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平成・マジカル・プリンセス

「やっと終わったあー」


 雄太は校舎から出てくると大きく伸びをして空を仰ぎました。校舎に入る時、頂上付近にあった太陽は西の空に沈もうとしています。暦の上ではもう春、それでも二月下旬の夕暮れにはまだ冬の気配が漂っています。


「長い一年間だったなあ」


 立ち止まっている雄太の横を沢山の受験生が通り過ぎていきます。今の自分とは何の関係もない無表情な彼ら。一カ月後、この中の誰と同級生になるんだろう、あるいは誰とも同級生になれず、また一人だけの一年間を過ごすんだろうか……そんな事を考えていると背中に誰かの手が打ち当てられました。


「ゆう君、お疲れさま。自信のほどはどうですか」


 声を掛けてきたのは幼馴染の風音かざねです。しかし本名で呼ばれる事は滅多にありません。なぜなら、


「私を呼ぶ時は、ふう、あるいはふうちゃん、もしくはふう様でお願いします。皆さん、ご承知おきのほどを」


 という自己紹介を幼稚園の頃から続けているからです。


『きっとこの大学でも同じ自己紹介をしているんだろうなあ』


 高校までずっとこの台詞を聞かされ続けていた雄太は、心の中でこっそりと呟きました。

 二人は幼馴染ではありますが、高校を卒業するまでほとんど言葉を交わした事はありませんでした。しかし今年の夏、雄太が下着について風音に相談を持ち掛けたのが切っ掛けで、風音は図書館に通う雄太に付き合って、時々勉強を教えてくれるようになりました。今では普通の友人のような仲になっているのです。


「うん、今回の試験は大丈夫だと思う。でも、ふうちゃん、わざわざ受験会場に来てくれたんだ。どうして?」

「どうしてって……何? その如何にも迷惑って感じの言い方。三週間近くも行方不明になっていたゆう君に代わって、あたしが書類を揃えて二次の出願をしてあげなかったら、今日の試験を受ける事だってできやしなかったのよ。少しは感謝してよ」

「それは感謝しているよ。でもここに来る理由にはなってないよね」

「なってるわよ。出来が悪くてまた行方不明になっていないか、確認しに来たの」

「いや、さすがにそれはないよ」

「あっそう。ならいいわ。それから今、感謝しているって言ったわよね。それって口だけじゃなく行動でも示してちょうだい。あ~、試験が終わるのを待ちくたびれてあたしお腹空いちゃった。あ、夕食は外で食べて来るって母にもおばさまにも行って来たから心配無用よ」


 どうやら風音は雄太に何かおごってもらう為にここへ来たようです。考えてみると出願の手続きをしてくれたお礼をまだ何もしていません。結局、風音の希望通り、駅前のファミレスで夕食を御馳走する事になりました。


「僕はハンバーグセットでいいや。ふうちゃんは?」

「あたしはこれ。ずっと食べたいと思っていたの」


 風音が指差したのは半分に割れた伊瀬海老が乗った期間限定特別メニュー「伊瀬エビ一匹まるごとカレー」です。お値段はハンバーグセットの五割増し。


「伊勢エビかあ。ふうちゃん、エビもカレーも好きだもんなあ。あれ、でもこれ漢字がおかしくないかな。伊勢のセって、勢いの勢じゃなくて浅瀬の瀬になっているよ。誤植かな」


 風音はメニューを指差したまま目を丸くしています。返事がありません。風音が何も言わないので雄太も何も言えません。そのまま黙って見詰め合う二人。やがて風音が堪え切れずに吹き出しました。


「ぷぷぷ、やだあ、ゆう君、それ何かの駄洒落? それとも冗談? 伊瀬のセは浅瀬の瀬で合ってるじゃない」

「えっ、そうだったかな」

「そうよ。そう言えば行方不明から帰って来た直後も、志麻のマを摩擦の摩って書いていたわよね。もう一回小学生からやり直した方がいいんじゃない」

「……うん、でも、変だな……」


 腑に落ちない雄太。自分の記憶では確かに伊勢であり志摩なのです。もやもやした気持ちのまま店員が運んできたハンバーグを口に運びます。


「ねえ、ゆう君。居なくなっていた三週間の事、まだ思い出せないの?」

「うん。畳敷きの部屋に居たような気もするんだけど、それもなんだか現実じゃなく、映画とかテレビの映像を見てるような気がして」


 大学のセンター試験が終わった翌日、雄太は書き置きを残して姿を消してしまいました。親は警察に捜索願を出し、あちこち電話をかけて探し回ったのですが、全く居場所は掴めませんでした。

 何の手掛かりもないまま三週間が経ち、親も家出をしたものと半分諦め掛けていた立春の日の朝、自分の部屋で一糸まとわぬ素っ裸の状態で気を失っている雄太を母親が発見したのです。


「あの時はびっくりしたわよ。ゆう君は何も覚えてないし、警察も事件性はないって判断で済ませちゃって、結局うやむやになっちゃったけど……ゆう君、本当に何も覚えてないの?」


 スプーンを握ったまま上目遣いで雄太を見詰める風音。これまで繰り返し聞かされた答えが返って来ると分かっていても、やはり訊かずにはいられないのでした。


「覚えてないんだ。目が覚めた途端に忘れた夢みたいに、ぼんやりと霞がかかっているんだ」


 聞き飽きた答えを聞いても風音の陽気さは変わりません。むしろ、この答えを聞きたかったようにさえ見えます。


「そうかそうか。まっ、男には秘密にしておきたい事もあるだろうからね。いつか話してくれるまで気長に待つとしようかな」


 いや、そうじゃなくて本当に覚えてないんだと言おうとしたのですが、また風音に同じ話を蒸し返されるのも面倒だと思ったので、そのままにしておく雄太です。


 夕食を終えてファミレスを出ると日はすっかり落ちていました。二人の住む町はここから特急で一時間ほど。電車通学の風音にとっては通い慣れた駅と電車です。


「あ、見て見て、ゆう君、瀬州七福神めぐりのポスターが貼ってあるわよ」


 特急の座席に座ったまま、ドア横のポスターを指差す風音。他の乗客を気にしながら、雄太もそのポスターに目を遣ります。宝船に乗った七人の女神たち。雄太は首を傾げました。


「おかしいな。七福神って女の神様は弁財天だけで、残りの六人は男の神様じゃなかったっけ」


 風音は目を丸くして雄太を見ています。返事はありません。風音が何も言わないので雄太も何も言えません。そのまま黙って見詰め合う二人。やがて風音が堪え切れずに吹き出しました。


「ぷぷぷ、やだあ、ゆう君、それ何かの駄洒落? それとも冗談? 七福神は全員女神に決まっているじゃない」

「あれ、そうだったっけ」


 雄太はもう一度七福神のポスターに神経を集中させました。二人で一つの砂時計を持ち合っている福禄寿と寿老人。尼僧の姿をした布袋尊。三味線を弾く弁財天。大剣を背負っている毘沙門天。小槌を持って肩に鼠を乗せた大黒天。そして鯛を抱え釣竿を担いだ恵比寿天……


「この恵比寿様……会った事がある。僕はこの恵比寿様と会って話をした事がある……」

「はいはい、夢の中で女神様に合格祈願でもしていたんでしょ。ああ、それとその七人の神様にお多福を加えて八福神にする事もあるわよ。言うまでもなくお多福は女、男じゃないわよ」

「お多福……お福さん」


 それは無意識に出た言葉でした。雄太は風音を見詰めていました。不思議な懐かしさと親しさを感じる風音の顔。この場所ではなく、この時でもない、どこか別の世界で同じ顔の娘と会っていた、そんな思いが雄太の中に沸き上がってきたのです。


「ねえ、ふうちゃん、僕が行方不明になっていた時、僕と一緒に書物を読んでいたよね。江戸時代のくずし字が読めない僕の為に、わざわざ楷書に書き直してくれたよね。そうだよ、あのおかげで僕はすごく自信がついたんだ。今日の試験がうまく行ったのもお福さんのおかげなんだよ」


 風音はまた目を丸くして雄太を見ています。けれどもその目には別の光も宿っています。何も言わないまま、風音の口元に薄笑いが浮かびました。


「……ふーん、そうなんだ。あーあ、遂に白状しちゃったね。やっぱりあの三週間、あたしの知らない女の子と一緒に過ごしていたんだね。お福さんかあ。夏に下着を送ったのもその子なんでしょう」

「えっ、今、僕、お福さんなんて言った?」

「いいよ別に。言いたくないんなら言わなくても。そうか、あたしの他にも勉強を教えてくれる女の子がいたんだね」


 それから風音は駅に着くまでほとんど口を開きませんでした。雄太は自分が何を考え、何を言ったのかよく分からないまま、駅で風音と別れました。


「恵比寿様、お福さん……」


 駅を出て、バスで帰る風音を見送った後、雄太は自転車を漕ぎながら考えていました。何かを思い出せそうで思い出せない、覚えているようで覚えていない……こんなもどかしい気持ちを抱いたままでは、とても家へ帰る気にはなれません。


「間渡矢、お城、楠の木、……」


 気が付くと雄太は城跡公園に向けて自転車を漕いでいました。何故そこへ行きたいのか、雄太自身にも分かりませんでした。間渡矢の歴史を見守って来た樹齢七百年の楠の木なら、何かを教えてくれるかもしれない、そんな考えが浮かんだのかもしれません。


 舗装された山道を登り駐輪所に自転車を置くと、雄太は公園の中へ入りました。トイレと遊具とベンチがあるだけの簡素な公園。たったひとつだけの街路灯が公園の真ん中にある楠の木を照らしています。


「ここには門も城壁も建物もない。公園だからそれが当たり前のはずなのに、どうして不自然に感じるんだろう」


 雄太の目には見えていました。公園にはないはずの御殿や池、城門、東の浜への木戸口、まるでここに存在していることが当然であるかのように、それらが街路灯の薄暗い照明の中に見えるのです。


「あ、あれは……」


 楠の木の下に何かが転がっています。拾い上げる雄太。それは古ぼけた鯛車でした。


「どうしてこんな物がこんな所に……」


 ――こりゃ、与太郎、それはわらわの大切な鯛車じゃ。気安く触るでない。


 いきなり聞こえてきた声。知らぬ間に雄太はその名を呼んでいました。


「い、今の声は……めぐ様、めぐ様でしょ!」


 雄太は周囲を見回しました。夜の城跡公園に人影はありません。ただ傷だらけの鯛車が、まるで持ち主が起こしに来てくれるのを待っているかのように、雄太の手の中で静かに眠っているのでした。






 元禄・マジカル・プリンセス(完)


「元禄・マジカル・プリンセス」は完結いたしました。一年間の御愛読ありがとうございました。次回からは続編「平成・マジカル・プリンセス」を始める予定でしたが、本編が余りにも不人気だったためボツになりました。申し訳ありません。せっかくですので、あらすじだけでもどうぞ。



「平成・マジカル・プリンセス」あらすじ


 ようやく記憶を取り戻した雄太。それと同時に恵姫やその他の姫衆たちの姿が見え、言葉も交わせるようになる。雄太の時空は恵姫たちの時空を取り入れたことにより若干の改変が発生していた。七人の姫衆はこちらの時空では七福神として崇められていたのである。


 最初は雄太と話ができるだけで満足していた恵姫だったが、次第にこの世と直接関りを持てないことに苛立ちを感じ始める。雄太から相談を受けて知恵を絞る布姫。音に愛されたお福の力を使えば、言葉の意志をこの時空でも実体化できるのではないかと思い付く。


 禄姫と寿姫の時空移送の業を使い、風音の口を通してお福の言葉をこの時空に表出させることにより、遂に恵姫の実体化に成功する。調子に乗って他の姫衆たちの実体化も目論む恵姫。しかしお福は力を使い果たしていた。お福の力を回復させるために、恵姫は雄太、風音と共に、今に残る元禄時代の真の言葉の音を探し集める。


 そんな三人の知らない場所で新たな動きが起こっていた。この時空に統合されていたのは恵姫たちの時空だけではなかったのだ。彼らは失われた自分たちの時空を取り戻すため、時空の逆相転移を画策し始める……




 それでは皆様、ごきげんよう。いつかどこかでまたお会いしましょう!


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