ」
「昔はエーテル、オド、気、力やら色々と言われてたらしいが、ただ今は完成とだけ意味している。なんだと言われても、はっきりと分かっていないことだけはっきりしているってくらいだ。寧ろ俺が白竜に教えてほしいくらいだ」
「いつから白竜騎士に」
「数年前にコネでなった。卑怯だ?うるせぇ。なりたくてなった訳じゃねぇ」
「なんで隠していた」
「名乗るのに、聖王直属、聖白竜騎士連盟傘下、冥炎三獣騎士団副団長のライと名乗るのが面倒だった。
長い?俺もそう思う。あん?答えになってないだ?
うるせぇな。大人の都合って奴だ。下手に白竜騎士だ、貴族だってばれるよりも。
知られてないほうが、色々と自由に動きやすいんだ。必要になったら権力を振りかざせばいいんだ」
「どうして、フィラキを奴隷に」
その質問の内容にはさすがに沈黙し続けていたティフィも。
コネとはいえ、白竜騎士になった以上。
貴族らしい振る舞いと傲慢を、社会が許しているライではあるが。
だからとて、奴隷を飼っているという意味する質問がティクの口から出た瞬間、少しばかりライの人間性に疑いを持つ。
ライがまるで困ったかのように、アーメットをガントレットを嵌めた拳でチンチンと金属音を鳴らして。
ため息のような物を、まるで出しているかのように出し。
「アイツまだ根に持ってやがったのか」
そう、後悔するように言ったのだから。ティフィは自身の想像する、奴隷を扱う者達とは違っており、思わず困惑した。
そしてその口から語られた内容は、ティフィが初めてライを見た時に思い浮かべた。
父親と大体同年齢だと思っていたが。実際には、はるかに年若い。
ライという男の、青臭い言葉だった。
「……恥ずかしかっただけさ。アイツを俺の勝手で連れ回す理由を、面と向かって言うのがな」
「変なライ」
「うるせぇ」
ティクは答えを聞いて、出会ってから常に堂々として、言いたいことは我慢せずにはっきりと口に出しているような態度をしているライにしては、随分と奥手な発言をしていると思い。そう答えたが。
だが、ティクよりは多くの人と会話をした経験のあるティフィには言いたいことを言えない。
そのもどかしさを知っている為、ライの気持ちが少しだけ分かった気がした。
そして、その言葉を言ったライが。
骨人である為、表情を作る顔の肉はない。故に表情と表すには少し可笑しいとティフィは思いながらも。
きっと、きまりの悪い笑みであることは、ティフィには想像するのに難しくはなかった。
その後も、ティクは幾つかライに質問したが、いつからか。
こくりこくりと頭を動かし始め。
やがて、姉のティフィの膝を枕に眠りに落ちていた。




