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序章 錆の騎士20

化物から飛来する黒い線。

フィラキは、少し体を射線から外して、躱していく。

緩急のあるその動きは、今までとは比にもならぬ速さであり。そして、獣染みていた。

だが、人を殺す化物でも獣でもなく。その動きは人を守る為に動いていた。


「アアアアァァ!!」


フィラキの動きに、ついさっきくっつけた目と耳では追いきれず。ならばと狙いを定めず、無暗に黒線を放つ化物。

着地した床と壁に、凹みを生ませる。人に向けようものなら間違いなく、無事では済まない威力を持つそれを。

フィラキは変化した赤く堅い殻に覆われた右腕で、誰一人見捨てることなく守り。

そして、フィラキは隙を見て、黒い線を掻い潜り攻勢にでた。


「アアァ!!」

「くらえぇぇっ!」


接近されたことで、再び鉈を振るう化物だが、フィラキは地を蹴り飛び上がり。

鉈を回避するように空中にて一回転し、赤腕を振るう。

黒線を防ぐ強固な盾であり、同じ物で構成されている赤腕の爪。

強固な盾がそのまま剣、鋭い五つの短い刃となり、化物の鉈持つ腕を胴体から引き裂き、鮮血を散らす。


だが、それも些細な傷だと言わんばかり。化物は悲鳴の一つも上げず。

自らの腕を切り裂いた赤腕を、先ほどとは違い空いた手で掴み。

フィラキを天井に叩きつける為に、上へ放り投げようとしたが。


「よっ」

「オォオア!?」


フィラキの赤腕が溶けた。

堅い物だと思っていた物が、急に液体となって手から消えたのだ。

これには、化物も驚いたかのように、目を丸くして声を上げるが。その隙に、フィラキは左腕の手甲で、化物を叩きつけ吹き飛ばす。


そして、消えたフィラキの赤腕は。

再び肩から生えてきた、獣の口から右腕が生え。また最初の様に口が閉じると、赤腕が戻り。

好機と見たフィラキは唱える。ただの言葉ではない。意味のある言葉、即ち技を。


空出血(からしゅっけつ)!」


フィラキは化物に向けて赤腕の爪で、空を切ると。そこから爪で切り裂かれ、出血したかのように、三つの赤い刃が飛び。

化物のまだ無事だった腕に、赤い刃が付着する。


「イァアアアアアア!」


空出血を受け、苦痛に満ちた声を上げる化物。

ただでさえ血色の悪い肌色が、血の赤ではなく。壊死したかのように黒くなっていた。

何故なら、空出血は斬撃を飛ばすのではない。

斬られたかのような痛みと衝撃が発生するが、あくまでも幻覚であり、激痛の原因は別あった。


フィラキの血のテロスは。血の癒者として、相手に癒しを齎す力があるが。

逆の力も身に宿していた。

フィラキの血には触れた場所から、フィラキが持つ血のテロスの力で急激に吸い取り。

還る先がない、相手のテロスを無に霧散させる力を持つ。

その副産物として、血に触れた箇所を壊死させる力を持っているのだ。

当然、壊死した場所自体には痛みはないが。

死んだ箇所の生きた肉で無理に動かそうとすれば相応の激痛が走る。


「ホァアアアアアアアアアアア!!」


だが、それでも尚立ち上がるのが化物だ。

両腕が使い物にならなくなり、歪んだ歯並びを見せながら、フィラキに大口を開いて噛みつくように襲うが。

フィラキにはその程度の足掻きは、無意味とばかりに軽快な動きで躱し。

赤腕を振るい、化物の馬面を抉り引き裂いた。


そして、血をまき散らしながら化物はうつ伏せに倒れ。

バタバタバタバタ。

そう片腕は無くし、一部壊死した残った腕もまともに動かせず。立ち上がることの出来ない化物は這いながら慌てるように、フィラキから距離を取るが。

戦える程度には広い場所とは言えども、すぐに壁に当たる。

だが、バッと醜悪な笑みを浮かべながら振り返ると、そこには目に集めていた黒い線。

これまでよりも長く溜め、線をより太い物に変えて威力を上げた一撃を、フィラキに向け。

笑みを浮かべていた口は、丸い形となった。


「どこかの誰かの恨みの血よ。存分に受け取りなさい」


化物の浅知恵を、とっくに見抜いていたフィラキの赤腕の掌には。

血が集っていた。

天に付いた血痕が、壁に付いた血痕が、床に付いた血痕が。

今まで化物が食い散らかすたびに、散った血が。

フィラキの血を媒介として集い。一つの大きな血のテロスの力の塊となっていた。


そしてフィラキは、掌では収まりきらない、力の塊を無理やり握りしめ。

開き、そして技を叫ぶ。


聖餐集血(せいさんしゅうけつ)!」


カッ――!


フィラキのブーツが、強く石床を叩き響き。

それが合図に、フィラキと化物。

掌と目から同時に、放たれた互いのテロスによって生まれた力をぶつかり合う。

だが、拮抗したのは一瞬だった。

ぶつかり合うにはあまりにも、フィラキの力が強すぎた。


「アアアアアァァ!!」


化物の悲鳴が上がった。

最後の晩餐の名の元に、様々な感情と共に殺され食われ、流れ出た血が集結し。

今度は化物の下半身を、壊死ではなく。肉体を塵にして、完全に奪い去ったのだ。

化物は片腕を失った。もう片方は、ほぼくっ付いているだけ。

両足はついさっき消えた。

所謂、片腕の生えた達磨だ。先ほどのから黒い線を放っていた目も。


「アァアアアア!ホァアアアアア!?」


今、フィラキの赤腕の一撃で両目とも斬り捨てた。

決着だ。

もう、ここまでされたら化物も抵抗はできない。

せいぜい、怯えた表情を浮かべながら、死を運ぶ赤腕の悪魔から少しでも激痛の中、身を捩って遠ざかるくらいだ。

もっとも無意味ではある。


「…………」

「アアァァ……エエェェ……」


怖かった化物。

ティクが姉を置いてでも逃げ出す程の声の持ち主の声と。

壁を背に、必死にフィラキから逃げようと無意味に動く化物が、繋がっているはずなのに、繋がらない。

そんな奇妙な感覚に、ティクは思わず。


剣の試しにと、小動物を殺そうとする大人相手に、本当に殺す気なのかと。

問いかける寸前であるかのように、フィラキと化物に視線を交互に動かすが。

ティクが抗議の言葉を、化物なんてものはいないほうがいい。

あくまでも冷静に考える理性が、絞り出すのを止めている間に、フィラキは一切の躊躇なく赤腕を振り上げ。


「イシ……サマ……」

「眠りと共に、テロスに還りなさい。アンクフィ(完成の救いを)


慈悲深い天使のような、というには冷酷な笑みを浮かべながら。

悪魔のように惨たらしい、というには潔く慈悲でフィラキは止めを刺す。


そして、化物は断末魔を上げることなく、死んで消えた。

文字通り。最初からそこにいなかったかのように、化物の肉体が黒い塵の様になり消えた。

残されたのは、頭に刺さっていたフィラキの小剣と、小指程度の大きさの黒い石だ。


「ふぅ」


多少疲れを含めた小さな息を吐いたフィラキ。赤腕を真横に伸ばすと。

赤腕はどろりと溶け、赤い液体は一人でに動き出し。フィラキの足から纏わりつくように、這い上がりながら首輪に取り込まれ。

白い二の腕と薄く長い黒い手袋。ツートンカラーな腕とそれを隠すジャケットの袖が現れた。


「安心なさい、助けに来たわよ」


首輪を隠すように、マフラーを巻きなおしつつ。

宣言するかのようなフィラキの声に、ようやく場が一時の安堵に包まれるのだった。

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