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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第十二話 かみなりすなわち こえをはっす
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雷乃発声その三 船倉脱出

 ぶたれた頬を押さえて情けない顔をしている与太郎に、恵姫は厳しい口調で詰問を開始しました。


「正直に申せよ、与太郎。お主、お福の乳に触ったであろう」

「えっ、何をいきなり……」


 考えてもみなかった質問をされて口籠る与太郎。襟から手を差し入れたのですから、当然胸には触っています。だからと言って素直に『はい、触りました』などとは言えません。そんな事を言えばただでは済まない雰囲気が、恵姫の全身から立ち上っていたからです。


「えっと、それは、つまり、あの……」


 言い淀む与太郎。それだけで触ったと白状しているようなものです。恵姫の怒りは更に増大しました。


「はっきり申せと言っておる。触ったのじゃな」

「は、はい。触りました。で、でも布越しにだよ、直接じゃないよ」


 遂に与太郎は認めてしまいました。どうやら嘘の付けない性格のようです。


「ほう、ようやく白状したか。で、どうであった、触り心地は」

「そ、その……柔らかかったです」


 柔らかかったは小声でした。聞いているお福の頬が赤く染まっています。喋っている与太郎の頬も赤くなっています。恵姫の機嫌が更に悪くなりました。


「ほう、柔らかかったのか。昨晩、湯屋で触らせてくれとわらわが頼んでも触らせてくれなかったお福の乳。その乳を、お主は触り、尚且つ柔らかいなどと、よくもいけしゃあしゃあと言えたものじゃな」

「だ、だってこの場合は仕方ないでしょう。懐剣が懐に隠してあったんだから、どうしたって触っちゃうよ。それに僕だって別に触りたくて、触ったわけじゃ……」

「嘘を申すでない。乳に触りたくないおのこなど居るはずが無かろう。本当の事を申せ。乳に触れて嬉しかったと申せ」


 大変な剣幕です。根が正直な与太郎は、ついつい本音を言ってしまいました。


「う、嬉しかったです」

「触るだけでは我慢できず、揉んでしまったと白状せえ」

「揉んではいないよ。触っただけだよ」

「嘘を付くでない」

「嘘なんて付いてないよ。本当に揉んではいないんですっ!」

「おい、騒がしいぞ。静かにしろ」


 戸口から男の声がしました。慌てて木箱の陰に身を隠す与太郎。一方、恵姫とお福はどうしようもありません。


『まずい、今、中に入られたら縄を切ったことが露見する。万事休すじゃ』


 身を硬くして船倉の戸が開くのを待つ恵姫とお福。しかしいつまで経っても戸は開きません。注意だけで静かになったので、敢えて中に入る必要はないと男は判断したようです。


「ど、どうやら中に来る気はなかったみたいだね」

「この阿呆めが」


 木箱の陰からそろそろと出て来た与太郎の頭を恵姫が小突きました。


「痛い、何するんだよ」

「お主が騒ぐから叱られたではないか」

「僕じゃないよ。めぐ様の声の方が大きかったじゃないか」

「お主が嘘を付くからじゃ」


 また言い合いです。そんな二人の間にお福が割って入り、真剣な目で二人を交互に見詰めました。こんな事をしている場合ではない、そう言いたいのでしょう。


「めぐ様、とにかく早くここから出ようよ。もう船は走っているみたいだし、陸から離れれば戻れる確率も低くなる。急いだ方がいい」

「ほう、与太郎にしては真っ当な意見じゃな。とはいえ、どうやって外に出るかのう、う~む」


 恵姫は腕組みをして考え始めました。と、何か閃いたようです。その顔が悪い表情に変わっています。与太郎は嫌な予感がしました。


「おい、与太郎、お主はここに座っておれ。いいか、一歩も動くでないぞ。お福、そなたはわらわと来るのじゃ」


 言われたままに与太郎は板の上に座りました。恵姫とお福は船倉の戸口に近付きました。そしてお福と共に壁にへばり付いた恵姫は、大声で喚き始めました。


「曲者じゃー、おのこが一人船倉に紛れ込んだぞー。出会え、出会えー」

「な、なんだと!」


 戸の向こうで男の焦った声が聞こえます。続いて錠の開く音。船倉の戸が勢いよく開きました。


「ややっ、貴様、どこから入り込んだ!」

「えっ、ぼ、僕?」


 男の目には与太郎しか映っていません。戸口から船倉に向かって猛突進してくると、あっという間に与太郎は男によって組み伏せられてしまいました。


「お福、今じゃ」


 戸は開いたままになっています。恵姫とお福は素早く船倉を出ると、外から錠を掛けました。その時になってようやく男は罠に嵌められたことに気付きました。


「しまった、謀られた」

「えっ、何、僕、囮ってこと。ちょ、ちょっと、僕はどうなるの。置いてきぼりなの」


 罠に嵌められたのは与太郎も同様です。閉じた戸の向こうから恵姫の声がします。


「与太郎、もう三百年後の世に戻ってもよいぞ。大儀であったな。ははは」

「ひどいよ、めぐ様。帰り方なんて僕も知らないのに。助けてよおー、めぐ様、めぐさまあー!」

「こらー、開けろ、開けろー!」


 喚く二人を置き去りにして、恵姫とお福は暗い船底を進みます。


「思ったよりも広い船じゃのう。上へ通じる梯子はどこじゃ」


 暗がりの中を進んでいると前から声が聞こえてきました。


「おい、お前たち、どうやって船倉を出た」


 男がこちらに向かって走ってきます。恵姫は懐に忍ばせておいた鯛車を男の足元に転がしました。


「うわー!」


 見事なまでに鯛車に足をすくわれ尻もちをつく男。その横を恵姫とお福は駆け抜けます。


「ははは、鯛車を外宮で買うておいてよかったわい。これも神の御加護かのう」


 やがて梯子が見えてきましまた。恵姫はそれに取り付きよじ登ります。波の音が微かに聞こえてきます。


「もうすぐじゃ、もうすぐ海を見られるのじゃ」

 恵姫は夢中で梯子を登りました。突き当りにある板を跳ね上げると、頭の上には灰色の空が見えました。

「おう、海じゃ」


 遂に恵姫は甲板に立ちました。そのまま船べりに進むと、船の周りに広がる海の景色の中で、恵姫は思い切り深呼吸をしました。潮風、波の音、礒の香、そして今はどんよりとした灰色をしている海。それらが身の内の隅々まで入り込み、生まれ変わったような気持ちになります。


「帰って来たぞ。わらわの海よ。その持てる力をわらわに貸せ」


 恵姫の髪が持ち上がり始めました。その時、


「そこまでだよ」


 背後で女頭領の声がしました。振り返るとお福が男に捕まって、喉に短刀を突きつけられています。そしてその横には同じように、男に捕まった与太郎が情けない顔をして突っ立っています。


「くっ、お福にまで気が回らなんだわ」


 もうすぐ海を見られる、その事に気を取られ過ぎていました。恵姫は唇を噛みしめました。女頭領は腰に手を当て、恵姫を睨み付けています。


「驚いたよ。まさか仲間が居たとはね。この変な格好をした小僧は何だい。一体、どうやってこの船に乗り込んだんだい」

「お福を離せ。それはお主たちの大切な商品なのであろう」


 元より女頭領の問いに答えるつもりなどありません。とにかくお福を助けるのが先決です。


「この期に及んで生意気な小娘だね。言いたくないんなら言わなくてもいいさ。せっかくの上玉だけど、あたしたちの安全と引き換えにはできないからね。仲間について白状しないんなら、この娘がどうなっても知らないよ」


 どうやら本気でお福の命を奪うつもりのようです。恵姫は動けませんでした。印籠の神海水ならば即座に業を使えます。しかし、自然の中の海水で業を使おうとすると、どうしても時間がかかるのです。業でお福を救い出す前に、あの短剣がお福の喉を切り裂くでしょう。


「さあ、お言い。この小僧はどうやって船に乗ったんだい。他に仲間は居るのかい。どこに隠れているんだい」


 恵姫は唇を噛み締めたまま何も言いませんでした。何も言えませんでした。得意の大嘘も思いつきません。


『どうする、どうすればいいのじゃ』


 女頭領を睨み付けたまま、恵姫はただ立ち尽くしていました。空に広がる雲は陰鬱なまでに鈍く、遠くの雲間には重苦しい雷鳴が轟いていました。


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