序章 錆の騎士17
地下墓所。というには、徐々に掘って土や泥で固めただけの道から、堅牢な石造りの道と。
かつてあった戦を描いた物であろう。
光背が描かれた白竜と聖王、それに平伏す敗者の亜人と堂々と付き従う正人。
それに対するかのように描かれる。
異形の姿は化物を、朽ちた四肢と黒い液体を垂れ流して歩く姿は腐物。
多種多様な黒い武器を持ち、陣頭に立つ骨の姿は骨人。
保存状態が悪い為、立派かどうかは別として。古さだけはやけに感じられる壁画が描かれた壁の前には訂正するしかない。
ここは地下墓所から続く、規模こそあまり大きなものではないが、相当古い地下遺跡なのだと。
観光気分にはなれないティクとは違い。
はるかに気持ちに余裕のある。そんなライとフィラキは壁画を眺めながら足を進める。
「正亜大戦の壁画かしら」
「白竜と聖王がいることだし、末期の頃かもな。化物、腐物そして骨人。
彼の三つの大いなる闇が世界を跋扈し、渦巻く絶望。秩序なき世に降り立つ。白き究極の完成即ち。白銀の鱗。蒼色の瞳。そして白き絶対の力」
どことなく、芝居がかった口調。
見た目からは粗暴しか感じさせない錆の甲冑からは、想像しにくい。
だが、かつてあった大戦が神話として残され、今も語られる話を。
すらすらと語るライの姿は、不思議と聖職者特有の雰囲気とも言える。
言霊による神秘が、ティクには感じられた。
「謳われ、そして語れぬ名は白竜。聖王アインと共に。三の闇を討ち、五つの光を齎さん……」
「ライ詳しんだな」
「古い文献から、新しい解釈まで。色々調べたからな」
ライは白竜教会に、身内の誰かがそれなりに関りがある人間なのだろうか。
錆びているとはいえ、一般人が持つには多少値が張る甲冑を身に纏っているライは、亜人でありながらも。
白竜に強い信仰心を持つ、結構高名の家の出かもしれない。
そんな考えが浮かんだがティクだが、すぐにライの口から否定された。
「それで理解したことがある。俺は白竜含めて神様ってのが大嫌いだ」
「なっ!?」
場所によっては、すぐに白竜教会に捕らわれ。
亜人ならば、正人よりも重いの説教という名の体罰を受けかねない発言に。
亜人の血が混ざっている故か、これまでの経緯から。
そこまで白竜に対する信仰心が深い訳ではないティクだが、ライの言葉には驚かずにはいられなかった。
「最初はただ嫌いだった。だから、俺に出来る限りで調べた。そして……神って連中はどいつもこいつも。俺の求める救いはくれそうにないから。大嫌いになったそれだけさ」
だが、憎悪に満ちた物ではなく。
極めて言っていることは身勝手だが、真摯に語るライに。ティクは、一般的な聖職者が語る説教の、聞き真似程度の言葉をライに行ったとしても。
神へ期待していない故に凍てついているが。
それでも尚、神はいないとまでは思わず、熱心に調べ。
神と言う物に対して、一般的な考えからかけ離れた考えを持つライには、何も響かない。
そう確信できるほどの毅然さが、ライにはあった。
そしてそれが、ティクがライと聖職者達が持つ、不思議な雰囲気と一致しているようにもティクは感じていた。
「分かれ道だな」
壁画を眺めながら、歩み続けた三人の前に。
待っていたかのような、分かれ道。
こっちにティクの姉がいるぞ。
そんな、都合の良い案内看板はない。
目に見える範囲の道の先は、どちらも同じ暗闇。そして奥から漂う血生臭い嫌な臭いもまた同じくらいだ。
「フィラキ。どっちの方が人が多い?」
「んー……右の方が人が多そうね。左にも……人はいる」
「それじゃ俺が左。お前が右」
「分かったわ。こっちの人の救出したら、先に外に出てるわね。ここにいたら鼻が曲がりそうだし」
「頼んだぞ」
「えぇ任せて」
二人がもう語ることは終わりました。とてでも言いたげな雰囲気になり。
まったく説明を受けてないティクは、訳が分からいので堪らず。
「俺はどうすんだよ」
と声を上げるが。
「姉がいると思う方を選べばいい。頭を使ってな」
ぽんぽんと、ティクの頭を叩き。指先を軽くひねって首の向きを右にするライ。
つまるところ、右に行けということだ。
そして、ライは先に左の道を歩いて行った。
「大丈夫かなライ……」
「なんで?」
「あんな……あんな声を出す奴がいるんだ……三人で纏まって行った方が」
化物を見たことはないが、それらしい声を聞いたティクは、己の想像でしかその存在を形作ることはできない。
だからこそ、数的に有利。
最も酒場といい、腐物ことといい。
自身が役に立てるわけがない。ということは重々理解しているティクは、自身が戦力外であることを踏まえた上で提案するが。
「大丈夫大丈夫。化物が出ても、よっぽどがない限り私一人で殺せるし。あいつは私よりも強いから」
腐物を無傷で、一瞬にして倒したフィラキよりも、ライはさらに強いのか。
見てみたいという好奇心が、一瞬沸き上がるティクだが、今ライの元へ向かうのは化物の元へ向かうのと同じだ。
実際に行動にでようとはティクは思わなかった。少なくとも、それが蛮勇ではない、賢い行動のはずだからだ。
「まぁせいぜい無事を祈りながら行きましょう」
歩き出したフィラキを、ティクは一度左の道に目を向けたが。
大丈夫だというフィラキの言葉を聞き、進むべき道は分かっているので。
ティクはただ、ライの無事を今は白竜に祈りを捧げた。




