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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第七十話 ふきのはな さく
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款冬華その三 毘沙姫の餅搗き

 翌日、朝食が済まぬうちに黒姫と毘沙姫が間渡矢城へやって来ました。


「これはまたお早いお着きですこと。恵姫様はまだお食事の最中でございます。しばらくお待ちください」


 予想外の早さに磯島も面食らってしまったようです。取り敢えず二人を座敷に招いて茶を出します。


「めぐちゃ~ん、聞いたよ~。元気がなくて食欲もなくて浜へも行かずに毎日ゴロゴロしてるんだってね。もっと早く遊びに来てあげたかったんだけど、年越しの支度に大忙しで、それどころじゃなかったんだよ。今日は思う存分遊んであげるから元気出しなよ」

「恵、今日は才も餅搗きに来る。黄粉餅も食わせてもらえる。その他に庄屋が密かに御馳走を用意していると聞いている。これだけ揃えば嫌でも元気になるだろう」


 朝から明るい二人を前にして、恵姫は自分の元気がどんどんしぼんでいくような気がしてなりませんでした。明るすぎる日差しの下では行燈の灯もかすんでしまう、それと同じ気持ちでした。


「まあ、とにかく庄屋の屋敷には行く。昨晩磯島と約束したからのう」


 のろのろと朝食を取る恵姫。ようやく食べ終わって一服していると小柄女中が座敷に入ってきました。


「皆様、おはようございます。本日の餅搗きには私ともう一人の女中も共に参らせていただきます。よろしくお願い致します」


 餅搗きの本来の目的は恵姫を元気にする事ではなく、城で使う正月の餅を準備する事なのですから、女中が同行するのは当然なのでした。


 女中二人を加えて五人になった恵姫一行、奥御殿を出ると池に佇む厳左が目に入りました。毘沙姫が話し掛けます。


「厳左、えらく早いな。登城までまだ随分時間があるだろうに。鯉に餌でもやりに来たのか」

「いや、鯉は関係ない。恵姫様が庄屋の屋敷に行くかどうか確かめに来たのだ。どうやら杞憂だったようだな」


 磯島を信用していないわけではないのですが、万一の事を考えてわざわざ朝早く城へやって来たのでした。もし恵姫が行きたくないと言い張れば、力尽くでも庄屋の屋敷へ連れて行くつもりだったのです。


「厳左らしからぬ気遣いだな。心配は無用だ。帰りも私が城へ送り届けるから安心しろ」

「うむ。その点については心配しておらぬ。それから恵姫様、これを」


 厳左は懐から包み状を取り出し恵姫に渡しました。表には志麻国間渡矢城恵姫様と書かれています。


「これは……文か。誰からいつ届いたのじゃ」

「昨晩遅く早飛脚がわしの屋敷に届けてくれた。江戸に居られる殿からの文だ」

「父上の……」


 恵姫はもう一度包み状を見ました。宛名は間渡矢城です。


「わらわが間渡矢に戻った事、もう江戸にまで伝わっておるのか」


 この疑問には毘沙姫が答えました。


「与太郎が来たその日に布が文を書いていたからな。斎主宮の姫飛脚は火急の用なら江戸まで二日余りで文を届ける。帰りも早飛脚なら三、四日で届く。それほど驚く事でもない」


 毘沙姫にそう言われて恵姫は包みを開けようとしました。が、不意に手を止めるとそのまま懐にしまってしまいました。


「読まぬのか、恵」

「父上の書いた文なら読まずとも何が書いてあるか分かる。花嫁修業をしっかりせよ、これ以上事を起こすな、そんなところじゃ。急いで読むほどのものでもないじゃろう」


 恵姫はすたすたと城門を出て行きます。残された厳左と四人は互いに軽く頭を下げ、その後を追いました。


 五人が庄屋の屋敷へ着いた時には餅搗きはもう始まっていました。屋敷の中庭には大きな臼が置かれ、下働きの田吾作と庄屋が二人で餅を搗いています。


「ちょいと、遅かったじゃないのさ。もうすぐ一臼目が搗き終わるよ。小柄、早く取り掛かっておくれ」

「はい。ただいま」


 城から来た二名の女中は桶の水で手を洗うと、さっそく搗きたての餅を縁側に運び、広げて伸ばし始めました。黒姫と才姫は次に搗く餅米を蒸籠せいろから臼に移し、毘沙姫は田吾作と共に庭に作った竈に薪をくべています。誰もが忙しく働き始めた中、恵姫だけは何もしようとせず、皆の姿をぼんやりとを眺めているのでした。


「次は恵姫様がお搗きになられては如何ですか」


 庄屋が声を掛けても恵姫はほとんど表情を変えません。


「いや、今はそんな気分になれぬのじゃ。いつもと違って今年はここに来るのすら億劫でのう。済まぬな庄屋、わらわは見ているだけで十分じゃ」


 磯島や厳左から恵姫の様子を聞いていた庄屋でしたが、思った以上に元気を失っている姿を見せられ、驚きを通り越して憐れみさえ感じてしまいました。


『これでは城の皆様が心配するはずだ。何とか元気付けて差し上げねば』


 心を痛めつつ良い方策はないものかと思案する庄屋。そうしている間に次の餅搗きの準備が整いました。今度は田吾作と黒姫の二人が搗くようです。二人は杵を使って臼の餅米を捏ねています。その姿を見た庄屋は妙案を思い付きました。


「黒、田吾作、次は毘沙姫様に搗いてもらってはどうかな」

「び、毘沙姫様にでございますか」


 餅米を捏ねていた田吾作の顔色が変わりました。実は毘沙姫はずっと昔、庄屋の屋敷で餅搗きをした事があるのです。それまで餅は商人から買ってばかりで餅搗きの経験がなかった毘沙姫。初めての事ゆえ力の入れ具合が分からず、渾身の力を込めて杵を振り下ろしたところ、木の臼は真っ二つに割れ、杵は柄から折れ、餅は四散して吹っ飛び、その一部が傍で見ていた幼い恵姫の顔をかすめて飛んでいき、運悪く枝に止まっていた百舌鳥を直撃して即死させるという大惨事を引き起こしたのでした。


「旦那様、あの時の出来事をお忘れですか。毘沙姫様に餅搗きなど……」


 と、ここまで言って田吾作は口を閉ざしました。庄屋が恵姫を横目で見ながら目配せしているのに気付いたからです。勘のいい田吾作、すぐに庄屋の意図を察しました。


「それでは毘沙姫様、お願い致します」

「んっ、私が搗いていいのか。昔、おまえたちに大迷惑を掛けたはずだが、本当にいいのか」


 差し出された杵を握りながら心配そうに尋ねる毘沙姫。あの大惨事の記憶は今も毘沙姫の頭の中にしっかりと残っているのです。


「御心配なされますな。昔と違って今は石臼。滅多な事では割れませぬ。餅は米粒がなくなるまで捏ねてあります。杵は片手で持ち、力を入れず落とすように餅に当てていただければ結構です。恵姫様を励ますように景気よく搗いてくだされ」


 田吾作もまた恵姫を見ながら目配せします。勘の悪い毘沙姫ですが、そこまで聞けば二人の意図は分かります。


「よし、分かった。戦に出陣するつもりで搗いてやる。恵、もっと近くに寄れ。そんなに離れていては詰まらんだろう」


 毘沙姫に言われて臼の近くに立つ恵姫。若干、表情に陰りがあります。


「毘沙の餅搗きか。妙な胸騒ぎがするのう。遠い昔、何やら恐ろしい出来事があったような気がするのじゃが……」

「めぐちゃんもそうなんだ。実はあたしもなんだよ~。毘沙ちゃんに餅を搗かせたら大変な事が起こるような予感がして……」


 恵姫も黒姫も餅搗き大惨事の時には幼かったので、当時の記憶が曖昧なのでした。


「二人とも心配性だな。この私が同じ失敗を繰り返すはずがないだろう。よし搗くぞ。田吾作、みんな、掛け声を頼む。せーの」


 杵を振り上げる毘沙姫。田吾作、庄屋、黒姫の三人は声を揃えて叫びました。


「よいしょおー!」


 バスン!


 あり得ない事でした。毘沙姫は力を入れずに片手で杵を餅の上に落としただけだったのです。しかし毘沙姫が持つ姫の力は、ただの餅搗きとは見てくれませんでした。杵を武器と判断し、武器が攻撃した餅を敵と判断した為、然るべき武力を餅に食らわしたのです。恐るべし姫の力。粒が見えないほどに固く結合しているにもかかわらず、餅はその強固な結合を断たれ、四方八方に飛び散ったのでした。


「あちちちっ!」

「きゃあああー!」

「ちょいと、冗談はやめとくれ」

「ああ、餅の半分が外に」

「こ、こんなはずでは……」

「おかしいな。全く力を入れなかったのだが。やはり私は餅搗きには向いていないようだな、はっはっは」


 皆の大騒ぎを意に介す事もなく、杵を担いで大笑いをする毘沙姫ではありました。


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