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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第七話 すごもりむし とをひらく
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蟄虫啓戸その四 武士と百姓

 しばらくして厳左と雁四郎が表座敷に入ってきました。


「お待たせ申した。まずは茶を」


 二人に続いて入ってきた女中が湯呑を置いて回ります。


『うむ、この後、夕飯の膳が運ばれてくるのじゃな』


 と、恵姫はお茶を飲みながらワクワクしていたのですが、それは大きな間違いでした。厳左は湯呑に口も付けずに、いきなり庄屋と向き合うと用件を切り出しました。


「では、今年の田畑の作付けについて、今一度、庄屋殿の意見を伺うとしよう」


 そして二人で話し始めたのです。座敷には夕飯のゆの字も出てきません。


『は~、茶腹も一時と言うが、本当に一時も待たされたら、たまったものではないのう』


 ため息をつく恵姫。おあずけをされている犬の気持ちが、心底分かった気がしました。

 厳左と庄屋は話し続けました。どうやら、先日黒姫と共に登城した時の話し合いが決着せず、その続きをやっているようです。恵姫も黒姫も雁四郎も、ただ黙ってそれを聞いていました。


『な、なんじゃこれは。飯は出さずに茶だけを出して、わらわたちは完全に蚊帳の外ではないか。忌々しい、厳左にしてやられたわ』


 臍を噛んで悔しがる恵姫。それでも『腹が減ったから早く飯を出せ』とか『つまらんから帰る』とは言い出せませんでした。二人はとても真剣に話をしていたからです。

 やがて恵姫は次第にその話に耳を傾け始めました。領国の今年の収穫と年貢についての話ですから、領主の娘としては興味を持つのも当然です。


 二人の話から、恵姫は領国の厳しい状況を知ることになりました。昨今の不作不漁により、名目一万石の石高は、実質八千石程度に落ちていること。借上かりあげによって城勤めの武士たちの俸禄は一律一割減になっていること。豊作凶作占いでは良い結果が出ていないこと、などです。

 そこで今年はどのような対策を講じればよいか、この点で二人の意見は分かれていました。米が足りないのならば新田開発をするしかない、というのが城側の意見です。たとえ不作で収穫が一割減っても、作付面積が一割増えていれば収穫量にさほどの変化はない。新たに田を作るのが最善の策である、というのがその理由でした。

 現実問題として借上によって米の支給を減らされているのですから、それを増やそうとするのは、生活の全てを俸禄米に頼る武士として当然の意見でありましょう。


 これに対して百姓の代表である庄屋は新田には消極的でした。米は確かに大事ではあるが、洪水や干ばつになれば米の収穫量は激減する。米だけに頼るのは大変危険である。米が不作の時でも、ある程度の収穫が見込める芋や雑穀の作付けを増やした方がよい、あるいは木綿や菜種などを作付け、その収益で年貢を納めればよい、もともと志麻の国は田に適した平地が少ないのだから、無理に米を作ることもない、これが庄屋の意見でした。


『どちらも一理あるのう。武士にとっては、米は多い方が良いに決まっておる』


 と恵姫は思いました。城勤めの武士たちの生活が苦しいのは薄々感じていました。下城の後や非番の日には畑を耕したり、恵姫と同じように釣りをしたりする武士を見掛けたことがあったからです。


『さりとて、庄屋は言わなんだが、百姓の心配はやはり水か』


 米を作るには安定して供給出来る水が必要であり、そのための灌漑施設も作らねばなりません。しかし、比寿家の領地には大きな河川がありませんでした。となれば、今、田で使っている水を分け合って新田でも使うことになります。

 水が豊富にあればよいのですが、日照りが続けば水が足りなくなります。そうなれば新田だけでなく従来の田も水不足となり、最悪の場合、共倒れになってしまうでしょう。

 しかも占いでは今年も作柄はよくないという結果。所詮占いとはいえ、百姓が弱腰になってしまうのも無理からぬことでした。


「そこでだ。姫様に相談であるが、どうすればよいと思われるかな」


 いきなり厳左が話を振って来たので、恵姫はお茶を吹き出してしまいました。


「ぶぶっ! なんじゃ厳左、わらわに相談と言っておったが、こんな重要で小難しい揉め事を、わらわに相談しようというのか」

「いかにも!」


 言葉通り、いかにも愉快だと言わんばかりの顔をして、厳左は恵姫を眺めています。


『厳左め、ここでわらわが何か意見を言うまで、夕飯を出さぬつもりじゃな。なんと悪知恵の働くやつじゃ』


 と、自分の悪知恵は棚に上げて心の中で毒づく恵姫。厳左の思い通りに事が進むのは癪ですが、黙ってはいてはいつまで経っても夕飯にありつけません。


「ほらほら、めぐちゃん、頭を絞って考えてね。いい知恵が出ますように、コツン」


 と、黒姫は帯から小槌を取り出して、恵姫の頭を叩いています。


「姫様、今こそ姫様の優秀さを皆様にご披露する時ですぞ」


 と、雁四郎は右手で拳を作り、熱い声援を恵姫に送っています。


『二人ともお気楽な奴らじゃのう。わらわの苦しみも知らんでいい気になりおって。まあいい。適当に答えておこう』


 恵姫は厳左に向き直ると咳ばらいをして言いました。


「おほん、ではわらわの考えを言わせてもらおう。どちらか一方にしようとするから揉めるのじゃ。両方やればよい」


 厳左も庄屋も呆気に取られた顔になりました。二人はしばらく恵姫を眺めた後、笑い出しました。


「ははは、違いない。さすがは姫様」

「ふむふむ、それは良きお考えでございますな。しかし両方となると人手も掛かりましょう」

「今年一年で一気にやろうとせずともよいではないか。新田はのんびりやればよい。まずため池などを作って水を確保。それから耕作地を作っていけばよかろう」

「今年収穫がなければ百姓はただ働きになりますな。不満を言う者も出ましょう」

「ならば、鍬下年季くわしたねんきを長くすればよい。それに城勤めの武士にも手伝わせよう。それで百姓の不満も和らぐじゃろう」

「米以外の作物については、如何お考えか」

「それは比寿家の力なくとも出来るじゃろう。百姓も武士も好きな作物を、好きな土地に、好きなように作ればよいではないか」


 恵姫にしては真っ当な意見でした。厳左も庄屋も驚きを隠しきれないようでした。


「いや、まさか、姫様からこんな言葉が聞けるとは。闇討ちにでも遭ったような気分だ」

「まったくでございます。お美しいだけなくこれ程までに聡明であられたとは。志麻の国の民として誇らしく思います」


 庄屋の言葉にはかなりお世辞が入っているのですが、恵姫がそんなことに気付くはずがありません。逆に少々調子付かせてしまったようで、とんでもないことを言い出しました。


「更に、わらわの考えとして、三つ目の策があるのじゃ。開墾をすれば木を切り倒すじゃろう。その木で船を作るのじゃ」

御手船おてぶねならば既に所有しておるが」

「あれは荷を運ぶ船であろう。あんなものではない。もっと身軽で早くて魚を追い回すくらい朝飯前に出来る船じゃ。それを何隻も作り船団を組んで鯛を捕らえまくるのじゃ。米も芋も綿もいいが、一番いいのは鯛じゃ。鯛に限る。鯛があれば我が領国は安泰じゃ。ああ、もちろん鯨でもいいぞ。どうじゃ名案であろう」


 厳左と庄屋は手で顔を覆って下を向いてしまいました。先ほどの見事なまでの卓見が、すっかり台無しになってしまいました。


「ま、まあ確かに志麻は昔より海からの恵みにより栄えた土地。されど船をたくさん作り漁民を増やせば、魚がたくさん捕れるものでもない。近海で捕りすぎれば次の年から捕れなくなるゆえ、適度に捕らねばならぬ。外海に出れば事故の危険が増す。米や作物のように人の手に寄ってどうにかなるものでもない。姫様もその点、納得していただきたい」

「そうか、残念であるのう」


 少しがっかり顔の恵姫ではありました。



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