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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十七話 せりすなわち さかう
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芹乃栄その三 与太郎の真実

 布姫の話を聞いた恵姫たちはようやく現状を把握する事ができました。自分たちが如何に危うい状況に置かれていたのか、ほうき星が如何に忌むべき存在であったのか、そしてそれらを今まで知らずに過ごしてきた自分たちが如何に呑気であったのかを。


「何故じゃ、何故飲み込まれるのがわらわたちの時空なのじゃ。何故与太郎の時空が生き延びて、わらわたちの時空が消えねばならぬのじゃ」

「それは考えても詮無き事でございます。何故季節は秋から冬へ変わるのかと問うのと同じなのですから。冬になれば湖の水は凍って氷となる、それは誰にも変える事のできぬこの世の摂理。私たちの時空の相が変わるのもまた自然の摂理なのでしょう。ひとつだけ言うならば恐らくはその方が安定しているからです。水は高きから低きへ流れましょう。その方が安定しているからです。宇宙もまた姫の力が存在する時空より、存在しない時空の方が安定しているのでしょう。さればこそ宇宙は私たちの時空を消し去ろうとするのです」


 どうあっても変えられぬ運命。秋から冬へ移り行く季節を変えられぬように、恵姫たちの時空の相転移も完全に食い止める事はできないのです。


「お待ちよ、布。こんな大事おおごとをどうして斎主様や斎宗様は隠していたのさ。与太郎だけに任せたりせず、伊瀬と記伊の全ての姫衆の力を結集して、ほうき星の膨張を食い止めなきゃいけなかったんじゃないのかい」


 恵姫も才姫も、最早斎主の御前である事を忘れて普段通りの口調になっています。それでも斎主は何も言いません。ここは全てを布姫に任せているのです。


「いいえ才姫様。与太郎様お一人だけで十分なのです。その話の前に二人の始まりの姫について語りましょう。倭姫様は八咫鏡を使って天照大神を呼び、姫の力をこの時空に導きました。しかし同時に姫の力を奪わんとするほうき星も現れたのです。そこで豊鍬入姫様は日矛鏡を使って与太郎様の時空から人を呼び、ほうき星を消滅させたのです。ただしそれは完全な消滅ではありませんでした。行ってみれば冬の訪れを少し遅らせたに過ぎません。どれほど遅れようと秋が過ぎれば必ず冬が来るように、姫たちがどれほどの力を尽くしても相転移を完全に防ぐ事はできないのです。もうお分かりでしょう、三百年毎に巡って来るほうき星。三百年とは私たちがほうき星を遠ざけられる精一杯の時の長さ。それゆえに記伊の姫衆は三百年毎に日矛鏡を使って別の時空から人を呼び、ほうき星を遠ざけ続けて来たのです」


 布姫はそこで言葉を切ると大きく息を吐きました。ここから先を話すには大きな勇気が要る、そんな風に感じられました。


「布よ、三百年の意味はよう分かった。しかしそれがほうき星やお福の事を隠していた理由にはなるまい。これだけ喋っておきながらまだ肝心の話が出て来ぬではないか。やはりそなたも瀬津や斎主様同様、わらわたちに教えるのが嫌なのか」

「はい、嫌でございます」


 恵姫の問いに即答する布姫。これには恵姫も才姫も苦笑いするしかありません。


「嫌ではございますがお話は致します。この話を聞かせる為に私は与太郎様をこの場にお連れしたのですからね」


 布姫の視線を感じ、お福の横で身を固くする与太郎。何かとんでもない話を聞かされそうな予感がするのです。


「ここで重要なのはどのようにしてほうき星を遠ざけるか、その方法です。水が氷になるのは防ぐには水の温度を上げればよい、記伊の姫衆が選んだのはまさにそのような手段でした。私たちの時空の温度を上げるために、与太郎様の時空から熱量を奪うのです。こうして一旦上昇した私たちの時空の温度は三百年の時を掛けてゆっくりと冷え、再びほうき星が現れれば、また与太郎様の時空の熱量を奪う、これを三百年毎に繰り返して今に至っているのです」

「布、あんたの言う熱量ってのは例えだろう。具体的には何なのさ」


 才姫に問われて一瞬口を閉ざす布姫。しかし閉じた口はすぐに開かれ、重く、暗く、静かな言葉がそこから発せられました。


「熱量とは……命。生命力と言うべきものでございます」

「命……」


 つぶやく与太郎。布姫が何を言っているのかすぐには分からなかったのです。


「皆様、思い出してみてください。与太郎様がこちらへ来るたびに姫の力は増し、ほうき星は小さくなりました。与太郎様が磯島様に血を分け与えられた時、その変動は特に大きかったのです。これは与太郎様が元の時空からこちらの時空へ多くの命を運び込んでくれたからです」

「違うよ、布様、何を言っているの。僕は命なんて運んでいない。こちらに持って来たのは食べ物とか紙とか袋とか、命なんて無い物ばかりだよ。生き物なんて一回だって持って来てはいないよ」

「いいや、持って来ているよ、与太。数えきれないほど沢山の命をね」


 震える声でそう言いながら才姫が立ち上がりました。いつになく険しい表情、そしてその両目は鋭い光を放ちながら布姫を睨み付けています。


「分かった。ようやくあたしにも全てが分かったよ……なんてこったい。少し考えりゃすぐに気付けたはずなのに……与太の血、大きく縮んだほうき星、磯島の治癒力。どうしてあの時もっと深く考えなかったんだろうね」

「あ、あのう、才様。僕にも分かるように教えてくれませんか」


 与太郎にそう言われても才姫は布姫から視線を外しません。睨み付けたまま与太郎に答えます。


「虫だよ、与太。あんたは虫をこの時空に運び込んでいたんだ。虫はどこにでも居る。大気の中にも、水の中にも、そして体の中にもね。皮膚、吐息、汗、尿……人は生きている限り虫とは縁が切れないし、絶える事無く虫を体外へ放出している。与太、あんたは知らぬ間に無数の虫をあんたの肉体と一緒にこの時空へ持ち込んでいたんだ。そうしてあんたが連れてきた虫が体から離れ死に絶える事によって、この時空はあんたの時空の命を吸収する。それがほうき星の威力を削ぐ原動力となり姫の力を回復させていたんだ」


 才姫の説明を聞いてようやく与太郎は理解できました。才姫の言う虫が体内や体表に住む細菌である事は、初めて才姫に力の説明をされた時から分かっていました。確かにそれを命の数に入れるなら、無数と言ってよいほどの命を与太郎は持ち込んでいた事になります。


「そうかあ。細菌なら沢山居るし、むしろ連れて来ない事の方が無理だもんね。それならもっと多くの細菌を持ち込めば、ほうき星はもっと弱くなるんだね」

「残念ながら虫のような小さな命では、どれだけ集めようとほうき星を追い払う事はできないのです。これまで与太郎様の連れてきた虫の命によってほうき星は幾度もその力を削がれましたが、それでもせいぜい一日程度、巨大化の時を遅らせたに過ぎません。三百年間沈黙させるにはもっと大きな命が必要となります」

「もっと大きな命? 犬とか猫とか」

「そう、それらが持ち込めたらどれだけ良かった事でしょう。しかし与太郎様はご存じのはず。こちらの時空に大きな物は持ち込めないのです。家や畳のように物体として大きい物。薬や機械のように技術の差が大きい物。そして獣のように命が大きい物。持ち込める命は本当にカビの胞子のような小さな物だけ。蚤一匹ですらその命は持ち込むには大きすぎるのです」

「だったら、ほうき星を三百年間沈黙させるために使う命は……まさか……」


 与太郎の体が震え出しました。言葉も途切れてしまいました。その先を言うのが怖かったのです。与太郎だけではありません。才姫も恵姫もその場に居る全ての者がほうき星と与太郎の真実に気付いたのです。


「そうだよ、あんたの命だよ、与太。人の命はとんでもなく大きい。虫の命なら際限なく奪えるあたしでも、人に対しては一瞬眩暈を起こさせる程度なんだ。三百年もほうき星を遠ざけようと思ったら、人の命を使うより手はない」


 堰が切れたように早口で喋る才姫を冷ややかに眺めながら、布姫は無表情な顔と声で与太郎に宣言しました。


「才姫様の仰る通りです。日矛鏡はほうき星に捧げる命をこの時空へ呼び寄せる鏡。与太郎様は日矛鏡によって選ばれたほうき星の生贄。次の斎宗様となられるお福様に己の命を奪われるために、この時空へ参られたのです」


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