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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第十三話 つばめ きたる
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玄鳥至その三 仮病姫

 布団に潜り込んでいる恵姫には、黒姫がどんな表情をしているのか見えません。自分の名を呼ばれて、恵姫は弱々しく返事をしました。


「黒よ、わらわに遠慮せず食べるがよい、茶も飲むがよい。わらわは食欲がなくてのう」

「コツン!」


 黒姫は布団から僅かに出ている恵姫の頭を小槌で叩きました。


「これ、黒、何をするのじゃ。小槌はそのように使うものではないぞ」

「コツン、コツン!」


 恵姫の言葉を無視して、頭を叩き続ける黒姫。


「黒よ、そなたは鬼か。体を弱らせ、明日をも知れぬ命となったわらわに対して、なんという無情な仕打ち……」

「行け、次郎吉!」


 黒姫の合図で次郎吉が布団の中に潜り込みました。恵姫の驚きと悲鳴と笑い声が聞こえてきます。


「こりゃ次郎吉、何をする。ああ、それはわらわの食い物じゃ。齧るな、きゃはは、これ、どこを触っておるのじゃ、やめろ、やめろ、おい、黒、早くやめさせぬか」

「えい!」


 黒姫は恵姫の掛け布団を両手で掴むと、一息で引き剥がしました。全身が露わになる恵姫と次郎吉、そしてその周りには絵草紙や鯛の玩具や食べかけの煎餅や手拭いなどなどが散らばっています。まるで恵姫の物入れの中身を敷布団の上にぶちまけたかのような光景が出現したのでした。


「な、なにをする。いきなり布団を引っがすとは無礼千万であろう」


 散らばったガラクタを慌てて隠そうとする恵姫を冷ややかに見下ろしながら、黒姫は呆れ顔で言いました。


「やっぱりね。めぐちゃん、とっくに治っていたんでしょう」

「ありゃ、気が付いておったのか、黒」

「当たり前だよ~、何年めぐちゃんと付き合ってきたと思っているの」


 そうです。恵姫は仮病を使っていたのです。これだけ多くの人間を平気で騙せるとは、恵姫の度胸もたいしたものと言えましょう。


「まあ、ばれてしまったのなら仕方ない。実は黒ならば感づいておるであろうなとは思っておったのじゃ。ぐびっ」


 開き直った恵姫は座敷に座り直すと、女中が持ってきたお茶を飲み始めました。


「いくら勘のいい磯島様でも姫の力についてはほとんど知らないでしょうからね、騙されるのも無理はないよ。五日も寝込むような力の使い方なんて有り得ないもの」

「そうじゃ、それだけの力を一気に使ったのなら、存在自体がとっくに消滅しておる。わらわも危うく力を使い過ぎるところであったぞ。ぱくぱく」


 今度は茶菓子の饅頭を食べ始めました。次郎吉はいつの間にか黒姫の肩に戻っています。


「でも、めぐちゃん、ちょっとやり過ぎじゃない。みんなに心配させているだけでなく、無駄遣いもさせているんでしょ。ごくごく」


 今度は黒姫がお茶を飲み始めました。恵姫は悪びれる様子をまったく見せず、豪快に笑いながらの自慢話です。


「わははは、黒が気を揉むことはないぞ。大きな声では言えぬが、此度の件で島羽の乗里から結構な額の見舞金を貰ったのじゃ。悪党どもを一網打尽にできたのは、全てわらわの活躍あったればこそ。いわばわらわへのご褒美じゃ。よってそれをどう使おうとわらわの自由である。この五日間は夢のような日々であったぞ。午前の稽古事はやらずに済む。朝昼夕毎日美味い物が食える。磯島は優しい。どんな我儘も聞いてくれる。全てはわらわの望むがままじゃ。見よ、あの雛飾りを。わらわの長年の夢であった黒鯛様、赤鯛様が雛壇に飾られておるわ。このような事、病にでもならねば到底実現不可能じゃ」

「めぐちゃん……」


 恵姫と長年付き合ってきた黒姫は、自分の欲望に忠実な恵姫の性格をよく分かっているつもりでした。しかし、ここまでみんなに心配を掛けて、平然としていられる恵姫の厚かましさに、さすがの黒姫も少々嫌悪感を覚えてしまいました。


「それにしたって五日間はやりすぎだよ。めぐちゃん、こんな事は今日で終わりにして。そうでなきゃ、あたしめぐちゃんを嫌いになっちゃうよ。ぱくぱく」


 嫌いになっちゃうよと言いながら饅頭を食べ始めたので、今一つ緊張感に欠ける黒姫です。それでも人当たりの良い黒姫からこんな言葉が出たことは、恵姫に反省を促す切っ掛けとなったようです。


「う、うむ。まあな、磯島や城内の皆に心配を掛けたのは悪いと思っておる。もっと早く切り上げようと思ったこともあった。じゃがな、どうしてもやり遂げたいことがあってのう」

「やり遂げたいこと?」

「これじゃ!」


 と言って恵姫が掲げたのは絵草紙『赤鯛黒鯛釣合戦』でした。


「磯島に取り上げられたこの絵草紙をどうしても取り返したくてのう。上手い飯も、鯛の雛人形も、もう一冊の絵草紙も、すぐに用意してくれたのじゃが、この絵草紙だけはなかなか返してくれず、つい、今日までずるずると仮病を使ってしまったのじゃ」

「でも、それもようやく返してもらえたんでしょ。じゃあ、今日で終わりにするね。終わりにするって約束して」


 黒姫にしては珍しく強引な口調です。恵姫が多くの人を騙していたことが、よほど腹に据えかねているのでしょう。まだ仮病を続けたい、などとはとても言えない雰囲気です。

 ただ、恵姫自身もそろそろ退き時かなとは思っていました。こんな事をいつまでも続けていられるはずがありません。仮病を止める良い機会です。


「うむ。分かった。黒姫の言う通りにいたそう。明日からはゆるゆると回復していくことにしようぞ」

「よかった。では、回復祝いにお茶で乾杯でもしましょうか」


 二番煎じのお茶で二人は乾杯をし、後はいつものお喋りです。最初の話題は久しぶりにやって来た三百年後の男、与太郎についてです。


「それでのう、黒よ。熱が下がった後に磯島から聞いたのじゃが。与太郎の奴、素っ裸で元の世に戻ったらしいのじゃ」

「えっ、どういうことなの」

「あやつの着物が濡れておったので、この城に連れられて来た時に父上の小袖を貸してやったのじゃ。そしてあのほうき星が沈むと同時に与太郎は消えた。その時、その小袖は消えずに与太郎の居た場所に残ったのじゃ。しかも、乾かすために干してあった最初の着物も消えておらぬ。あやつ三百年後に戻って驚いたであろうな」

「それって、一緒にここへ持って来た物でも、帰る時に身に着けていなければ、ここに残ったままになっちゃうってことなのかな」

「うむ、そう考えるしかなさそうじゃな。逆に、ここにある物は、たとえ帰る時に身に着けていても、持ってはいけないということなのじゃろう」


 恵姫と黒姫は「ふ~む」と唸りながら顔を突き合わせました。どうしてそうなるのか理由はさっぱり分かりませんが、与太郎に関して少しずつ分かり始めているのですから、これは大きな前進です。


「なんだか不公平だね。あちらの物はこちらに来るのに、こちらの物はあちらに行けないなんて」

「それはまあ、通い婚と同じであろう。おなごの元へやって来るのは、必ずおのこの方。おなごは屋敷でただ待つだけで、おのこの元へは行けぬのじゃからな」

「えっ、それって、つまり与太ちゃんがお福ちゃんの元へ通っているってこと。もしかして二人は三百年の時を越えて、契りを結びあっているとかなの。きゃ~、憧れちゃう」

「下らぬ世迷言を申すな。与太郎はさておき、お福があのような間抜けなおのこに惚れるわけがなかろう。与太郎がお福の元へやって来るのはおそらく別の理由があるのじゃ」


 ここで二人はまたもや「ふ~む」と唸りながら顔を突き合わせました。与太郎がここにやって来たのは三度。そして三度ともお福の居る場所に現れています。お福の存在が与太郎の出現に深く係わっていることは、もう疑いようがありません。


「与太ちゃんとお福ちゃんの関係はよく分からないけど、与太ちゃんとほうき星の関係ははっきりしているんでしょ」

「うむ。与太郎が現れて少し経ってから東の空を見たら、ほうき星が見えておった。消える時はわらわは眠っておったが、後で聞いてみたら現れてから約半日で消えておる。ほうき星が昇ると共に現われ、沈むと共に消えるのは確かなようじゃ」

「あとは、ほうき星以外の要因が分かれば、すっきりするね」


 与太郎に関してはかなり分かってきた気がする二人です。三番煎じのお茶を飲んで、少しまったりすることにしました。


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