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序章 錆の騎士12


酒が少し入ったフィラキが天幕に入り、ごろりと隣に寝転がると、ティクはびくりと体を震わす。

ライは明言こそしてはいないが、ある種の同衾状態になることを認めていた。

だが、フィラキが本当に寝るとは思っておらず、伸ばせばすぐに女性の柔肌があるという状況に、ティクは緊張せざる負えなかった。


「ライは?」

「見張り」


いよいよをもって主人と奴隷という関係を、今一度第三者に問い返さねばならない両者の関係に。

ティクは突っ込む気はもはやなく。

眠気は、夕寝をしていた為元からあまりなく。

勝手に一人で緊張しているだけとはいえ、石像の様に静かになることが出来なかったティクは、沈黙より会話することを選んだ。


「怒ってた?」

「何で?」

「えっと……乱暴に食器置いたから?」


ティクの言葉に間髪入れず、フィラキは口元を抑えながら笑う。

馬鹿にしていると取られる行為だが、笑い声含めて上品さを感じると、悪感情は意外とそこまで湧かない。

ティクは笑われたことに対する怒りよりも、どこに笑うところがあったのかと、考えこんでしまう程だ。


「ごめんね。まぁそうね。道具はちゃんと丁寧に扱わないとね」

「……ごめんなさい」

「大丈夫大丈夫。それより、そういった気遣いがあの男にも出来たらいいのにねまったく……ケチで!乱暴で!口も性格も悪いから!」

「聞こえてんぞぉ!!」

「聞かせてるのよぉ!!」


天幕の外から届いた声を、普段から似たようなやりとりをしていると伝わる。

そんな、遠慮の欠片もないが、それ故にただ男女のロマンある関係とも。

主人と奴隷という冷たい関係と評するには少し困る。

ライとフィラキという個人とその関係に気になっていたティクは、昼間から抱いていた疑問を問いかける。


「じゃあなんであいつと一緒にいるの?」

「んー?」


赤髪をさらりと流しながら、顔を傾け、その琥珀の瞳でティクを捉えるフィラキ。

ティクも、水場のような奇怪な現象を起こすが、その美しい輝きは見飽きることが決してない、そう確信できる瞳を見つめ返すと。

フィラキの口の端が、意地悪く上がっていた。


「もしかして口説いてるの?」

「べべ、別にそういうわけじゃ……」


瞬時にポッ赤くなったティクの頬に、フィラキは今度はケタケタと口を押えることなく一頻り笑った後。


「んーまぁ一緒にいる理由と言われてもねぇ」


一瞬、考えるフィラキの眉間に少しだけ皺が寄るが、ティクはそれに気が付くことなかった。


「……あいつの奴隷やってる方が何かと不便しないから」

「奴隷なのに……」


いいのかと、言いかけてティクは、今までのライとフィラキの行動を思い出し。

とてもじゃないが奴隷には見えない。フィラキの好待遇に、不便しないというのは本当だと分かった。


「ほら、私って美人で性格もよくて、おっぱいも大きい上に血の癒者でしょ」


同意するが、頷き辛い質問にティクは思わず視線をフィラキの顔よりも下に向けるが。

即座に顔よりも上に向け、ただでさえ赤くなっている顔をさらに赤くさせた。


フィラキの顔の下にある二つは、それはもう立派な物だったからだ。

もっともフィラキは、自身の服装を趣味全開にして身に着けているので。

ティク含めて人に見られても、にやにやと笑い返す程度で、まったく気にも留めることはなく。

自身の白い手の、皮膚の下に流れる。癒しの力を秘めた血をじっと見つめていた。


「色々面倒な事ばっかりあってね」


その色々とやらが、大層な争いでもあったのだろうと、ティクは想像で思い描く。

だが、何があったのかはフィラキは話さなかった。

ティクもさすがに、聞くのは憚った。


「そんな時にあいつに攫われてね」

「人攫いかよアイツ!」

「必要なら攫うし、物も奪うし、殺しもするよ。"私達"」

「え――」


攫う奪う殺す。

どれも、ティクの知る言葉の中でいう、良くない言葉だ。何故ならそれらを行う者達は、決まって悪人達だからだ。

ティクの印象としては、ライはやっても不思議ではない雰囲気はあった。

だが、そのライの連れなので考えれば、当然と言えば当然だが。


フィラキまでそれらをやるとなれば、ティクはおちおち寝れるわけがなかった。

咄嗟に起き上がろうとしたティクの体の上に、それよりも早く、赤髪を浮かせながら動いたフィラキは乗り。

抵抗しようとしたティクだが、昼間にも見たフィラキの琥珀の瞳の輝きが強くなると、途端に体が動かなくなった。


「凄いでしょ私の眼。私よりテロスが低い相手なら。私は見るだけで体を縛れる。

化物には効かない、通用しない人もたくさんいる。でも、少なくとも私は普通の人にはない力を幾つか持っている。

だからかな、私は自分のことを人だと思っているけど、人は化物って、私を呼んでいたもあったわ」


ティクはここで初めて、フィラキの犬歯。

これがティク同様獣に近い姿をした亜人の中にはもっている者がいる。

歯の中でも丈夫な犬歯、それをより鋭くより長くした。所謂牙になっていることに気が付く。


「君は私をどう呼ぶのかな?」


化物。とはティクは言えなかった。

理由は、聞く気が最初からないのか、フィラキが目の力を解かないこと。

今はともかく、それまでは散々ライの代わりに自身を気にかけてくれていたフィラキを、例え人殺しをしたことがあると自称しても。

堂々と罵倒する勇気がティクがないこと。


そもそも、幼いティクですら抱きしめたくなる。

無邪気で明るく、それでいて優しさを見せたフィラキの顔が。

どこまでも悲し気で、寂し気な、壊れてしまいそうな儚い笑みを見せられて。

尚化物とは口が裂けてでもティクはとても言えなかった。


「まぁ、凄い眼があっても。血の癒者なんて大層な名前があっても。一番止めてあげたい相手は止めれない。癒してあげたい人を癒せない。意味のない眼に意味のない血よ」


自嘲的な笑みを浮かべるフィラキの意図を、ティクは理解できなかった。

だが、その笑みを浮かべる口から零れる吐息は、見えない桃色に染まっており。

牙も昼間に見た痛みを鈍くする紫色の光沢を放っていた。


「気になっているようで悪いけど、あんまり男女仲を詮索し過ぎると、痛い目に合うわよ……こんな風に」


牙を向けて顔を近づけるフィラキに、何をされるかは例え子供でも、本能的に察することができる恐怖に体を動かそうとするが。

ティクはフィラキの眼の力により、相変わらずそれは叶わない。

牙が首筋に当たり、皮膚が突き破る感触をティクは感じたが、痛みは感じてはいなかった。

そしてじゅるじゅると音を立てて、吸われていく血に言いようのない寒気をティクは感じつつ。


「じゃ、おやすみ」


必要以上に傷つかない様に弱者を拘束する眼、痛みを無くす唾液に、傷口をすぐに癒す血。

捕食者としては、どうしようもなく優しく捉えられてしまう、数々の力を持つフィラキの言葉を聞きながら。

死に向かうような冷たい沼に落ちるような感覚とは違い、どこかまだ触れてはならない高揚感を味わいながらティクの意識は落ちた。


「おい」


ティクの意識が落ちて、数秒も経たずに天幕に入る声の持ち主に。

フィラキは血で濡れた唇を指先を拭い、満足気に笑みを浮かべる。


「亜人の血が混じるとやっぱ正人と味が少し違――いてっ」

「雇い主の血吸う馬鹿がいるか」


指先で額を小突くライだが、フィラキに反省の色はない。

もっとも、ライも状況によってはティクに、フィラキへの献血を要求する気があったので、体裁のように小突いたまでだ。

フィラキの血を吸う行為は、所謂伝承にある吸血鬼のような生存に必須だからという理由とは、若干異なる。

菓子類を食すような、嗜好品のような面をフィラキは一切持ってないとは言えないが。


多少の規則は設けているが、ライはフィラキの吸血行為がフィラキがフィラキとして生きていくうえで。

化物と違い。無意味に食い殺すものとは違い、殺す必要がなく。

そして必要な物であると考えているので、禁止はしていなかった。

吸血するといっても、量は死に至るほどの血は必要なく。

フィラキ持つ力により痛みはないし、傷もすぐ治る上に、僅かながら快楽を与える。

どちらも利益がある、良心的な行いであるからして。


伝承にある吸血鬼が仲間を増やしたり、従僕を増やす為に行う吸血行為よりも、はるかにマシだ。

というのはライとフィラキの言い訳だ。

今回の場合は、ティクが人攫いという言葉を発していた辺り。

ティクがフィラキの気に障ることでも言って、寝かせるついでに黙らせたのだろうと、ライは解釈していた。


「ここにい――あうち」

「口答えしてないでさっさと寝ろ」


ここで小突いたのは、主人に対する口答えの罰だ。

はいはいと罰せられた本人が曖昧な返事をし、口の端をにやりと上げている辺り、罰の効果はない。


「昔みたいに子守歌を歌ってくれるなら、寝るわよぉ?」


そう、母親に強請る子供ではなく、思い人に甘える大人として。

ライの手を取り、胸に引き寄せ笑みを浮かべるフィラキだが。


「うるせぇ寝ろ」


怒気を混じらせながら即座に返ってきた言葉と共に、ライは焚火の前に戻ってしまい。

フィラキは今度ばかりは、取りつく島がないことが分かり。苦笑いを浮かべつつ、真面目に床に就く。

だが、すぐさま先ほどの会話を思い出した。


何故ライと一緒にいるのか。


別に男女の仲が、どこまで進んでいるのかという、下品な意図ではない。

純粋に、ライとフィラキという個人と、その関係の興味から来た質問であることくらい。フィラキも分かっていた。

だからこそ、正直に話すとうっかりと自身ですら気恥ずかしくなりそうな言葉が出てしまいそうだったので。

フィラキは無理にでも話を逸らしたのだ。


「理由なんて、決まってるのにねまったく。この鈍さ、ちょっとライに似てるかも」


要するに、恥ずかしいので言わせるな。といった所だ。

幼いころは、それこそ主人と奴隷のような、もっと単純な付き合いでよかったが、下手に時間が重なると。

それはそれは、複雑な事情が絡み合ってしまい。

普段は白いその頬を、朱色に染めることになる程度には、口に出すのが気まずい事ばかりなのだ。


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