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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第十三話 つばめ きたる
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玄鳥至その五 全快露見

「姫様を元気付けるには海のものを食べていただくのが一番です」


 数日前に磯島がお福に言った言葉です。

 お福は申し訳なく思っていたのです。自分も一緒に拐かされたのに、恵姫だけが辛い目に遭ってしまったと。自分よりもきつく縄で縛られ、頬を殴られ、自分を助けるために大きな力を使って、すっかり弱ってしまった恵姫。自分ができることといえば、毎日貝を採って恵姫に食べてもらい、早く元気になってもらうことだけ、そう考えたお福は手隙があれば海に出て、貝を採り続けていたのです。


「なんと健気な娘じゃ。わらわのためにここまでしてくれようとは……」


 さすがの恵姫も自分の悪事を少し後悔し始めました。明日からは少しずつ元気になっていくことにしよう、皆に心配をかけるのは明日からはやめよう、そう明日からは心を入れ替えよう、明日からはな、だから今日は思う存分釣りをしよう、と、これまた反省しているのかしていないのかよく分からない決心をして、そっと岩場の陰から遠ざかろうとした恵姫でした。が、


「やや、あれは高波ではないか」


 沖の方から一際大きな波が押し寄せて来たのです。貝採りに夢中になっているお福はどうやら気付いていない様子です。


「このままでは、お福はあの波をまともにかぶってしまう。着物が濡れるだけなら良いが、下手をすれば波と一緒に沖へさらわれてしまうかもしれぬ……」


 それくらいの危惧を感じるくらい大きい波なのです。今すぐにお福に危険を知らせ、海から遠ざけなくては大変なことになりかねません。


「じゃが、どうやって知らせればよいのじゃ。声を出せばわらわがここに居ることが露見してしまう。石を投げてすぐに隠れるか、いや、波をやり過ごした後に探しに来られてはすぐに見つかってしまうじゃろう。う~む、どうすればよいのじゃ」


 そんな煩悶をしている内に波はこちらへ押し寄せてきます。何も知らずに貝を採り続けるお福。恵姫のために、恵姫を元気にしてあげたい、ただそれだけを願って貝を採り続けるお福。

 波は間近に迫ってきました。今、声を掛けてももう間に合わないでしょう。

 その時、一羽の燕が恵姫の目の前を横切りました。


「はっ!」


 巣作りのために南の国から戻って来た燕のように、恵姫の心に数日前の自分の言葉が戻って来ました。破壊された船を眺めながらお福に言った言葉。命を懸けても守る、恵姫は確かにそう言ったのです。


「そうじゃ、わらわは何を迷っておるのじゃ。あの時、お福を守ると約束したではないか」


 決心した恵姫は一段高い岩によじ登ると、海に向かって両手を上げました。髪が持ち上がり、その先が青く光り始めます。押し寄せて来る波。ようやく気付いたお福が立ち上がった瞬間、恵姫の声が浜に響き渡りました。


「割れよ!」


 お福の目前に迫っていた波が二つに割れました。それはまるでお福が岩となり、その岩に当たった波が左右に分かれて流れていく、そんな風に見えました。

 お福はあり得ないという目で押し寄せて引いていく波を見ていました。着物はまったく濡れていません。波はお福に触れることなく引いて行ったのです。


「……!」


 何かを悟ったようにお福は周りを見回しました。そして岩の上に立つ恵姫を見付けると、その表情は驚きに変わりました。


「見つかったか」


 観念した恵姫は岩から飛び降りました。突っ立ったままこちらを見ているお福に手を振りながら言いました。


「や、やあ、お福ではないか。貝採りご苦労であるぞ。ああ、わらわのことは気に掛けぬともよい。毎日そなたの採ってくれた貝を食っていたせいか、急に具合が良くなってな。ちょっと浜を散歩しておるだけなのじゃよ。うむ、まあ、まだ全快とは言えぬのでな、これから城に戻ろうと思っておる。お福も日が暮れる前に戻るのじゃぞ」


 お福が右手を上げて恵姫を指差しています。『その背中にある釣竿と釣り具箱は何?』こう言いたいのでしょう。恵姫は汗をかきながらまたも苦しい言い訳です。


「あ、ああ、これか。いや、別に釣りをしていたのではないぞ。ついさっきまで床に伏していたわらわが、いきなり釣りなどできるはずがなかろう。こ、これは、その、えっと、そうじゃ、浜に釣り具を置きに来たのじゃ。体が良くなったらいつでも釣りをできるようにと思ってのう。釣り具を持っているからと言って、釣りをしに来た、などと早合点をしてはいかんぞ、お福」

 と言っている恵姫の道具箱から、イワムシが一匹這い出てきました。餌箱をきちんと閉じていなかったようです。

「あ、なんじゃ比奴は。いつの間に釣り具箱に入り込んだのじゃ」


 既にバレバレな状態にもかかわらず、まだシラを切ろうとする恵姫。お福は唇をぎゅっと噛み締めています。握った両拳はぶるぶると震え、腰に桶を括りつけたまま、肩を怒らせて恵姫の方へつかつかと歩き始めました。こんなに怒っているお福を見るのは初めてです。


『さすがのお福も怒るか。無理もないのう、騙して貝を採らせていたのじゃからな。此度は完全にわらわが悪い』


 恵姫はこれ以上の弁解を諦めました。素直に謝ればお福も許してくれるはず、そう思いながら歩み寄ってくるお福を戦々恐々として眺めていました。


「お、お福、あの、その……」


 恵姫の体にくっ付かんばかりに近付いたお福の目は怒りに燃え、握りしめた拳はゆっくりと持ち上がります。恵姫は覚悟を決めて目を閉じました。


『殴るつもりか。仕方あるまい。せめて拳でなく平手で殴って欲しいものじゃ』


 歯を食いしばってお福の一撃を待つ恵姫。女頭領に続いてこれで二度目か、耐えるのじゃぞわらわの頬よ。とすっかり観念してしまった恵姫でしたが、お福の取った意外な行動に全身から力が抜けてしまいました。


「お、お福、そなた……」 


 お福は両手で恵姫を抱いたのです。胸に顔を押し付け、大切な宝物を守るように恵姫の体にしがみついたのです。恵姫はお福の頭を撫でました。ここまで自分を想ってくれるお福の気持ちを嬉しく感じました。


「済まなかったな、お福。皆が親切にしてくれるので、その優しさに甘えて、つい病の振りをしてしまったのじゃ。さりとて最初の二日間は本当に苦しかったのじゃぞ。今となっては言い訳にしか聞こえぬがな」


 顔を上げたお福は小さく頷きました。騙されていた悔しさより、恵姫が元気になった喜びの方が遥かに大きいのでしょう。その顔はいつも通りの笑顔で溢れていました。


「許してくれるのか。ありがとうお福。わらわは幸せ者じゃ。これからは磯島に嘘を付いてもお福には嘘を付かぬようにする。んっ、何じゃ、肩で動いておるのは……」


 右肩から首の辺りでごそごそ動くものがあります。手を伸ばして掴み顔の前に持ってくると鼠でした。


「おう、黒の可愛がっておる次郎吉ではないか、何故こんなところに……」

「姫様!」


 それは雲一つない晴天に、何の前触れもなく轟き渡る雷鳴のように、恵姫の耳を襲撃しました。これまでに何度も繰り返されたこの展開。しかし今回聞こえて来た磯島の声は、その大きさも、その怒気も、その凄みも、これまでとは比較にならぬ威圧感を帯びていました。


「ごめんね~、めぐちゃん。磯島様、勘が良すぎて騙せなかったよ、てへっ」


 黒姫の声も聞こえます。川の上流を見ると、磯島が引き連れて来た三人の女中が黒姫の体をがっちりと拘束しています。鼠の次郎吉を使ってこの場所を突き止めたのでしょう。


『黒め、どこまで役に立たぬおなごなのじゃ。こんな僅かな時間ですら身代わりが務まらぬとは』


 絶体絶命の窮地に追い込まれた恵姫。日頃の言い訳捏造修練の成果を発揮するのはこの時とばかりに、ある事ない事喋り始めます。


「あ、あ~、磯島か。何を怒っておるのじゃ。ここは喜ぶべきであろう。あんなに弱っていたわらわが、これこの通り、浜に出て釣りができるくらい、元気になったのじゃからな。黒が見舞いに来てくれたことで、どうやら病の方から退散してしまったみたいであるぞ。ああ、もちろん磯島やお福がわらわのためにずっと尽力してくれたことは感謝しておる。礼を言うぞ。うむ。さて、体も冷えてきたことじゃし、そろそろ城にでも戻るとするかのう」


 と、まるで人ごとのような様子で、磯島の横を通り過ぎようとした恵姫は、襟首をむんずと掴まれました。


「お元気になられてなによりです、姫様。ところで数日間に渡って私たちを騙し、仮病を装い、お稽古事をさぼり、贅沢な食事を貪り、一日中寝床でごろごろし、くだらぬ雛人形を飾らせ、絵草紙を不当に入手され、黒姫様を身代わりにして浜で釣りをしておられた、これらの所業についてはどのように言い訳されるおつもりですか」

「ごめんね~、めぐちゃん。磯島様に追及されて全部喋っちゃったよ」


『黒め、どこまで口の軽いおなごなのじゃ。役に立たぬどころか事態を悪化させているではないか』


 黒姫によって全ての悪事が露見してしまった以上、もはや何の言い訳も思い浮かびません。恵姫は襟を掴んでいる磯島の手を素早く振り解くと、海に向かって駆け出しました。


「逃がしはしませんよ、それ!」


 磯島が引き連れて来た女中は、恵姫確保用に選抜された生え抜きの凄腕揃いです。逃げる恵姫にあっと言う間に追いつくと、一人は両足を拘束、一人は両手を拘束、一人は髪を巻き上げて力を封じます。


「こりゃ、髪をまとめるな。離せ。わらわは姫であるぞ。無礼は許さぬ。こんな事をしてただで済むと思っておるのか」

「既に厳左殿より許可は下りております。姫様確保のためならどのような手段を講じてもよいと」

「な、なんじゃと……わかった。謝る。詫び状も書こう。その代わり弁解の機会も与えてくれ。磯島、悪気があったわけではないのじゃ。つまり、その、出来心と言うか」

「お話は城に戻ってからゆっくり聞かせていただきます。さあ、あなたたち、姫様を城へ運びますよ」


 こうして城へ連れ戻された恵姫は、日が暮れてからも磯島と厳左に小言を言われ続けました。当然、絵草紙は没収。綿入れ布団は回収。散らかった玩具、食べかけの煎餅、その他も取り上げられました。夕食は完全に抜きです。

 それでも恵姫の体が快復したこと自体は祝うべき事柄なので、罰はそれだけに留まりました。恵姫にしてみれば不幸中の幸いと言ったところでしょう。


「うう、腹が減ったのう。これまでの贅沢のせいで夕食抜きが身に沁みるわい。磯島、せめて茶だけでも飲ませてくれ~」


 悪事はいつかばれるもの。嘘もほどほどにしないといけませんね。


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