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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第九話 なむし ちょうとなる
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菜虫化蝶その五 ほうき星

 内院を歩いていく三人。いつもは饒舌な恵姫もほとんど口を開きません。黒姫も同様です。お福は初めての斎主宮に戸惑いながら、二人の後をひたすら付いて行きます。そして三人は内院斎主御殿に着きました。


「こちらへどうぞ」


 女官に導かれて三人は控えの間に入りました。斎主に会うのは一人ずつです。恵姫と黒姫は目で互いの意志を確認し合った後、黒姫が立ち上がって女官と共に控えの間を出て行きました。

 その間、恵姫とお福はただ黙って座っているだけです。呼吸をするのさえ躊躇ためらわれるような重苦しい緊張感が漂っているのです。やがて黒姫が帰ってきました。二人は目で挨拶をし合い、黒姫が座ると同時に恵姫が立ちあがりました。その時、女官が思いも掛けないことを言いました。


「お連れの方もお越しください。斎主様は二人に会われたいと仰せです」


 お福が怯えたように体を震わせました。恵姫も自分の耳を疑いました。斎主が姫以外の者に会われるなど、滅多にないことだからです。しかし、めいとあれば従わないわけにはいきません。恵姫はお福を伴って斎主の待つ謁見の間へ向かいました。


「恵姫、よく参りましたね」


 上段の間、御帳台みちょうだいの中から厳かな、しかし柔らかな声が響いてきました。下段で端座している恵姫とお福は顔を伏せたままです。


「顔を上げてこちらを見なさい、恵姫。おお、随分と娘らしくなりましたね。城での生活はいかがですか」

「は、はい。毎日美味しい物をいただき、つつがなく暮らしておりまする」


 顔を上げても斎主の姿は見えません。御帳台の帳が降りているからです。そしてここに居るのはいつもとはまったく別人の恵姫です。どうやら思い切り猫を被っているようです。


「食いしん坊なところは治っていないようですね。では本題に入りましょう。あなたたちを呼んだのは力の衰退についてお話をしたかったからです」


 思った通りでした。と言うよりも今の状況で、それ以外の話は考えられませんでした。恵姫は神妙な顔付きで斎主の話を聞きます。


「あなたたちも気付いている通り、ここ数年、姫たちの、そしてわたくし自身の力も目に見えて落ちてきています。その影響は氷室だけでなく他の生命にも及んでいます。不作も不漁も元をただせばその根本は同じなのです。しかも悲しいことにそれを防ぐ手立ては見つかっていないのです。このままではやがて力は消滅してしまう可能性すらあるのです」


 斎主の言葉を恵姫は黙って受け入れていました。反論はありません。斎主の指し示す言葉は姫にとって運命そのものです。ならばそれに従うしかないのです。


「ただ、昨年から不思議な現象が見つかっているのです。誰か、あれをここへ」


 女官の一人が恵姫に近付くと茶色い木筒を渡しました。


「遠眼鏡です。二人とも、それを使って東の空を御覧なさい」


 女官が恵姫とお福を立たせました。謁見の間の三方には明り取りの窓が設けられています。恵姫は女官が開けた東の窓に近付き、格子越しに遠眼鏡で空を見上げました。一面の曇り空ですから灰色の雲が見えるだけです。が、


「こ、これは!」


 恵姫は思わず声をあげてしまいました。雲の向こうにきらりと光る真っ白な点が見えたのです。その光の点は上方に長い尾のようなものを持っています。


「ほうき星……いや、まさか雲が掛かっておるのに……」


 恵姫はお福に遠眼鏡を渡しました。しばらく空を見ていたお福は小さな声をあげました。お福にも見えているようです。


「二人とも戻りなさい。やはり見えるのですね」


 遠眼鏡を女官に返し、元の場所に座る二人。見てはならないものを見てしまった、そんな気がして恵姫の気持ちは高ぶっていました。


「あれは何だと思いますか、恵姫」

「星、ほうき星にしか見えませぬ。しかし、今は昼間で雲も出ています。まさか星のはずが……」


 星のはずがない、そう言い掛けてそれ以上は言えませんでした。星でなければ何なのか、その答えが恵姫には分からなかったからです。


「そう、あれは形の上ではほうき星。昼も夜も晴れも雨も関係なく輝きながら昇り沈む奇怪な星。しかもその姿は姫の力を持つ者にしか見えないのです。最初にあれに気付いたのは、昨年のこと、千里眼の力を持つ姫でした。その時は遠眼鏡を使っても見えぬほどに小さく、輝きも弱く、その姫一人だけが感知しうるものだったのです。しかし時が経つにつれ、形は大きく、輝きは増していきました。そして、まるでそれと呼応するように、姫の力は弱くなっていったのです。あの星は今も大きくなりつつあり、その輝きは増しつつあります。やがて遠眼鏡を使わずとも見られるようになるでしょう」

「で、では、力の衰退はあのほうき星が原因であると」

「それはまだ分かりません。そうかもしれないし、そうでないかもしれない……あのほうき星は日や月のように毎日昇るわけではないのです。昇る日もあるし昇らない日もある、その理由も分かりません。ただし日や月と同じく昇る時は必ず東から、そして半日で西に沈むのです」


 恵姫にとっては初めて聞く話でした。ほうき星、考えたこともありませんでした。しかしそれ以上に驚いたのは姫の力を持った者にしか見えぬものをお福が見た、ということでした。


『やはり、お福は何らかの力を持っておるのじゃ』


 お福は顔を伏せてじっとしています。その姿はこれまでのお福ではない、何か別の人物のように感じられました。


「ひとつだけ、確かなことがあります。これまで減る一方だった力が、今年になって二度、増したことがありました。一月七日頃とその十五日後です。そしてその日、ほうき星は輝きを落としました。地にある姫の力が増せば、天にあるほうき星の力は弱まるようなのです。恵姫、この日、あなたには何か変わったことはありませんでしたか。わたくしがあなたたちに尋ねたかったのはこの事なのです」

「七日と、二十二日……先に会われた黒姫は何と申しておりましたか」

「特に思い当たるところはない、と」


 恵姫は考えました。七日、七草粥を食べた日、何もなかった……いや、違います。翌日は与太郎がやってきました、そして二十二日も、やはり与太郎が姿を現した日です。


『関係あるのだろうか』


 恵姫は疑心暗鬼でした。ただの偶然かもしれません。おかしなことを言って斎主の心を乱すのは、決してよいことではないでしょう。しかし、


「何か、あるのですか、恵姫」


 斎主に重ねてそう聞かれた時、やはり言おうと恵姫は思いました。関係あるかないか、それは斎主自身が決めることです。


「実は……」


 恵姫はありのままに話しました。自分がしたこと、与太郎が話したこと、真実かどうか分らぬこともそのままに話しました。何も尋ねず黙って聞いていた斎主は、恵姫の話が終わってようやく口を開きました。


「よく話してくれました、恵姫。その者もまた一連の出来事に無関係ではないようですね」

「斎主様は与太郎をどのようにお考えですか」

「分かりません。わたくしたちの害となるのか益となるのか、それさえもまだ見えません。けれども、その男がこの世に来た以上、何らかの理由があるのでしょう。それを早く見つけねばなりませんね」


 満足そうな斎主の声。やはり話してよかったと恵姫は思いました。


「わたくしからは以上です。会えて嬉しかったですよ、恵姫。これからも姫の力を正しく使い、良き姫となりなさい。ああ、それから言い忘れておりました。神海水を使ってしまったようですね」

「あ、はい……」


 そこに触れられるのは辛いなと恵姫は思いました。力で人を傷けるのは極力避けるように言われているからです。


「あなたが作るとなると一月はかかりましょう。このような御時世です。わたくしの水を分けてあげましょう。後ほど女官から受け取りなさい」

「ありがとうございます」


 どうやら使った目的に関してはお咎めなしのようです。恵姫は安堵して頭を下げました。


「斎主様の神海水、大切に使わせていただきます。それではこれにて失礼つかまつりたいと思います。斎主様もご機嫌麗しゅうお過ごしくださいませ」


 これ以上余計なお叱りをいただく前にさっさと退散しようと、恵姫は腰をあげました。その時、


「お福!」


 斎主が声をあげました。これまでとはまったく違う、切羽詰まったような呼び掛けです。恵姫は少し動揺しながら、斎主のいる御帳台を見遣りました。


「そう、その付き添いの娘……名はお福でしたね。昨日、布姫から聞きました。姫のようであり姫のようではない娘。恵姫、お福のこと、よろしく頼みましたよ」

「は、はい」


 斎主の言葉はそれだけでした。けれどもその言葉には不思議な響きがありました。子を案じる親のような慈愛を恵姫は感じたのです。

 まだ両手をついて端座したままのお福。顔を上げ斎主の座る御帳台を見上げるお福の顔は、いつまでもここに留まっていたいと言っているように見えました。


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