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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第十七話 しもやんで なえいずる
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霜止出苗その四 芸披露

「お待たせしました。さっそくお昼をいただきましょう!」


 苗代田水口での祈りを終えた黒姫の合図で、賑やかな昼食が始まりました。


「美味い、美味いぞ、桜鯛!」


 こんがり焼き上がった桜鯛の一夜干しに、いの一番にかぶり付く恵姫。朝食が遅めだったので、さほど空腹ではないはずなのですが、どうやら魚は別腹のようです。とんでもない勢いで食べています。


「ほらほら、お福ちゃんも好きな物を食べてね。みんなが楽しく愉快になればなるほど、田の神様も喜んで良い苗を生やしてくれるんだから」


 黒姫に勧められて穴子の八幡巻に手を伸ばすお福。ふっくらとした穴子と歯ごたえのある牛蒡の旨味に、思わずほころぶお福の顔。花見の時以来、久しぶりの御馳走を口にして、元気のなかったお福にも少し明るさが戻ってきたようです。


『黒の奴め、なかなかやるではないか。これなら任せておいても大丈夫じゃな』


 横目で二人の様子を眺めながら、食欲の赴くままに食べ散らかす恵姫。口に入れるたびに「絶品じゃ!」とか「たまらぬ旨さじゃ!」とか叫ぶので、喧しい事この上ありません。一方、もう一人の大食いである毘沙姫は表情を変えず、黙々と料理を口に運んでいます。


「おい、毘沙。もちっと味わって食わぬか。まるで味のない餅を口に放り込んでいるような食い方ではないか」

「あ、ああ、済まないな。癖だ。いつも腹を満たす為だけに食ってばかりいるからな」

「毘沙姫様は諸国を遍歴されていると聞いております。毎日どのような所で寝泊まりされているのですか」


 恵姫のお供をして伊瀬に行って以来、旅への関心が増した雁四郎です。住む場所を持たず旅の日々を過ごす毘沙姫の生活に興味津々のようです。


「神社だ。姫であれば、寝床も飯も用意してくれる。無賃でな」

「えっ、姫なる者が神社に行けば、そのように扱われるのですか」


 これまた雁四郎にとっては初耳でした。それならば島羽に滞在中、何も家老の屋敷で世話にならずとも、神社に行けばよかったのです。何故そうしなかったのか恵姫に問いただそうとしたところ、雁四郎の疑問を逸早く察知した恵姫が答えました。


「あ~、みなまで言うな、雁四郎。お主の言いたい事は分かっておるぞ。何故、島羽でそれを言わなかったのか訊きたいのであろう。実はな、神社の飯は大変質素なのじゃ。幼い頃に何度か厄介になったが、悲しくなるような食い物ばかりじゃった。お主やお福をそのような辛い目に遭わせるのは、慈悲深いわらわにはとてもできぬこと。それ故、あの家老の親切に甘えさせてもらったのじゃ。それもこれも全てはお主たちの為を思えばこそであって、わらわが贅沢をしたいとか、居心地の良い座敷で休みたいとか、そんな理由では決してなかったのじゃぞ。分かってくれるな。はぐはぐ」


 ようやく磯島お手製の握り飯に手を付けて、衰えることのない食欲で口を動かし続ける恵姫の言い分を聞いて、ああ、やっぱりなと思う雁四郎です。見苦しい言い訳に過ぎないにしても、最後に本音が語られていたので、これ以上ツッコむのは止めておくことにしました。

 気持ち良い三月の青空の下での昼食は、こうして賑やかに過ぎて行きました。十人分はあろうかと思われた五段重箱弁当も、二名の大食い姫によって、ほとんど食い尽くされています。


「さて、それではあっしは野良仕事の続きをしてまいります。水口祭も無事済みましたことですし、黒姫様も皆様も、しばらく寛いでくださいまし」


 食後の口直しに大根の酢漬けを用意した田吾作は、一人で苗代田の方へと歩いて行きました。残された五人はすっかり満腹状態です。お福も満足な表情で遠くの景色を眺めています。


『うむ、お福の機嫌は確実に良くなってきておる。ここでもうひと押しすれば元の明るく元気なお福に戻るはずじゃ』


 恵姫は黒姫に向かって目をパチパチさせました。お腹が一杯で少し眠くなっていた黒姫は、すぐには頭が働きません。しかし、恵姫がお福を見たり黒姫を見たりまたお福を見たりしている内に、ようやく気が付いたようです。


「よおし、食後の余興にこの黒ちゃんが、みんなを楽しくさせちゃうよ~」

「おう、黒、待っておったぞ、この芸達者め。ぱりぽり」


 大根を齧りながら応援する恵姫。ここで黒姫の芸を見せてお福を笑わせることができれば、今日の任務は完了。大手を振って磯島に報告できます。黒姫はゴザの上にすっくと立ち上がると、野良着の懐から小槌を取り出しました。それを振り上げると髪が持ち上がり、先端が白く光ります。


「召す!」


 現れたのは白黒斑鼠の次郎吉でした。既に黒姫の意を理解しているようで、いきなり逆立ちをしたり、二本足で歩いたり、鼠離れした曲芸を披露し始めました。


「わははは、これは愉快じゃ。ぱりぽり」


 大根を齧りながら大喜びの恵姫、さぞかしお福も喜んでいるだろうと目を遣れば、喜ぶどころか怯えた顔をして身を縮こまらせています。恵姫ははっと気が付きました。


「黒、やめるのじゃ、お福は鼠を嫌っておるのじゃぞ」

「あ、そう言えばそうだっけ、てへ」


 慌てて次郎吉を手に乗せると、ご褒美の米粒をあげて地に放つ黒姫。先ほどまで明るかったお福の表情は、またも暗くなっています。


「てへ、ではないわ。うっかりにも程があるぞ、黒。陽気なのはいいが脳天気な部分は反省せねばな」


 恵姫自身もお福の鼠嫌いを忘れて喜んでいたのですから、黒姫だけを責めるのは少々酷です。それでも黒姫はお福に向かって素直に謝りました。


「ごめんね、お福ちゃん。すっかり忘れていたよ。いつかまた鯛焼きを作ってくるから、それで勘弁して」


 お福は少し笑みを浮かべると、再び元の暗い表情に戻ってしまいました。これでは城を出た時と全く状況が変わっていません。


『まずいな。何とかせねば……』


 黒姫が不発に終わった今、次に頼りになるのは雁四郎です。恵姫は呑気に大根を齧っている雁四郎の脇腹を小突きました。


「んっ、如何されましたか、恵姫様」

「おほん、雁四郎、わらわは退屈しておる。何か芸を見せてみよ」


 そう言ってお福を見、雁四郎を見、またお福を見る恵姫。これだけで雁四郎も悟りました。


『なるほど。お福殿を励ますために何かしろと、拙者に言いたいのだな』


 雁四郎はゴザの上にすっくと立ち上がりました。いつの間にか右手には木刀が握り締められています。


「おい、雁四郎、お主、こんな場所にまで木刀を持参しておるのか」

「武芸の鍛錬は一日とて欠かしたことはございません。伊瀬への旅でもご覧になっていたはずでしょう、恵姫様」


 そう言われてみれば、あの十七日に及ぶ旅の間、暇さえあれば恵姫の木刀を振っていたような気がします。


『雁四郎の奴め、どこまで稽古馬鹿なのじゃ。まあよい、気合いを入れてお福を励ますのじゃぞ』


「されば、まずは基本の素振りから、一、二、一、二……」

雁四郎は鍛錬を始めました。最初は正面素振り。次は左右素振り、更に前後左右に飛び跳ねながらの早素振り、それが終われば立木を利用した切り返し、枝への打ち込み。

「はっ、やっ、とう!」


 額に汗が滲むほどに木刀を振る雁四郎。一方のお福は欠伸をしています。釣られて恵姫も黒姫も欠伸が出てしまいました。はっきり言って木刀の鍛錬の様子を見ていても何も楽しくありませんし、元気も出てきません。


『武芸一筋の雁四郎にお福を楽しませる芸をせよとは、所詮無理な注文であったか。ふあ~』


 頭の中で欠伸をしてしまう恵姫。しかし毘沙姫だけは違いました。目がらんらんと燃えています。


「雁四郎、一人ではつまらんだろう。相手をしてやろう」


 どうやら剣の鍛錬を見ている内に、毘沙姫の闘争本能に火が点いたようです。力を持つ姫の中で最高の武力を誇る姫なのですから、無理からぬことでしょう。大剣を背負ったまま手を伸ばして小枝を折り、雁四郎に対峙しました。


「おう、稽古馬鹿の雁四郎と怪力毘沙の対決か。これは良き見ものであるな」


 お福のことは其方除けで膝を乗り出す恵姫ではありました。


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