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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十六話 ゆきわたりて むぎのびる
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雪下出麦その五 達観毘沙姫

 宿坊の二部屋に分かれて明日を待つ事になった恵姫たち六人。毘沙姫と相部屋になった恵姫は、江戸からの帰りの途中で漂着した中野村での一件を話す事にしました。余り気は進まなかったのですが毘沙姫に教えてもらった話なのですから、その結末を黙ったままで居るのは悪いと思ったのです。


 恵姫よりも黒姫の方が話上手なのでさっそく呼び寄せて話をしてもらいました。一緒に聞いている雁四郎のために、毘沙姫が美農で怪我をした場面から語り始める黒姫。身振り手振りだけでなく声色を変え、感情を込め、まるで歌舞伎役者の如き見事な熱演に雁四郎は大感激。


「そうであったのか。あの若夫婦にそんな秘密が……いやはや人の縁とは誠に不思議なものでござるな」


 と涙を流さんばかりです。一方、毘沙姫の方はと言えば、


「そうか、良かったな」


 の一言で終わってしまいました。


「もう、毘沙ちゃん、感想はそれだけなの。せっかくあの話の続きを教えてあげたのに。もっと喜んでくれてもいいんじゃない」

「喜ぶって……夫婦になった二人の親がたまたま知り合いだっただけだろう。よくある話だ」


 これを聞いた黒姫、すっかり御冠おかんむりです。


「そんなだから毘沙ちゃんは未だにお嫁の貰い手が無いんだよ。あたしは部屋に戻るね、ふ~んだ!」

「いや、嫁の貰い手が無いのは……」


 毘沙姫が言い終わらないうちに黒姫は部屋を出て行ってしまいました。所在なさげに誰に言うでもなく続きを喋る毘沙姫。


「貰い手が無いのは私が姫だからだ。武家は姫を嫌うからな。しかし黒はどうして急に機嫌が悪くなったんだ」

「気にするな毘沙。ところで話はもう一つあるのじゃ。聞いてくれ」


 恵姫は声の調子を落とすと毘沙姫に顔を近付けました。瀬津姫の一件を話すつもりなのです。部屋は離れているのでお福に聞こえる心配はないのですが、用心するに越した事はありません。部屋に誰か近付けばすぐに気付けるよう雁四郎を襖の近くに座らせ、簡単にこれまでの経緯を話し始めました。

 お福は記伊の斎宗の娘で次の斎宗である事、伊瀬の斎主は多くの隠し事をしている事、布姫もまた全てを知っているらしい事などなど、ここ数日の間に起きて恵姫たちの心を乱し続けているあれこれを毘沙姫に語って聞かせました。


「そうか、色々分かって良かったな」


 全てを聞き終わった毘沙姫は、顔色ひとつ変えずにそう答えました。黒姫の話を聞き終わった時と大差ない反応に、恵姫も少々呆れ顔です。


「それだけか、毘沙。驚いたり腹が立ったりはせぬのか」

「お福が次期斎宗様だからと言って、別に困る事などないだろう。それを言わなかったのも恵たちに余計な気を使わせないためだ。斎主様が隠し事をしていたのも同じだ。上に立つ者は全てを明らかにすれば良いというものではない。言える事と言えない事があるのは仕方ないだろう。寛右を見ろ。間渡矢を狙っている黒幕が公儀である事を、最後の最後まで隠していたのだぞ。見た目には一面の雪景色であっても雪の下では人知れず麦が芽を出している。だからと言って、どうして麦の芽を隠すのだと雪を叱ったりはせぬだろう。雪が消えれば麦の芽は自ずから姿を現す。それと同じだ。お福にしろ斎主様にしろ、それなりの事情があったのだ。腹を立てるような事でもない」

「さすがは毘沙姫様。達観しておられますな」


 尊敬に満ちた眼差しを毘沙姫に向ける雁四郎。すっかり共感してしまったようです。


「まるでわらわが物事の分別が付かぬ幼子のようだとでも言いたいような口振りじゃのう、雁四郎よ」

「い、いえ、断じてそんな意味ではありませぬ。恵姫様は毘沙姫様よりも長く親しくお福様と接しておられるのですから、達観できぬのはやむを得ない事かと……」


 余り弁解になっていない雁四郎ですが的を射た意見でした。毘沙姫にとってお福は大勢居る奥御殿の女中の一人に過ぎません。しかし恵姫にとってお福は姉妹のような絆で結ばれた特別な娘なのです。それが隠し事をしていたのですから平静でいられるわけもないのでした。


「まあよい。毘沙が何とも思っておらぬのならば、お福についてこれ以上何も言う事はない。ところで明日の斎主様との謁見はどのようなものだと考えておるのじゃ。文には何か書かれておらなんだのか」

「斎主宮へ来いと書いてあっただけだ。だが全ての姫を集めるのならば、ほうき星に関しての話と考えて間違いないだろう。二月の召集もそうだったのだからな」


 今年の二月、黒姫やお福と一緒に斎主宮へ来た時、遠眼鏡を通して初めて見たほうき星の姿。肉眼で確認するのが難しいほど弱弱しかったほうき星も、今では満月よりも大きく、行燈よりも明るく、一度昇れば空の支配者のような風格さえ漂わせるほどになっています。


「やはり毘沙もそう思うか。うむ、話をして気分も晴れた、明日に備えて今夜は早く休むとするか」


 そう言いながらも何かが胸の中に引っ掛かり続けている恵姫ではありました。



 翌、師走八日の朝は厳しい冷え込みとなりました。


「うう、寒いのう。火鉢の火を早く熾してくれ」


 寒すぎて目が覚めてしまった恵姫、火鉢にしがみついて雁四郎が炭火を熾すのを待っています。今日から小寒、寒の入り。一年で最も寒い時期の始まり、そして立春まで残りひと月となったのです。


「めぐちゃ~ん、ちょっといい」


 襖の向こうから黒姫の声です。「何じゃ、朝っぱらから」と答えると、黒姫ではない別の人物が部屋に入ってきました。こんな時、人は諺の偉大さを思い出すのです。「与太郎あり遠方より来る」「来る与太郎は拒まず」「与太郎来たりなば恵姫の怒り遠からじ」「朝の来ない夜はないが与太郎の来る朝はある」そう、あの男がやって来たのです。


「う~、今日は寒いねえ。また伊瀬に来たんだって。今日も思い出作り、頑張りますっ!」


 朝っぱらから妙に明るい与太郎です。夜着を羽織ってはいますが、その下はお馴染みの薄い寝巻。また眠っている間にこちらに来てしまったのでしょう。いつもの腑抜けた物言いを聞かされて恵姫の機嫌は一気に悪化しました。


「何をしに来たのじゃ。今日はお主に用はない。帰れ」

「ええっ、ひどいなあ。黒様に聞いたよ、皆で斎主宮に行くんでしょ。僕も連れて行ってよ」

「此度は与太郎を連れて来いとは言われておらぬ。留守番じゃ」

「言われてなくたって斎主様は僕に会いたいに決まっているよ。この前は伊瀬に留まって欲しいなんて言っていたんだよ。僕が顔を見せたら絶対喜ぶはずだよ」


 大した自信です。こちらの時空で自分を嫌っているのは恵姫だけ。他の者は全て自分を愛してくれていると思い込んでいるようです。


「恵、与太郎を一人にするのはまずいだろ。泰平の世とは言っても悪党はどこにでも居る。与太郎のような世間知らず、簡単に騙されて酷い目に遭わされるのが落ちだ。そうなったら厄介だぞ」


 青峰山のように人のほとんど居ない場所に置き去りにするならいざ知らず、伊瀬の内宮門前町のように日本中から人が集まる場所に置き去りにするのは確かに危険すぎます。結局、毘沙姫の忠告を受け入れて、与太郎も斎主宮へ連れて行く事になりました。

 前回と同じく宿坊で旅装束を借り、着ていた寝巻を風呂敷に包んで準備万端の与太郎。朝飯を済ませて少し休んだ後、斎主宮に向けて出発です。

 今日は昨日までの曇天とは打って変わって青空が広がる気持ちの良い朝です。明るい日差しの中、天を見上げる恵姫。


「ほうき星は既に西に傾いておるではないか。此度は真夜中になる前にやって来たようじゃな。となれば昼飯は要らぬな」

「ええっ、そんな殺生な! それじゃあ、少し早目にお昼にしようよ。ねえ雁さん、お願いします」

「いや、それは拙者の一存では決められぬゆえ……」


 口を濁す雁四郎。しかしながら心の中では無駄な路銀を使いたくないので、昼を食べずに帰ってもらいたいと思っているのでした。


「ああ、そうかお金が無いんだよね。うん分かった。じゃあお昼は家に戻ってお餅を食べるよ。僕らの時空ではもう一月になっているからね。お正月のお餅が余っているんだ」

「ならば何故その餅を持って来ぬのだ。今日は手ぶらで来おって。この阿呆が!」


 いつものように恵姫に頭を小突かれる与太郎。それでも今日は相当気分が良いらしく、こんな事を言い始めました。


「ねえねえ、もう立春までひと月くらいでしょ。最後は僕のお別れ会とか開いてくれないかなあ。やっぱり別れる時は涙じゃなく笑顔の方がいいと思うんだよね。斎主様も一緒になって、皆で賑やかに楽しく明るく盛大に、僕との別れを惜しんで欲しいんだよねえ~」

「は~い、あたしは賛成です。ちょうど人日じんじつが節分になるから七草粥を食べて与太ちゃんとお別れ会をしましょう!」


 お祭り事が大好きな黒姫、与太郎の提案にかなり乗り気です。まあ、それも悪くないなと思いながら斎主宮へ向かう恵姫ではありました。


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