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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第十三話 つばめ きたる
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玄鳥至その四 身代わり

「仮病は今日で終わりにして、明日からは今まで通りの毎日を始めるんですよね、めぐちゃん」


 お茶を飲んでまったりしながら黒姫が再度の念押しです。恵姫は湯呑を置いて少し考えました。


「う~む、黒との約束であるから、今日限りで仮病を止めにすることに関して異論はない。さりとていきなり『治りましたっ!』ではいかにもわざとらしい気がするのう。やはり徐々に快復の兆しを見せつつ、五日ほど掛けて普段の生活に戻っていった方が良いのではなかろうか」

「もう、めぐちゃんったら」


 いかにも自堕落な恵姫の提案に黒姫は少々呆れ顔です。しかし、言われてみればそれも一理あります。磯島の勘の良さを考慮すると、突然『全快しました』では怪しまれるかもしれません。徐々に元気になっていた方が疑われずに済むでしょう。


「う~ん、それもそうかもしれないねえ。分かった、めぐちゃんの好きにすればいいと思うよ」

「おお、賛同してくれるのか。さすがは我が従姉妹じゃ。そうと決まれば黒よ、この布団の中に入ってしばらく眠ってくれ」

「はあ?」


 黒姫は首を傾げました。肩に乗っている鼠の次郎吉も一緒に首を傾げています。徐々に快復することと、黒姫が布団に入ることの関連性がさっぱり分かりません。


「あの、めぐちゃん、どうしてあたしがお布団に入らなくちゃいけないの」

「相変わらず気が利かぬのう、黒は。よいか、わらわはこれから徐々に快復するのであるから、この布団から出られるのは五日後じゃ」

「うん、そうですよね」

「わらわは既に五日間もこの布団に入っておる。つまり五日間、浜には行っておらぬのじゃ。そして更に五日間、浜には行けぬ。これでは体が鈍って仕方がない」

「まあ、鈍りますよねえ」

「そこでじゃ。今からわらわは浜へ行って、存分に遊んで来ようと思う。黒はその間、布団の中に潜り込み、わらわの身代わりをして欲しいのじゃ」


 なんと虫のいい話なのでしょう。恵姫の自分勝手流御都合主義は人の良い黒姫ですらたじろがせてしまう威力があります。悪事の片棒を担ぐなんて真っ平御免の黒姫は、当然の如く断りました。


「そんな、磯島様をだますような真似、あたしにはできないよ」

「つれないではないか、黒。ほれ、この掛け布団を見よ。父上が使っておる綿入りの布団であるぞ。いくら庄屋の家が裕福とて、綿入りの掛け布団など使ってはおらぬであろう」

「ま、まあ、冬は藁入りの布団ですけれど……」

「綿入りの掛け布団に包まってみたいと、以前申しておったではないか。黒よ、この機会を逃せば、綿入り掛け布団に包まることなど二度できぬかもしれぬぞ。ほれ、いいから一度入ってみよ、ほれ、ほれ」


 綿入りの掛け布団、それは黒姫の憧れでした。噂に聞いたふかふかでほかほかの布団、それが目の前にある……黒姫は恵姫の言葉に誘われるように布団の中に入ってしまいました。


「わあ~、凄く気持ちいい。まるで雲の中にいるみたい」

「そうであろう、そうであろう、よかったのう、黒」


 黒姫の協力を強引に取り付けた恵姫は、さっそくいつもの釣り装束、短丈小袖に建着袴、足には革足袋を身に着けると、釣り具一式が入った箱を背負いました。これまで浜に隠してあった釣り具は、二回目の与太郎侵入事件の時に全て没収されているので、城から持参しなくてはなりません。今日は本当に久しぶりに間渡矢で行う釣りなのです。


「では、行ってくる。黒、よろしく頼んだぞ」

「は~い、早く帰って来るんだよ~」


 黒姫の見送りを背に受けて座敷を出る恵姫。既に下城の刻は過ぎているので表御殿に人影はほとんどなく、奥御殿も夕食の支度を始める前とあって、女中たちは部屋で休んでいるようです。難なく奥御殿の外に出る事ができました。


「しめしめ、これなら誰にも見つからずに浜に下りられそうじゃわい」


 恵姫は城を抜け出る時にいつも使っている東側の木戸口から城の外へ出ました。燕が翼を翻しながら目の前を横切って行きます。


「ほほう、もう燕が飛んでくる季節となったか」


 見上げた青空には白い雲。五日ぶりの外出に心も体も晴れ晴れします。解放感を満喫しながら浜へ下りた恵姫は、まず餌となるイワムシを捕ることにしました。持参した釣り具箱から小型の二本鍬を取り出し、岩の下をガリガリと掘ります。長いミミズみたいなものが出てきたら餌箱に放り込みます。岩の穴に潜んでいたりもするので、割ったり叩いたりして取り出します。こんな地味な作業でも久しぶりに行うと楽しいものです。


「うむ、これくらいでいいじゃろう」


 イワムシがある程度捕れたので、さっそく釣りを開始しました。心地よい潮風、温かい午後の日差し、子守唄のような波の音。そう、恵姫にとって釣りとは、単に魚を捕ることではなく、こうして全身で海を感じることなのです。恵姫は竿から海へと伸びている糸を眺めながら、のんびりと釣りに興じていました。


 そうして結構な時間が経ちました。未だに釣果はありません。


 更に結構な時間が経ちました。やはり釣果はありません。


「釣れぬな」


 全身で海を感じることが恵姫の釣り、とは言っても全然魚が釣れないと、それはそれで面白くないものです。


「場所を変えるか」


 恵姫は一旦釣り竿を収め、釣り具箱を背負いました。

 魚を捕ること、それは恵姫にとっては容易なことです。海水を制する力があるのですから。しかし、力を使ってしまってはもう釣りとは言えません。釣りとは人と魚の一対一の真剣勝負。正々堂々と戦いに挑み打ち負かした魚なればこそ、美味しく料理をいただけるのです。それゆえ恵姫は姫の力を封じて釣りをしているのです。


「どこがいいかのう」


 別の釣り場を探して浜を見回す恵姫。一羽の燕がキラリと翼を光らせながら南へ飛んでいきます。その先にはごつごつした岩場が広がっています。ふと、以前、岩場の向こうでかなりの大物を釣った記憶が蘇りました。


「うむ。南の磯に行ってみるか」


 恵姫の髪が持ち上がると淡く青白い光が先端に灯りました。そのまま海に入ると、恵姫の体は海面の上を滑るように南へと動き始めました。この東の浜は南も北もがっちりと岩に囲まれ浅瀬もないので、南に移動するには海上を行くしかないのです。

 やがて岩場が終わり浅瀬の広がる磯に来ました。恵姫は岩に飛び乗るとその上をひょいひょいと軽やかに歩いて行きます。


「さて、どこで釣ろうかのう」


 釣り場を探しながら歩いて行くと、磯の途切れた辺りに人影のようなものが見えてきました。


「んっ、誰か居るのか」


 そこは細い川が海に流れ込む河口で、また砂浜になっています。その浜に裾をまくった女がしゃがみこんで何かをしています。


「あれは……あれはお福ではないか!」


 恵姫は慌てて岩の陰に身を隠しました。こんな所でこんな格好をして釣り竿と釣り具箱を担いでいる姿を見られでもしたら、一大事どころではありません。病気と偽り、数日間に渡って城内の者を騙してきた恵姫の悪事は露見し、罰として夕食は抜き、いや、下手をすれば仕置き部屋に放り込まれる可能性もあります。


「まずいのう、ここは気付かれぬうちに撤退するのが一番じゃ。さりとてお福はこんな所で何をしておるのじゃ」


 早急に引き返すべきであると頭の中では決定しているのに、恵姫の好奇心はその決定を先伸ばしにするほど強力でした。岩の陰からそっとお福の様子を伺う恵姫。お福の傍には木の桶があって、流されないように紐で腰に括り付けられています。そして尻が濡れるのも厭わず水の中に入って砂を鍬で掻いています。


「そうか、貝じゃ、貝を採っておるのじゃ」


 恵姫はここ五日間の食事を思い出しました。貝の汁物、焼き貝、蒸し貝、どの食事にも必ず貝料理が供されていました。


「あれは、お福が毎日採っていてくれたのか」


 そして今日もお福は、元気を失くしている恵姫に貝を食べさせたい一心で、まだ冷たい水に足を浸して貝を採っているのでした。


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