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序章 錆の騎士18

道は真っ直ぐだった。

そして、腐物がゆらゆらと道を守る様に立ち塞がり。

赤髪と混ざり者の子供を見ると、襲い掛かり。

散った。


「――フッ!」


片手に持つ小剣を的確に、急所に向けて突いたり。振るたびに、腐物共は黒い塵となり。

殴り蹴飛ばすだけで、四肢の一部を千切り、全身を吹き飛ばすフィラキの戦う様は。

優し気な笑みと、いつも余裕のある態度ばかり印象とはまったく違い。

ティクには恐ろしくは見えたが、それ以上に頼もしかった。


チラリとティクは後ろを振り返ると、死体は無いが血痕だけはある道に、思わず背筋をピンとしながら震わせるが。

生きているのならば、本当に姉を助けられる。この二人なら、助け出せる力がある。

まだ化物がいる地ではあるが、見えてきた希望に、ティクの気も軽くなる。


やがて、二人は。また少し開けた場所にたどり着く。

そこは天井にも壁にも床にも、視線を動かせばどこにでも、血痕が残っている。そんな場所。ティクはまた、吐きそうになったが堪えた。


「いつまで続くんだ。こんな……」

「白竜様。どうか我らに白き加護をどうか……」

「嫌だ……嫌だ!あんな死に方は嫌だ!」


木製で素手でもなんとか壊せそうなほどの、太くはない枝で作られた、頼りない箱檻。

幾人か入れられ、また別の檻に入れられを繰り返してできた幾つかの箱。

怒りや理不尽や恐怖を自らの体にぶつける者、かつてないほどに必死に白竜に祈りを捧げる者、ただ死にたくないと震える者。


大体は三種の反応を見せる者達が、掠れた声をぼそりぼそりと響かせ、そこで生きていた。

体は汚れ、ろくな食事も、ろくに水も飲めなかった為か、顔色はティクよりも遥かに悪い。

人数はティクの知る限りの人数の大よそ半分と少しまで減っていた。それでも尚、攫われた人々はまだ生きていた。


「人の声だ……!」


生きている人の声。

即ち、そこに姉がいるに違いない。盲目にティクは走り出そうとしたが。

目の前に、フィラキの手が割って入り、足を止めさせた。


「待って」


何で!!


高熱の鍋に飛んだ一滴の冷水が、瞬く間に蒸発するように。

ジュッと沸いた怒りで叫びそうになったティクだが、ライがそうであるように。

フィラキもまた、無駄な行動をする人ではない。

そのことを冷静に思い直し、感情を抑えて、声量を抑えて静かに尋ねる。


「……何かいるの?」

「いるわよ化物が」


よっぽど命に無頓着でない限り、人は死に近い場所に拘束されたら、まず脱出しようと試みる。

その拘束する物が、容易く壊せそうなら余計にだ。

だが、ティクですら、壊せてしまえそうな檻に。ずっと力が強い大人がそこに居続けるということは。

肉体的ではなく、精神的な拘束を受けて、檻の中でいるという意味他ならない。

大人が束になっても勝てそうにない、そんな相手がいるということだ。


「待ってて」


フィラキの言葉に、ティクは素直に頷き。

それに、フィラキはにこりと笑みを浮かべ。

瞼と長い睫毛で温かな光を宿す琥珀の瞳を閉じた。次の瞬間。

その琥珀の瞳を宿す光は。

フィラキの吊り目に似合った。けれども、赤を思わせる女性に、合わない氷のような冷たき物に代わり。

笑みは消えた。


コツン、コツン。


静かな遺跡の石床は、ブーツの靴音はよく響かせる。

その音の持ち主は、間違いなく恐怖を与える化物の物ではない。

檻に入った人達は、一斉に顔を上げ。


右手の小剣を逆手に持ち、手甲を嵌めた左手で身を護る構えで。

音の主である女性に助けに来た救いか、または黄金教団ほ新たな絶望か。

憶測混じりの、様々な感情を入り乱れた視線をフィラキに浴びせるが。

フィラキは、自身を上から下まで丁寧に見る。男達の視線に慣れているように。

その手の、別種の意味で。感情が剥き出しな視線にも慣れていた。

だからこそ、視線を一切気にしないことも出来れば。

同時に、視線主から発せられる、不必要な情報を寄越す無駄な声も遮断できた。


「ォォォォォォ」


もっとも、フィラキが気にするまでもなく、場はすぐに静かになった。

その、声が響いた瞬間。多種多様な声が静まったのだ。

そんな中、フィラキが零した言葉は。


「わぁ……」


戦うのが面倒どうこうの話ではない。

アレと戦わなければならないことに、フィラキは引いた。

その化物は鉈を持ち、一部禿げた頭と、汚れてぼさぼさな髪に目の部位が空洞。

つまり、目無しだが、それが化物の特徴というには弱すぎた。


目がない以上に目立つのは。ティクとは違い、歪に鼻から下が伸びすぎて。

例え馬面だと馬鹿にされている人がいるとしても、この化物を見たら馬鹿にされている彼らすら、こう言うだろう。

それは、馬面の化物だと。


「ブルルルルル」


正人ならば顎に当たる部分に口があり、唇をぶるぶると震わせる様は、もはや馬に近い。

だが、馬とは違い。

どこかに残った人間性がそうさせるのか、恥部を隠すように汚れた腰布を纏い。

ライよりさらに高い背を持ちながら、骨に張り付くかのような皮膚を晒し、折れてしまいそうな二本足で立つ姿は。

辛うじて化物の元は人であることを、証明していた。


「…………」


だが、永遠に沈黙した真新しい女性の死体。

細い体で、幼き女子が可愛らしく全身で抱く人形とは違い、手で軽々と雑に握りしめる様に持つ姿は。

やはり化物と言うほかなかった。


「ブルルルルルル」


もう一度、化物は唇を震わせる。

そして、顔をフィラキがいる方へ向け。

化物と同様、目がない骨人であるライと、不思議と目が合ったような気配。

それをフィラキが感じた瞬間。


「ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ――――――!!!」


顎を外しながら叫ぶその声が、開戦の合図だった。

細い長身の体からは想像しにくいような、疾駆。

長さも厚さも化物に合う大きさの鉈を持つ腕を、縦や横にとデタラメにぶんぶんと振るいながら、大股で走り近づいてくる様には。


「わぁ……」


フィラキはまた、引いた。引ける程度の余裕があった。

そしてその余裕は、冷静な判断を次々と脳裏に浮かばせ。最適解を、体の動きとして反映させるまでの時間を確保できているという証だ。

ある夜に、開戦の声に委縮して、まったく体を動かせず捕まった人々と。

フィラキの動きの違いが顕著に表し始める。


「アァ!オォ!アァ!ア゛アァ!!?」


蟹のように横歩きしながら、上段でただ鉈を振り下ろす化物。

見た目からは想像も出来ぬ膂力を持つ化物が振るう鉈で、石床は哀れにも粉砕されていく。

鉈自体は、化物に合うサイズに作られた為か、大きいが特別丈夫な物ではない。

ただ、化物や相応の実力者が、武器や防具といった類を持つと。

それらの道具は、持ち手の力量にに合わせる様に、自然と強化される。


持ち手が雑で乱暴にしても、戦いの際に、道具が壊れることはあまりないのだ。

だが、何はともあれ当たらなければただの児戯。

フィラキは、振り下ろされる鉈を避けるべき瞬間が来た時に、後ろに飛び。

顔を半分覆う様に手甲を構え。鉈を振り下ろされるたびに舞う、砕けた石床の欠片から片目を守る。

視界の確保は基本だ。相手の動きを見なければ、避けることも攻撃することも普通はできないのだから。


(――来た!)

「ホォアアアア!!」


フィラキは、備え気を引き締める。

化物が鉈で壁を削り、火花散しながら、繰り出さす大振りの横薙ぎ。

触れようものなら、無事では済まないだろうが、フィラキはそれを好機の時と見た。


「はっ!」


タッと駆け出したフィラキは、跳躍しながら繰り出された横薙ぎを飛び越えて。

目のない顔をすれ違い様に、小剣で振り抜き。


「イァアアア!」


化物の薄汚れた皮膚を斬り、鮮血と悲鳴を出させた。

だが、決着はまだついていない。


(ギリギリで逸らされたわね)


フィラキの一閃は、化物の頬を裂いただけに過ぎず。

もっと大きく体を切り裂くならともかく、それでは化物は殺せない。斬るべきは、弱点()だからだ。

床に着地したフィラキは、逆手に持っていた小剣を順手に持ち替え。初速が出せる様に、四つん這い。

美しき赤髪の毛先が、血に汚れた床に触れる事を厭わぬ程頭を下げ、扇情的な線を描く尻を突き上げ。

手と足で、床を叩き。


化物が振り向く前に、脚の腱。人の形を成している以上。

そこもまた、命に重く関わるかは別として、弱点となっている箇所に。

這うような姿は蛇、けれども速さは獣の如く。

フィラキは化物のふくらはぎに小剣を突き立て、すぐさま振り下ろす。


「アアアアアア!!」


再び響く化物の声は、また悲鳴だった。

斬られ血を吹き出す左脚は、しばらくは使い物にならないだろう。

だが何よりも、そんな攻撃を受けたら、二本しかない支えを急に失ったことで、体がぐらつき。

化物であろうとうつ伏せに倒れる。


そして、そこに生まれた隙を見逃す程フィラキは鈍くない。

フィラキは、脚を斬った直後には、次の攻撃に動き始めていた。


跳躍。そして、片足を重心に、化物の心臓部位に落下の衝撃がそのまま伝わる様に、飛び蹴りを食らわせ。

空いていた左手で化物を顔を握り、石床に押し付け。

小剣を化物の頭に、脳に突き立てた。


「オォガアアァァ……」


化物は、衝撃のあまりか、ピンと四肢を伸ばした後。

ぐたりと、化物は全身に地に付けた。


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